10月2日 後期第1回ゼミ記録 3分間スピーチ(井上)

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 こんにちは!4期生の井上です。今回は後期ゼミで行った3分間スピーチについてと玉置先生からいただいた助言について書いていきたいと思います。

 今回からの新企画である3分間スピーチは、子ども達に話す時の話術を学ぶために設けられました。そして、くじの結果私がトップバッターを任されました(笑)。

 早速何を話そうかと考えていた時に、ちょうどラグビーW杯で日本が優勝候補のアイルランドを倒したというニュースを目にしました。そこでラグビーについても色々紹介されていて、ラグビーは「紳士のスポーツ」でノーサイド精神を大切にしているということを知りました。

 ラグビーは試合が終われば、両チームで花道を作り同じラガーマンとして健闘を称え合うそうです。試合で身体をぶつけ合い、激しく戦うイメージが強かったラグビーのイメージが変わったとともに、素敵なスポーツだと思いました。また、称え合う姿をみて、子ども達にもそういう気持ちを運動会や何かを競う時に大切にしてほしいと思い、話をしました。

 玉置先生からは、
◯ 意図的指名をするのは授業
◯ 話の流れを伝えて、ストレートに話に入る
◯ 笑いを入れる

というアドバイスをいただきました。どうしても授業のイメージが強く、指名をしながら話をしてしまいましたが、教師の話であるため、指名をして話に巻き込むのではなく、話し方を工夫して、子ども達を巻き込むことが重要だと感じました。

 また、ずっと堅い話だと聞く方も疲れてしまうため、適度に笑いを入れて、和ませながら話すこともテクニックだということも学びました。

 教採期間に場面指導の練習もしていたので、多少は話せましたが、まだまだでした。これからも卒業までに沢山のことを学び、吸収していきたいです!(井上)

9月7日教師力アップセミナーでの学び(井上・高桑)

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 こんにちは!4期生の井上です。今回は山田貞二先生による教師力アップセミナーの講演を聞いて学んだことを書いていきたいと思います。

 まず、「納得解」を作るということです。納得解とは全体で統一するものではなく、一人一人の考えによる納得できる解を作るというものです。この解を導くのは容易なものではないですが、考える過程が僕は大切だと思っています。時間をかけて、一人一人に納得解ができるように教材や、授業を工夫していきたいと思いました。

 次に、「綺麗事で終わらない」ということです。山田先生は授業の中の最後に、
日本では駅で車椅子の方がいた時には駅員さんが動いてくれて、乗り降りの手伝いをしてくれる。
一方で海外の駅では、駅員さんは何もしません。
ある海外の駅では、日本のように駅員さんがやるのではなく、その場にいる人たちで協力して、車椅子を乗せ、そして降ろします。

 このような話をしていました。私は最後の文を前までは、日本は駅員さんがやってくれて、親切な国だなと感じていましたが、最後の文を聞いたことによって、本当にそうなのか?海外の方が親切なのではないか?といった気持ちが生まれ、モヤモヤして終わりました。

 私はこのモヤモヤが大切なことだと感じました。モヤモヤから疑問が生まれ、考えるきっかけになり、自分事として考え、そして納得解を作る。この流れが重要なのではないか。そう考えました。最後に教師の説話をするだけではなく、こういった少しモヤモヤさせて終わることも必要だと思いました。

 今回の講義を聞き、改めて、道徳について深く考えてみようと思いました。卒業までの半年、有意義なものにしていきたいと思います。山田貞二先生、ありがとうございました。(井上)


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 こんにちは!4期生の高桑です。突然ですが、みなさんはどのような時に秋だなあと感じますか?からっとした空気を感じた時や旬のものを食べた時など人それぞれだと思います。私は、金木犀の香りがしたとき時に秋だなぁ幸せだなぁと感じます。毎年秋は一瞬で過ぎ去ってしまうので、今のうちに秋を満喫したいと思います。

 さて、今回は9月7日に行われた教師力アップセミナーでの山田貞二先生の講演についてです。来年から道徳の授業をする身として、道徳についての理解を深めるとても良い機会でした。学んだことの中でも、特に印象に残ったことについて書きたいと思います。

 それは、道徳の授業をする上で、子どもたちが仲間の意見をしっかり聞き、それをもとに「え、どういうこと?詳しく教えて」と自由に言い合えるような環境づくりが大切になってくるということです。私は、小学生の時、否定されるのが怖くてなかなか自分の意見が言えない子どもだったので、道徳の授業はいつも同じような子が発言し、先生の「みんなも主人公のように友達を大切にできるといいね」などの言葉で終わるのをただ傍観していました。ただ座ってるだけの道徳の授業は、当然楽しいものではなく、何のためにやってるんだろうといつも疑問に思っていました。

 しかし、道徳は「友達は大切にするべき」というような絶対解を導き出すためのものではなく、「友達を大切にするためにはどんなことをすればいいか」「自分にできることは何か」などと子どもたち一人一人が自分なりに考えて納得解を見出すものだということを、今回山田先生から学びました。そのためには、もとの私のような意見を言うのが怖いと思っている子どもたちも含め全員が意見を交わせるような環境をつくるべきだと改めて強く感じました。

