最新更新日:2024/06/09
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早寝・早起き・朝ごはん 体調管理に注意しましょう。手洗い、うがい、換気など、感染症を予防しましょう。

夏休み明け全校集会

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学校長講話
万葉集に山上憶良が詠んだ、秋の七草の歌があります。「萩の花、尾花、葛花、撫子の花、女郎花、また藤袴、朝顔の花」。尾花はススキ、朝顔は今の桔梗のことだそうです。3年生が作った俳句が廊下に掲げてありました。「耳澄まし 秋風にのる 虫の音よ」。感性豊かな俳句です。まだまだ残暑が厳しく、秋の訪れどころではない、と思っていても、秋茜や朝夕の風、虫の音に季節は確実に前に進んでいることを感じます。
 夏休み中大きな事故もなく、また元気な皆さんに出会えてうれしく思います。
休み中、体育館の入り口を見ると、部活生徒の靴が整然と並んでいました。私が顔を出すと必ず全員が、「おはようございます」「こんにちは」と挨拶をし、お辞儀をしてくれます。
 また、校庭や運動場で出会う生徒、出会う生徒みんなが挨拶をします。とてもいい光景だなあと思いました。昨日も、城山台自治会の方が数名学校に来て下さったのですが、紀見東中学校の生徒はよく挨拶をしてくれます、とおっしゃって下さいました。
挨拶や礼儀は人間関係の基本であります。玄関の「時を守り、場を清め、礼をつくそう」との言葉を今一度かみしめました。
 皆さんに、ひとつ詩を紹介します。すでに小学校などで聞いたことがある人も多いと思いますが、とても心に残る詩です。
ひとつのことば
ひとつのことばで けんかして、ひとつのことばで 仲直り。
ひとつのことばで 頭が下がり、ひとつのことばで 心が痛む。
ひとつのことばで 楽しく笑い、ひとつのことばで 泣かされる。
ひとつのことばは、それぞれに、ひとつの心を持っている。
きれいな言葉はきれいな心、優しい言葉は優しい心。
ひとつの言葉を大切に、ひとつの言葉を美しく。
 この詩は、北原白秋がつくったという説もありますが、北原白秋はこの詩を作ってないとの説もあります。今は、作者は誰か問いません。ただ、とてもよい詩だから皆さんに紹介しました。 
 さて、いよいよ実りの秋がやってきました。9月は体育大会です。3年生は最後の大会です。1,2年生をリードして思い出に残る立派な体育大会にして下さい。1,2年生は新人戦に向け練習を続けます。文化部は文化祭があります。また2年生は10月に職場体験学習も予定されています。一つ一つの行事に取り組む中で、仲間の大切さや協力することのすばらしさを体験してほしいと願っています。皆さんの活躍を期待しはじめの言葉とします。

学校沿革史その6

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昭和54年度は、4月9日に入学式が挙行され新入生70名が入学している。4月10の記述に「勤労体験学習和歌山県研究指定校となり時間表に勤労の時間を特設、研究がはじまる」とある。同年5月12日に「環境整備第一期工事完了。工費260万円、労力PTA会員奉仕、造園師紀見小林繁造氏」とある。7月11日にはプール工事が開始されている。同年の夏季休業中は、校庭の樹木管理のために全校生徒は学年別に4日計12日登校して灌水に汗を流している。9月5日にプール開きを兼ねて、プール竣工式が挙行されている。市長、県会議員、市議会議長、議員等多数の来賓が出席されている。9月23日秋季大運動会開催。「観覧者多し、校舎内部見学申し込み者もかなりあり」と記述。

学校沿革史その5

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昭和54年3月13日、昭和53年度紀見東中学校第1回卒業式が挙行されている。「午前10時より藤岡教育委員臨席、卒業生男40名、女28名計68名。元紀見幼稚園舎(プレハブ)を運搬組立は3月11日完了。自分の校舎での卒業式にて感激限りなし。演台、花台は卒業生寄贈。学校整備第1期事業完成近し」。同年3月24日第3学期終業式、1年70名、二年70名進級。
なお、後になったが、開校当時の職員は、校長中西寛、教頭藤井賢、教諭小泉秀夫、上西篤美、上田カヨ子、竹中正近、藪本秀雄、山浦孝三、額田寿子、鈴木千鶴子、芋生孝子、北浦健次、事務丸山節夫の各先生方で、年度末の人事異動により、小泉教諭が退職、額田教諭が転任され、新たに昭和54年4月1日付けで富貴中学校から井上千代子教諭、花園中学校から西芳文教諭が転入されている。

