「本日は、ご多用中にもかかわらず、大勢のご来賓の皆様にご臨席を賜り…」で始まる式辞冒頭の挨拶を、今年は述べることが出来ません。 東日本大震災直後で、まだ日本全体が混乱の渦中にあった9年前でさえ、私の式辞はその挨拶から始まりました。
それをこの場で述べることが出来ないというのは、過去14回に及ぶ式辞の中でも、前例がありません。 そんなことにも象徴されるように、現在我が国が、前例のない事態、想定外の問題に直面している中での卒業式となりました。
保護者の皆様、お子様のご卒業、まことにおめでとうございます。 そして、やむを得ないこととはいえ、このような形での卒業式になってしまったことを、深くお詫び申し上げます。
ただ、大変寂しくはありますが、この会場は本校教職員が心を込めて設営いたしました。 また、各教室の掃除や整備についても、連日教職員総出で手分けをして行っていました。
不十分なところも多々あったかもしれませんが、本校教職員は、お子さんの入学以来本日に至るまで、毎日毎日全力でお子さんの指導・支援にあたってまいりました。 どうかそのことに対するご理解だけはお願い申し上げますと共に、3年間賜りました本校教育活動に対するご協力に厚く御礼申し上げます。
※続きは、下の『おりたたみ記事』をクリックしてください。
校長式辞・ここをクリック
さて、卒業生の皆さん。
「何を想定したかは、どうでもいい。何をできるかだ」
この言葉を、覚えていますか。 昨年12月の全校朝礼で、私は「アポロ13号」の話をしました。 今から50年前、月に向かって発射されたアメリカの宇宙船・アポロ13号は、地球から約32万km離れた宇宙空間で爆発事故を起こします。 そして、その事故によってアポロ13号のミッションは、月面着陸ではなく地球への帰還に変更されました。
ただし、その新たなミッションは、月面着陸とは比べものにならないぐらい困難なものでした。 爆発による機体の損傷はもちろん、酸素不足、燃料不足、水不足など想定外の事態が次々に発生し、多くの人が地球へ戻るのは不可能だと考えました。
しかし、アポロ13号は、奇跡の生還を遂げます。 私は朝礼で、その奇跡を実現した要因は大きく2つあると話しました。 1つは、乗組員たちの優れた知力・体力と不屈の精神力。そして、もう1つが地上からのサポート態勢、つまりヒューストン管制センター・管制官たちの存在です。
「何を想定したかは、どうでもいい。何をできるかだ」
先ほど改めて紹介したこの言葉は、その管制官のリーダーを務め、大胆且つ的確な指示を乗組員たちに出し続けた主任管制官 ジーン・クランツという人の言葉でしたね。
ロケットが月に近づいた段階での爆発事故と、それに伴って次々に発生する燃料不足・酸素不足などは、まさに想定外の連鎖です。 想定外の問題解決には、想定外の方法をもって臨まなければなりません。 「何を想定したかは、どうでもいい。何をできるかだ」は、それをためらうスタッフに、ジーン・クランツが発した言葉でした。
前例のない事態を打開するには、前例によらない大胆な発想も必要です。 しかし、前例踏襲主義の人は、想定外の問題に直面したとき、思考停止に陥ります。 前例踏襲とは「前々からやっていることに倣(なら)って、そのまま受け継ぐこと」といった意味です。
目の前で起きている現実が「想定外」なのですから、前々からやっている方法、つまり「想定内」の方法で解決を図ろうとしたら、思考が停止してしまうのは当たり前です。 そして、思考停止に陥った人は、ひたすら「できない理由」を挙げ連ね、「問題の先送り」を「問題の解決」にすげ替えてしまいます。
現在、日本、いえ全世界が、新型コロナウイルス感染の危機に直面しています。 冒頭で述べたように、そうした前例のない事態に、我が国の政府も3月以降全国の小・中・高等学校を臨時休校にするという前例のない措置をとりました。
皆さんも知ってのとおり、板三中では早くからそうした事態を見越して、休校になった場合のマニュアルを作成しておきました。 そして、それに基づき、毎日の電話連絡体制や家庭学習課題を記載したプリントを、皆さんに事前配付しておくことができました。
そのため、いざ休校が決まったときも大きな混乱はありませんでしたが、それでも不測の事態、つまり想定外の事態は次々に起きています。 それらに対し、板三中の先生は「昨日何を想定したか」ではなく「生徒の明日のために何ができるか」だけを考えて、この難局を乗り切ろうとしているところです。
卒業生の皆さん。
AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット化)の活用が進むこれからの時代は、社会のありようが大きく変わるでしょう。 この先皆さんが生きていく世の中は、まさに変革の時を迎えようとしているのです。 そして、大きな変革は、しばしば前例のない事態を招き、皆さんに想定外の問題を突きつけるかもしれません。
そのとき、どうか皆さん、思い出してください。 受験期に新型ウイルスの感染が拡大し、突然1ヶ月にわたって学校が休校となり、1回の練習も予行もなく卒業式に臨むことになった想定外の事態に、自分がどう向き合ったのかを。
そして、おうちの方や先生方と力を合わせ、どのように自らの進路を切り開いていったのかを。
これからの皆さんは「過去に例がない」「うまくいく保証がない」「こういう事態は想定していない」と、いくつもある「できない理由」を正義に立ち止まってはいけません。 願わくは、たった一つの「できる可能性」を信じ、一歩踏み出す人であってください。
問題の解決策を決めるとき、ベスト(best=最善)の選択ができれば、それに越したことはありません。 しかし、想定外の問題では、ベストな選択はおろかベターな(better=より良い)選択すら予測できないときがあります。 では、そのとき、どうすればよいか?
簡単なことです。
ベストの選択もベターな選択もできないのであれば、あえてワーストな(worst=最悪)選択肢を絞り込み、それ以外の方法を選べば良いのです。 そうすれば、少なくとも「100%できない」は「1%できるかもしれない」に変わります。 そして、そういう思いで一歩踏み出せば、1%の「できる」は明日の2%、3%に、明後日の5%10%に変わっていくかもしれないのです。
新しい時代を生きる皆さんが「一歩踏み出せる人」であってくれるよう願います。 さらに、そんな皆さんの切り開く新しい時代が、希望の光にあふれていることを願い、私の式辞とします。
Yes,you can. そう、あなたには「できる」のです。
結びに、やはり前例のないことですが、私は校長としてこの場で、皆さんに謝らなければなりません。 私は、皆さんの入学と同じ3年前に板三中に着任しました。 そして、そのときから「東京で一番の学校」を目標に掲げ共に歩んできました。
そんな皆さんとは、「校長と生徒」という関係以上に「同じ夢をもつ仲間」だったと思っています。 そんな大切な仲間を、このように簡素な卒業式で送ることになってしまい、私は自分の無力を痛感しています。 だから、こうして立派な態度で式に臨んでいる皆さんの姿を見れば見るほど、私は切なくなるのです。
皆さんに謝ります。「申し訳ありませんでした」
今はただ、私にも、皆さんにも、いつかこの経験を今後の人生に生かせる日が来ることを、そして、それは自分次第で必ず実現「できる」ことを信じて、私もまた一歩踏み出そうと思います。
令和2年3月19日 板橋区立板橋第三中学校長 武田幸雄