 その環境づくりのために、山田先生が行なっていた実践の中から2つ紹介します。
まず1つ目は、セブンイレブンじゃんけんというアイスブレイクのゲームです。ペアになってじゃんけんをするのですが、普通のじゃんけんとは違い、2人の合計の指の本数を7、それができたら次は両手で合計11を目指し、できたペアからハイタッチをして座るというものです。山田先生は、このようなアイスブレイクのゲームを道徳の授業内容に入る前に必ず行うことで、子どもたちの心をほぐすと仰っていました。実際に講演中にもゲームが行われたのですが、やっていくうちにだんだんと笑顔や笑い声が増え、自然と温かい雰囲気になっていました。

 2つ目は、聞き手は必ずオープンクエスチョンで返すペアトークです。オープンクエスチョンというのは、「どういう意味ですか」や「例えば?」などの話題を広げ深めるツッコミです。このようなツッコミをするためには、しっかりと相手の話していることを聞く力が必要になります。この練習を繰り返し行うことで子どもたちの聞く力を育てていくと仰っていました。

 意見を言えなかった私がどのようにして、子どもたち全員が意見を交わせるような環境をつくるのかとても難しい問題だと思っていましたが、2つの実践を実際にやりながら、このような教師の少しの工夫で子どもたちは徐々に自分の意見を伝え合えるようになるのではないかと希望をもてるようになりました。今回学んだことを参考にしながら、子どもたちにとって価値のある道徳の授業を行いたいです。

 最後になりましたが、山田貞二先生、教師力アップセミナーの関係者の皆様、素晴らしい学びの場をくださりありがとうございました。(高桑)

広げよう!いのちの授業第15回記念大会からの学び(高橋、中澤)

 こんにちは!4期生の高橋です。9月28日、広げよう!いのちの授業 第15回記念大会に参加させていただきました。

 今ある命や、これからの自分の生き方について考えさせられるとてもよい機会になりました。そこからの学びを書いていきたいと思います。

 鈴木中人さんのお話の中で印象に残っている言葉が、「命は預かりもの。だから今ある命をどうキラキラ輝かせるか」というお話です。上甲先生のお話の内容にも通ずるところがあると感じたのですが、私はこのお話を聞いて、目の前にある1日1日を大切に、精一杯生きていきたい、という風に思いました。

 命は限りあるもので、いつ終わるか分からないからこそ、この今を、後悔しないように全力で打ち込めるような生き方が理想だと思いました。例えば、何か目標をもって、それに向かって挑戦し続けることや、日常的に努力を続けていくことが私にとって、今ある命を輝かせることだと考えます。大きな目標であった教員採用試験を終えた今、次の目標として、半年後教壇に立つことを見据えて自信を持って4月を迎えられる準備をしていきたいです。

 上甲先生のお話からは、人として大切にしたいことと、教師として大切にしたいことが見つけられたように思います。

 1つ目は、「難有(なんあり)は有り難い」という言葉です。受け入れがたい現実や、乗り越えられないような壁があったとしても、それはハンディではなく、見方を変えれば全てがチャンスになる、というお話がありました。目の前の現実に悲しんだり、文句を言ったりすることは誰にでもできることです。私自身も、「〇〇だったらよかったのに」「なんでこんなことしなければいけないんだろう」などと後ろ向きなことを口にしてしまうことがあります。しかし、それを言葉にしたところで現実が変わるわけではありません。そこで、その「難」を、変わるチャンスだと思い、行動に移せることに価値があるのだと気づかされました。まずは受け入れ、自分自身を成長させるチャンスだと捉えられる、そんな考え方ができるようになりたいです。

 2つ目は、経営の3つの要素です。それは、

1.将来のあるべき姿を思い描く。
2.どうしたらそれが実現できるかという段取りを考える。
3.今日、ただ今から実行に入ること。

の3つです。これは、経営者としての大切な要素として挙げられていたものですが、私はこれらの要素は学級経営にも生かせるものがあると思いました。どんなクラスを作りたいのか、どんな子供たちを育てたいのか。教員採用試験の面接練習などでよく聞かれ、たくさん考えてきた質問ですが、やはりこれらを自分の中で明確にして、強い信念を持って取り組んでいくことが、学級経営においても大切な要素となるのではないかと思いました。

 今回、自分がこれから心の真ん中に置いておきたい!と思う言葉をたくさん学ぶことができました。大切だと思ったことは、上甲先生のお話にもあったように、今日、たった今から実践していきたいと思います。

 鈴木中人さん、若渚さん、上甲先生を始め、関係者の皆さん、貴重な学びの機会をいただき、ありがとうございました。(高橋)
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 こんにちは!四期生の中澤佑太です。今回は9月28日土曜日に行われた『広げよう!命の授業!15回記念大会』について記事を書きたいと思います。