学校沿革史その4

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昭和53年9月24日 秋季運動会開会。「教育長をはじめ来賓、区民,PTA会員多数参加。慶賀野田倉弘氏優勝旗寄贈、参会者に披露す」と記述。この年の10月から11月にかけて環境整備対策協議会が何回も開催され、地域から寄贈された樹木、庭石、支柱などの移植について検討されている。年が明けた昭和54年1月7日には「本日より始まり毎日曜日ごとPTA会員により献木、家庭よりの献木、掘り上げ運搬、仮植、定植奉仕作業、3月11まで続行。一般会員各2日、実行委員会4日〜10日、職員1日交替制」と記述されている。学校、PTA、地域総出の奉仕作業であったのだろう。また、2月から3月にかけ、橋本カントリークラブからプラタナス35本、サツキ240本、小林繁造氏から芝生200束、つげ210本、ライオンズクラブから木犀70本の献木が相次いでいる。現在学校は美しい緑に囲まれ子どもたちの憩いの場所になっているが、当時の皆さん方のご苦労があったからこそであり、今学校を預かる者として、本当に頭が下がる思いである。

一枚の絵

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本校玄関を入って右手、事務室窓口の壁面に一枚の大きな絵がある。タイトルは「花束を抱く少女」作者は御幸辻在住の谷昇さん。谷さんは個人的に以前から大変お世話になっている方で、本日朝学校にお見えになった。久しぶりにお会いでき元気なお姿を拝見。「この絵は、当時大阪の読売新聞社賞を受賞した絵です。開校当時に贈りました」とおっしゃられた。谷さんはとても素敵な絵を描かれる方で、谷さんの絵は市役所等へも飾られている。開校当時の殺風景な学校に少しでも潤いをとの思いでご寄贈いただいたのだろう。(注;中ほど少し下、白く光っているのは後ろの窓ガラスの光が反射しているものです)

学校沿革史その3

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昭和53年8月新校舎移転作業始まる。8月11日「校舎移転を控え、職員生徒一丸となって備品荷造り整理に没頭」と記述されている。8月22日「職員生徒全員登校、教育委員会より貨物自動車5台終日運搬、翌日も実施」。8月24日「全職員、生徒一部登校、新校舎での各種備品整理、新学期よりの授業に支障なく使用可能態勢の確立をはかる」。
9月1日二学期始業式。「教育長をむかえ屋外での始業式。校舎受領。新校舎での儀式はこれをもって最初とする。式所要時間21分、貧血生徒20名」とある。9月5日グランド工事完了につき教育委員会より受領。9月16日PTA臨時総会。「午後授業参観のち玄関廊下にて総会。欠席ほとんどなし。校旗寄贈、体育後援会の結成について審議、絶対多数で可決。各会員校内整備のため植樹奉仕作業への参加を約す。なお当総会は新校舎披露をかねる」と記述。この頃はまだ体育館が完成されてなかったのだろう。なお、体育館の完成は昭和58年3月1日を待つことになる。

学校沿革史その2

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開校当時、市教委から中西寛氏が初代校長として就任している。中西校長は退職されるまで6年にわたり本校に在任し、紀見東中学校の基礎を築かれた。教頭は橋本中学校から藤井賢氏。教職員は、教員10名、事務1名。
昭和53年7月7日にPTA実行委員会が開催され、新校舎への移転計画が話し合われている。また、7月7日には区長会へ新校舎への造園・植樹を依頼し、これを受け7月14日に各区長を通じて、旧紀見村全戸に植樹趣意書依頼を発送している。この日の記述には、「新校舎はB団地開発工事区内にあり、一木一草なく緑絶無。配布枚数千五百」とある。当時の開発地内新校舎の様子がうかがわれる。