 さて今回どのように記事を書こうかと悩みましたが、今回は、このセミナーを通して頂いた言葉と、その言葉の説明および私の考えを記していこうと思います。

『拍手のシャワーを浴びる』
 これは、盲目の歌姫こと、わかなさんが、歌い終わり拍手が鳴り響いた後のトークで仰った言葉です。わかなさんは、盲目でいるため、お客さんの顔が見えない、だからこそ拍手のシャワーを浴びているように感じると仰っていました。この言葉を受けて私は、盲目のなか生きていくことがどういうことであり、どのように物事を感じているのかを理解することは困難であると感じました。だからこそ、障がい者支援を考えていくときに、人助けや道徳といった言葉で済まさずに、実際に障がいをもって生きていくとはどういうことかを考えなければ、障がい者支援は成立しないと私は考えました。

 『優しさの空しさにくじけない。くじけないとは覚悟である。子どもに話したときに子どもの反応に期待してしまう。くじけないとは信じるということである。』

 これは鈴木中人さんのお話のなかで、鈴木さんが教えてもらったと仰っていた言葉です。今回のセミナーで一番私の心を動かした言葉です。優しさの空しさにくじけない、つまり人に優しくしたときに、結果がついてこないことに空しい気持ちになり、優しい心を失ってしまう、そうならないでほしいという言葉です。そのため人のために何かをするためには、心が折れないように覚悟をもつことが必用になり、相手を自分を信じるという意味です。私は今まで、仕方がなかったとは言え、どれだけ優しさの空しさにくじけて、覚悟をもてなかったのかと考えました。

 しかし私は、現在そしてこれからは、このように過去を見つめているのだから、くじけずに覚悟をもって生きていくのだろうと考えました。

 ここからは、上甲晃さんの言葉になりますが、たくさんあるため、一言ずつ記していきます。

 『仕事として見ているうちは子どもは育たない。我が子同然と考えられるか、24時間付きっきりでいられるか。』

 どんなときも子どもが好きという気持ちだけで幸せな気持ちになれないようでは教職は勤めたくても勤めきれなくなってしまうと感じさせてしまう言葉でした。

 『損得を乗り越えたときに、人間となる。失敗するのは自分にとらわれるから、とらわれたら破滅に向かう。』

 ゼミに入って二年間で半永久的に持続できるように身に付けた概念であると感じています。

 『聞く力は心の力、ふんぞり返るときに心は傾く。話し方教室はあるが、聞き方教室はない。言い争いはあるけれど、聞き争いはない。』

 聞く力を意識することでできなかったことができるようになる、運命が変わる、そうなれるように生きていこうと感じました。

 『本当に大切なことは普遍の中にある。当たり前を励む。命の底力。みんな浮いている。本当に好きならば目を見ることができる。』

 この頃私は、普遍の中、当たり前のことを、照れず恥ずかしがらず怯えず行い、行ったあとを予想し、次の行動を考える。これの繰り返しで幸せは向こうからやってくると気付きました。また同時に、その人の取り巻く環境のために気付くことができないでいてしまう人間の理不尽を感じました。

 『他者を受け入れることで、他の人には気づかないその人の魅力に気付き、人より多くの幸せをつかむことができる。』

 これは私の言葉ですが、受け入れることの得を二年間で学んだと思いました。

 以上になります。私は考えます。言葉や考え方、人との出会いも、玉置ゼミに入らなければ得られなかったわけだと。そして選択で人生が変わることに、生きることの恐怖を感じています。しかしもう人生最大の選択に成功したので恐怖はありません。なぜなら、選択するときに相談できる人達がいるからです。本当に感謝しかありません。しかし同時に、玉置ゼミにどっぷり浸かろうと戦っていた自分に称賛の言葉を送らなければならないとも考えています。

 最後に変なことを申し上げましたが、命の授業の素敵な関係者の皆様にお礼の言葉を申し上げます。ありがとうございました。(中澤)
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これで一区切り(安部)

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 こんにちは。4期生の安部です。先日、採用試験の合格発表が終わり、一区切りがつきました。一緒に頑張ってきた仲間、多くのことを教えてくださった先生方、支えてくれた家族や親戚、本当に多くの人の支えあってこその結果だったと感じています。

 私の周りには残念ながら合格できなかった人もいました。自分のことのように本当に悔しく、どう励ましの言葉をかけたら良いか、もどかしい気持ちでいっぱいでした。しかし、今回結果がどうであれ、半年後には目の前の子どもたちに授業をしなければなりません。学校の組織の一員として、動かなければなりません。その覚悟を決めるためにこれから半年間の過ごし方を考えなければならないなと私は今、強く思っています。

 また、私は現在、母校の学生ボランティアをやらせていただき、低学年を中心に補助に入っています。集団から遅れてしまう子どもにどのような声をかけたらよいのか、また全体に対してどのタイミングで、どのような言葉を使って、どのような表情で指示や注意をすれば良いのか、実際に子どもたちを目の前にすると、分からないことばかりです。まだまだ学ぶことは山ほどあるな、とつくづく感じます。

 また、現場の先生方を見ていると、それぞれの先生の立ち振る舞いや、言葉、表情、姿など先生の全てを子どもたちが吸収しているなということをすごく感じます。自分ももっと魅力的な大人にならなくては、と自分を見つめ直すきっかけにもなっています。週一回のボランティアですが、本当に学ぶことばかりで、すごく貴重な体験をさせていただいています。

 この半年間は、就職前、最後の時間の使い方が自由な期間かもしれません。私はこの半年間で、人として、教員としての自分をできる限り磨くこと、また、最後の学生生活を存分に楽しみむことに励みたいと思います!そして、4月に自信をもって子どもたちの前に立てるようにしたいと思います。


 最後に、これまでもこれからも私を大きく成長させてくれる玉置先生を始め、ゼミのみんな、いつも感謝しています!ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。(安部)


※写真は先月、4期生全員で 行ったBBQでの一枚です。教採で忘れかけていた夏を十分取り戻すことができました!(笑)

9月28日いのちの授業第15回記念大会での学び(井上・関口)

 こんにちは!4期生の井上です。今回は「広げよう!命の授業第15回記念大会」に参加してきました。その中で心に残ったことを講演の前半部分を中心に記していきたいと思います。

 まず講演の最初に、盲目の歌姫・上田若渚さんの歌声を聞きました。心に響く、力強い歌声で、何度か涙腺が緩くなってしまいました。私は自信を持って、やりたいことをして生きている!!という想いを歌声から感じとりました。素晴らしい歌をありがとうございました。

 次に鈴木中人さんの講演を聞きました。小児がんで景子ちゃんを亡くしたお話を聞き、命の有限さを改めて感じました。

 私も最近、高校の友人を亡くしました。癌だったと聞いています。そのこともあり、鈴木中人さんのお話は私の心へ直接染み込んでいきました。命は突然なくなってしまう。有限なものである。だから「今」を大切にして生きていこう。そう感じました。

 また、鈴木中人さんの行動力が本当に凄いと思いました。景子ちゃんを亡くしたことから命をバトンタッチする会を立ち上げ、沢山の苦悩の末、道徳の教科書に載るまでになりました。鈴木中人さんの1歩が周りの共感者を引き寄せ100人集まり、100歩になり、また共感者を集め100歩が1000歩となり...。周りを巻き込み、行動して変えていく。とてもカッコいいと思いました。これから生きていく中で、「行動すること」意識していきたいです。

 講演の後半部分は上甲晃さんによるお話でした。人生のバイブルになるお話ばかり。その中で笑いを入れ、たくさんの伏線を張る巧みな話術。参考にしたくても、自分の実力では決してできないと感じる程、濃いお話でした。上甲晃さんのお話は関口さんがまとめてくれていますので、私はこれくらいにしておきます。

 今日のセミナーはいつもとは少し違う、しかし教師としては絶対に欠かせないことを学ぶことができ、充実した半日となりました。帰りには玉置先生から軍資金をもらい、スタバに行きました。そこでも近況報告だったり、講演の話ができたのでよかったです!本日はありがとうございました。(井上)

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 こんにちは!4期生の関口です。今回は9月28日に行われた、広げよう!いのちの授業第15回記念大会について書きます。

 上田若渚さんのミニコンサートから始まったのですが、歌声は美しい中にも迫力があり、歌で感動するとはこういうことなのかと実感することができました。ちなみにお話や話し方もすごくほっこりするもので、自然に笑顔が引き出されていました。

 鈴木中人さんは、「いのちと志」というテーマでお話しされました。その中で授業を始めた頃の動画を見せていただいたのですが、今との話し方や表情の違いにとても驚きました。その動画では、すごく伝えたいという思いが出ており、わたしは胸を打たれましたが、伝えたいと思うだけでは伝わないことを気付かれ、即効性を求めずきっかけになればと思われているそうです。

 私はまだ、子どもに対して必死に指導をしたことはありません。だからこそ、一生懸命言えば伝わると勘違いしないようにしなければならないと思いました。

 また、上甲晃さんの講演は、シナリオを全て変えられたとおっしゃっていたのですが、爆笑がたびたび起こりつつ人生について考えさせられるものでした。キーワードがたくさんありましたが絞ってあげていきます。

 1つ目は、「受け入れる」ことです。私は何かあった際、考えても無駄なことをくよくよ考えてしまい切り替えがあまりできないなと日頃から感じています。しかしそれは、自分のダメな部分や良くなかったことを受け入れられていないだけなのだと気付きました。もし受け入れて、次自分には何ができるのか、どうすればできるのか、そして実行に移すことができれば、貴重な時間を無駄にすることなく周りにも心配をかけることも減るのだろうなと思いました。