学校沿革史その1

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昭和53年4月1日 紀見東中学校として新設開校。4月8日に開校式が行われた。紀見小学校の講堂で、当時の市長、市議会議長、市教育委員、伊都地方教育事務所長等出席のもと十時より挙行と記載されている。入学式は4月10日で新入生70名。当時の在校生(橋本中学校紀見校舎)は2年生72名、3年生68名。総計210名の学校として開校している。
沿革史を調べていると、新校舎の引継は9月に行われているから、この当時はまだ旧紀見校舎で授業をしていたと思われる。

一枚の絵

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先日校長室の絵を紹介しましたが、職員室にも1枚。第61回全国教育美術展学校賞記念 2002年。美術の先生に聞くとルノワールの絵とのこと。

一枚の絵

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校長室に一枚の絵が飾ってある。第57回全国教育美術展学校賞記念 1998年とある。この学校の先輩方が立派な賞をいただき、その記念としていただいたものだろう。下についているプレートに解説が載っていた。
『アルジャントゥーユの橋:モネ(1840-1926)
パリからセーヌ河を少し下ったところにあるアルジャントゥーユに、1871年から78年まで住みました。印象派の表現法は、明るい太陽の下での純粋な光の変化、微妙に変わる色調を、その瞬間に把えた状態で描き表そうというものです。その光の変化は戸外の太陽の下で最も純粋に求めることができると考え、日の出や日中や日没などその時々の太陽の状況での写生に重点をおきました。この絵は帆柱や橋げたを垂直にとった端正な構成で、日中の光の効果を表現しています。1874年 油彩 60.5×80センチ  所蔵:オルセー美術館/フランス』

聴く力

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4/26日付け天声人語氏、茨木のり子さんの詩「聴く力」から〈舌ばかりほの赤くくるくると空転し/どう言いくるめようか/どう圧倒してやろうか〉を引用していた。全文は

聴く力

ひとのこころの湖水
その深浅(しんせん)に
立ちどまり耳澄ます
ということがない

風の音に驚いたり
鳥の声に惚(ほう)けたり
ひとり耳そばだてる
そんなしぐさからも遠ざかるばかり

小鳥の会話がわかったせいで
古い樹木の難儀(なんぎ)を救い
きれいな娘の病気まで直した民話
「聴耳頭巾」を持っていた うからやから

その末裔(すえ)は我がことのみに無我夢中
舌ばかりほの赤くくるくると空転し
どう言いくるめようか
どう圧倒してやろうか

だが
どうして言葉たり得よう
他のものを じっと
受けとめる力がなければ

という詩(ポケット詩集 童話屋より引用)。
とても深い詩だ。

感嘆符 大王松

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学校の門扉を入るとすぐの右手に、大きな松の木がある。その松、なんと松ぼっくりが15センチほどもある。本校の職員に聞くと大王松(ダイオウマツ、ダイオウショウ)というそうだ。北米産らしい。樹の高さも相当高いから、たぶん開校当初に植えたものだろう。学校に入るとき一度見上げて下さい。松ぼっくりの大きさにびっくりします。

君たちはどう生きるか

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1年生の担任が校長室に入ってきて、入学式式辞で話した本の題は何だったでしょう?と尋ねてきた。1年生のある生徒が題を知りたいと申し出てきたのだという。紙に「君たちはどう生きるか。岩波文庫 吉野源三郎」と書いて渡した。読んでくれたらうれしい。

挨拶

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本格的に学校が始まり、朝学校の周りの赤く舗装された外周をゴミ拾いに回った。西の外周コーナー付近に、かつて大変お世話になっていたI校長先生が朝の声かけ、見回り活動で立って下さっていた。久しぶりに先生の変わらぬ元気なお顔を拝見した。先生は「見知らぬ私にも紀見東中学校の生徒はみんな挨拶をしてくれます」とおっしゃって下さった。先生のその一言でホッと温かい気持ちになり、よい一日の始まりになった。
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橋本市立紀見東中学校
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