 2つ目は、「話し方はテクニック、聴き方は人間性」ということです。話し方の本はよく並ぶが聴き方はあまり見ない。それは人間性だからだと伺い腑に落ちました。何かあった時に「これを話したい!」と頭に思い浮かべる人はきっと聴き方が上手で人間性も素晴らしいのでしょう。友人間でもそうですが、教師としてではなくひとりの人間として子どもの頭にそのように浮かぶようになればそんな素敵なことはないなと感じました。

 3つ目は、「教育は経済ではない」ことです。落としても割れないようにプラスチックの皿を使うのではなく、落とさないように割れる陶器の皿を使うというお話では、子どものためにしていると思ったことが本当は子どものためではないかもしれないと立ち止まって考えることの必要性も感じました。確かに子どもが安全で過ごすために危険を取り除くことはできますが、もし子どもがひとりだった時に除かれていた分、何もできなければさらに危険な目にあわせてしまいます。何が1番子どものためなのか、常に考えられる教師になりたいです。

 4つ目は、「長所でつまずき、短所に救われる」ということです。私はよく自分の考えの足りなさや知識のなさがすごく残念になります。しかしその分、周りから学ぶことが多くあり周りに支えられていることを強く感じます。短所はハンディではなくて、見方を変えれば感謝できる部分になるということ。このような考え方ができると1つ目の「受け入れる」が今よりもっとできるようになるのではないかと考えます。
まだまだたくさんはっとさせられるお言葉やお話がありました。自分が描いていた理想はどこかかけ離れていたり多少の妥協があったのではないかと講演後思い返しました。

 今回の大会では自分の理想が明確となり、やるべきことやコツも掴めたように感じます。足りてない部分ばかりが目に付きますが、一歩一歩近づけるよう素直初段を目指して頑張ります!鈴木中人さんをはじめ、上田若渚さんや上甲晃さん、また多くの関係者の皆様、本当にありがとうございました!(関口)
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ボランティア先で嬉しかったこと(関口)

 こんにちは!人生の夏休みを堪能している4期生の関口です!今回はボランティア先で嬉しかったことを書きます!

 それは、算数の授業である男の子が「楽しそうだからちょっとやってみる!」と言ってくれたことです。

 授業のはじめ、みんなが教科書を開く中、まだ彼だけは開いていませんでした。近づくと急いで開いたのですが、違うページを開いています(笑)

 授業が進んでも、ノートはとっておらず、私はその子にほぼつきっきりで教えていました。つきっきりというのは、ある意味ひいきともみてとれるので、いいことではないのかもしれません。それでもそばにいると頑張ってくれるので、応援したくなってしまいました。

 練習問題を解ききり、私が他の子を見に行き戻ってくると、彼は早いペースの子たちが取り組む補修問題に挑戦していました。

 離れると外を見たり他ごとをしていたりと1人では取り組まなかった彼が頑張っている姿につい嬉しくなって声をかけると、先のように「楽しそうだから」と言ってくれたのです。

 私はボランティアという立場で指導をすることはできませんが、ちょっとした手助けで「じぶんでもできるんだ」「わかるって楽しい」なんて思ってもらえたら本望でしかないなと思います。

 実は、もうひとつ嬉しかったことがあります!(笑)本日小学6年生とどちらが足が速いのかと競争をしたところ勝つことができました!大人げないのですが、自信があったわけではないので、何事も全力を出して勝てたら嬉しいなと21歳でも思いました(笑)

 偉そうにボランティアなんて言っていますが、私は学ばせていただく身で、やはり子どもと関わらないとわからないことが多くあるなと感じました。まだまだ知識も技術もありませんので、子どもについて知ることができる機会を大切にしていきたいです!

 写真は安部さんと遊んだ時のものです!(関口)

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9月7日教師力アップセミナーでの学び(安藤・鏡味)

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 こんにちは!4期生の安藤優里です!今回は9月7日の教師力アップセミナーにて、山田貞二先生の講演から学んだことを書きたいと思います。

 今回の講演で私は、道徳では「自分事として考えること」そして、「子どもが納得解を持てるようにすること」この2つを大切にしたいと感じました。

 まず、「自分事として考える」これは、道徳で最も大切なことだと思います。以前、玉置先生も、道徳をする時には教材を子どもに渡さず、すぐに「自分だったらどうか」と自分事に置き換えて考えさせるようにしていました。

 今回の山田先生の模擬授業でもそれがとても巧みで、発問がつい考えたくなるような、自分だったら、という意見を持ちやすい発問で、気づいたらたくさん考えている授業でした。特に「あなたがお母さんならバスに乗っていぎすか?」という発問には、インタビュー式役割演技も入って、乗っていく派と乗っていかない派に分かれ、その理由も様々飛び交いました。自分も子どもの立場で考えた時に、正解のない問いなので、「こう言わなきゃいけない」という縛りがなく、常に自分に置き換えて考えることができました。今回は「じゃあお母さんがバスに乗っていけるようにするにはどうしたらいいだろうか?」という、問題解決型の授業でしたが、自分で授業を考える際には、批判的に扱ったり、分析的に扱ってみたり、他の方法にも挑戦したいです。

 次に「納得解を持てるようにする」これは、教師が「正直になろうね」など、道徳的な価値を子どもたちに教える、押し付ける授業をしてしまいがちであるという課題があります。例えば、私は道徳では教師の説話を入れるのが普通だと思っていたのですが、説話を安易に入れると、教師の価値の押し付けで終始してしまう危険があるとはっとさせられました。実際に教育実習で最後に説話をして、「〜はよくない」「〜していきましょう」という形でまとめてしまった経験があるので、型にはめようとせず、本当に子どもが悩み、自分で考えて、「私はこうしたい」という納得解を一人一人が持てるようにアプローチをかけていきたいです。

 今回の山田先生の講演から、道徳とは何かということを一から学びなおすとともに、模擬授業を通して、自分事として考え、納得解を持つことの大切さを深く実感することができました。山田先生、関係者の皆さま、ありがとうございました。

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 こんにちは!4期生の鏡味です。今回は、9月7日に教師力アップセミナーで山田貞二先生が道徳の授業についての講演をしてくださいました。その中での学びを2つ書きます。

 1つ目は、道徳の授業の導入は2つあるということです。その2つは、価値から入る導入と、題材から入る導入です。私は教育実習で「今日は◯◯についてみんなで考えようね」などと価値から入る導入しかやったことがありませんでした。しかし、今回のセミナーで題材から入る導入もあり、題材から入る導入は、子どもたちが授業の中で導入から視野を広くもつことができることを学びました。

 2つ目は、道徳の授業では特に対話を創ることが大切であるということです。山田先生は、「道徳は教えるのではなく、一緒に考える授業」と仰っていました。そこには子どもたちのたくさんの対話が必要です。山田先生は、対話を創るために、相槌、頷き、称賛を通してまずは、子どものことを共感することが大切であると教えて下さいました。実際に、山田先生はマイクを持って、多くの人に意見を聞きに行き、聞き手と対話をたくさんされていました。さらに、子どもの意見を復唱することで、子どもたちの肯定感を高めると仰っていました。

 今回の山田先生の講演から道徳について、基礎からきちんと学ぶことができました。山田先生をはじめ、多くの関係者の皆様、本当にありがとうございました。(鏡味)

9月7日教師力アップセミナーでの学び(高橋・関口)

 こんにちは!4期生の高橋です。今回は、山田貞二先生の教師力アップセミナーからの2つの学びについて書いていきたいと思います。

 まず1つ目は、教材の登場人物の心情、行動を自分事として考えることです。この場面で、自分だったらどうするのか、もし自分がこの主人公だったらどう考えるのかを子どもたちに投げかけることで、教材の登場人物の気持ちや行動を読み取るだけで終わりではなく、自分ごととして考えることができると学びました。教材を通して、自分自身と向き合うことができるようにするため、役割演技などをする際も、効果的に子どもたちが内容に入り込めるよう、工夫していく必要があると感じました。

 2つ目は、一人ひとりの納得解を見つける、ということです。講演の中で、「道徳とはなにか」ということについて考えました。辞書的な意味では、日常的に守るべき習慣、人のふみ行うべき道、など結構広い意味で捉えられていました。ですから、一人ひとり自分の考え方があり、何をどう感じるかということに正解はない、というお話にとても共感しました。

 道徳の授業においても、無理にみんなで1つの答えを見つけようとはせず、一人ひとりが真剣に自分と向き合い、たどり着いた答えなら、それを互いに認め合うことのできるクラスを作っていきたいなと思いました。教材を使って、登場人物が、自分の道徳的な考え方で選択した行動であれば、合っているも間違っているもない、ということを忘れないようにしたいです。

 今回、3回目となる山田先生の講演でしたが、実際授業を作る、となった際に大切にしたいことをたくさん学ぶことができました。山田先生をはじめ、関係者の皆さん、貴重な学びの機会をありがとうございました。(高橋)

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 こんにちは!4期生の関口です!今回は教師力アップセミナーに参加して学んだことを書きます。

 私が1番ポイントだと感じたことは、「納得解」を求めることです。1時間で収めたい、価値を理解させたい、と思い教育実習では1つの価値へと導きました。

 しかし、それでは多様化が進んでいるにもかかわらず、互いを認め合うのではなく、「これが正しいから外れたものは違う」と共生とはかけ離れてしまいます。価値から離れる考えを否定するのではなく、様々な面からの考えを互いに認め合うこと。またそこで終わらず、様々な立場から考え議論し、納得解をもたせることが大切だと今回学びました。

 もうひとつ、パターンに入り込むと怖いことを漢字や並び替えのクイズで実感し、自分なりに考えることの大切さも感じました。

 今回1つの教材でも様々なやり方があることを学び、目の前の子どもたちに合わせながら自分のやりやすさも考えて授業を展開できたらいいなと思いました。そのためにまずは、山田先生の本を読んで様々な方法を知り、自分のものにしていきたいです!山田先生、関係者の皆様、本日はありがとうございました。(関口)


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9月7日教師力アップセミナーでの学び(加藤奨基・安部)

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 こんにちは。4期生の加藤奨基と安部です。今回の教師力アップセミナーは道徳の授業でとても有名な山田貞二先生に来ていただきました。そこでの学びを書きたいと思います。

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 こんにちは、四期の加藤奨基です。九月七日に大口中学校にて、山田貞二先生による道徳授業をもとにした教師力アップセミナーに参加させていただいたので記事にしたいと思います。以前に、命の授業で山田先生の道徳は拝見していたのですが、その時とは全く異なる視点から道徳授業を見ることができました。

 今回のお話で特に印象的だった内容が、「道徳的諸価値への理解」という内容です。これは、道徳の授業には三つの要素があり、それらをうまく盛り込むことでより深い道徳授業につながる、ということです。要素は以下の三つです。
⑴価値理解
 「親切」「思いやり」など、道徳的諸価値そのものへの理解のことです。子どもたちには最もよく質問される事柄だと思います。授業前には辞書を引くなどして端的に答えられるようにしておきたいです。
⑵人間理解
 道徳教材の主発問の部分などによく見られる、人の弱さを理解することです。「自分でも〜の時は・・・しちゃうよね」という内容をよく聞きます。
⑶他者理解
 自分の道徳性が試される場面に出会った時、他の人ならどのように行動する(考える)のかを理解することです。前提として、道徳には「Aの場合にはBする」というような正解はなく、「Aの場合にはBする人もいればCする人もいる」というような個々人の道徳性を否定せず、それぞれの納得解を見つけるという考え方があります。この納得解をいくつも共有することが⑶の他者理解にあたります。

 山田先生は、⑶の他者理解が抜けてしまっている道徳授業が多いと仰っていました。子ども目線で考えてみると、道徳場面を自分事として捉え、「自分だったらこうするのにな」と考えることができたら、次は他の人の考えを聞いてみたくなると思います。また、同じ場面でも人によって行動・考えが異なる(=道徳性が異なる)ことが道徳の面白さだとも思います。決して自分の道徳性を相手に押し付けるようなことはいけませんが、子どもたちがそれぞれの道徳性をすり合わせて、最も良い納得解を見つけることができる道徳授業を行いたいと感じました。

 秋から大学で後期ゼミが始まるにあたり、今回の学びをもとにして、ぜひ道徳模擬授業を行いたいと思います。山田先生、教師力アップセミナー関係者の皆様、ありがとうございました。
(加藤)

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 こんにちは。4期生の安部です。私が山田貞二先生の講演を聞かせていただくのは2回目ですが、今回も心にすとんと落ちるような深い学びをさせていただきました。その中でも特に印象に残った内容を書かせていただきます。

 それは、「考え、議論する道徳」の終着点が“個々の子どもが自分なりの納得解を見出す”ということです。まず「納得解」というのを道徳のワードとして耳にしたことがなかったため、すごく驚きましたが、山田先生の説明を聞いてすごく納得させられました。そもそも道徳とは「人のふみ行う道」であり、それは時代や社会の変化によってあっさりと変わるものだそうです。だから「これが道徳なんだ」と誰かに決められるものではないとおっしゃっていました。確かにそうだなと感じると共に、だからこそ授業で教えるのが難しいなということを感じました。例えば道徳の授業の中でも、「命は大切だ」ということは決まっていることでも、「だから自分は〜する」という行動の規範や意識は一人一人違っていいもので、教師が押し付けることではないのです。

 私はこの考え方にすごく納得すると同時に、実習で道徳の授業がなぜあれほど手応えが感じられないのかやっと分かった気がします。授業が成功したかどうかは一人一人の子どもが一生懸命考え、自分なりの納得解を見つけられたかどうかであって、その場ですぐに判断できるものではないのです。

 今回の講演を聞いて、道徳の授業こそ実践と反省が必要だと感じました。後期のゼミは模擬授業の発表が予想されているので、是非道徳の授業をやってみたいと思います!
山田先生先生を初め、関係者の皆様、ありがとうございました。(安部)


ものすごい良い記事が書けました。(中澤)

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 こんにちは!四期生の中澤佑太です。今回は、四期生へ伝えたメッセージを共有したいと思い、記事を書きます。

 9月10日に四期生でバーベキューを行いました。17時までに火を起こし、野菜、お肉、焼きそばをみんなで食べて、最後は花火をしました。四期生(13人)が全員揃って、四期生だけで活動をすることがその日まで実現できなかったのでそれも含めて大変素敵な日を過ごしました。

 さて、時間は19時55分。私は明日の朝にバイトがあったため、20時に早退しなければなりませんでした。その時間帯では、焼きそばを食べ終わり、花火をするために三人ほど花火を買い出しに出掛けてもらい、いろんな話をしながら待っている頃でした。私は突然、頭の中に言葉が溢れて、残っている9人に伝えました。以下その言葉を記します。

 「僕はゼミに入った頃はみんなが知っているように、教師になるという執念しかなく、大学にはいるまでの様々な経験から心が枯れ果てていたけれど、皆が本当に、肯定感や優しさや安心感や居場所を与えてくれる言葉や行動を本当に皆が呆れるほど継続的に伝え続けてくれたから、僕は言葉を受けとるだけでなく心の底から、いや心の底からという言葉の1000倍心に染みていったお陰で、僕は変わることができました。

 僕は今そして今後も、ネガティブな気持ちや恐怖を抱くことができなくなりました。それはそういう気持ちになるとすぐに皆の顔が出て来て、皆と過ごした日々が出て来て、それではいけないと思うからです。僕が不幸になると皆が悲しんで、僕は幸せになると皆は自分のこと以上に喜んでくれる。これが思い込みでなく、事実だから、僕は今、皆が喜ぶために生き続けて、幸せのために前向きに生きなければならない。傷付くという気持ちになってはいけないと思っている。これから先皆もそうだけど、不安がいっぱいあるけど、不安以上に皆のために不安と戦っているその瞬間が幸せなことって思ったから、だからだから、もう大丈夫。もう大丈夫。といっても皆はきっとこれからも中澤は大丈夫って思いながら中澤をささえなきゃって思うだろうけど、そのおかけで四期生が成り立ってると思う。とりあえず、皆の働きかけが形になることができて、良かったって思ってる。そのお礼として何ができるか、どのような結果を残せるかわからないけど、これからも四期生としての日々が終わりそうにないから、皆のために生きて、少しずつ良い報告ができるように前向きに積極的に正確に堅実に行動をしていくことで機会を作れたらと思っている。もっとも7月ぐらいからセミナーでその片鱗は出てると思うけどね。そんなことでこのようなことが言えるような人になりました。本当にありがとう。ではさようなら。」

 じっと聞いていた皆は、何度も拍手をし、歓喜の声で私を包み込んでいただきました。この皆が私を支えて、僕は皆から育ててもらうこの連携は本当にいつから生まれたのだろうか。このメッセージは、記事に書けない内容をカットし、忘れて書けない内容があり、分かりやすくするための脚色も少し含まれます。このメッセージを直接言えなかった三人に本当に申し訳ないと思っています。このメッセージは、四期生に向けたものですが、当然玉置先生、大学の関係者、三期生以前の歴代の先輩、五期生にも向けたメッセージです。(特に五期生は、最初は変化の過程にいたために不安定だった私に驚いたが、ゼミへの熱意をきっかけに息が合うようになった人、私の大学二年生までを知っていながら言動に出さず僕を思いやっている人、大学二年生までの私の苦しんでた姿を直接見てたから後輩であるけれど私を全力で支えようとしてくれる人などいます)思い返せば、私は随分多くの大人と出会ってきました。

 一生続くゼミと聞いて嫌だった自分が、一生続いていただかないと困るという気持ちになり。記事を書くのに抵抗があったが、自分の考え、気持ちを安心して伝えられるこれほどありがたいものはないという気持ちになり。(記事を毎日書きたいという気持ちがあるが、記事を書く暇を作りたくないという思いから書けずにいます。)責任を背負うことに負担を感じていたのが、責任や人との信頼を守ることが、生きる輝きになるからどんどん背負いたいと本当の責任感をもつようになり。視野が広く、柔軟に物事を考え、人やひとの気持ち、言葉におびえず、発言指示ができるようになり。メタ認知と相手の視点、相手の人生を察することで人から好かれる、信頼される人になり。そんな自分に変わりました。継続的に見ていれば証明できます。

 話がそれますが、あとは笑顔ですが、これについて実は小話があります。私は二年生の終わりから、眼驗下垂、まぶたが下がるようになり、まぶたが上がらず睨み顔になっていました。最近になり親からようやく許しを得て、中京病院で手術をしました。手術前に医者から「ここは美容外科ではないから二重とかにしないよ?」と言われたので、私は「勿論わかっていますし、見た目を気にしていません」と答えました。にも関わらず、仕上がりをみたら、片目五千円両目一万円で、美容外科並みの見事な二重になってしまいました笑。人間は目の形が変わると顔がとても変わると言われています。さすがの私も、「イケメンという言葉を使いたくないが、少なくとも写真には困らなくなった。」とニヤニヤしてしまいました。

 話が脱線しましたが、話をまとめます。ある先生の言葉を使うと、今の中澤は、かなり面白い(受けるという意味でなく)人になっています。どうか、追跡調査のように、多くの人に気長に気にかけていただきたいと思っています。その期待に答えることで、より人生を豊かにしていきたいと考えています。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。四期生の皆さん、大好きです。(中澤)

9月5日あま市正則小学校での学び(竹内・加藤奨基・安部)

 こんにちは。4期生の竹内、加藤奨基、安部です。正則小学校で玉置先生の講演を聞かせていただき、学んだことを書きたいと思います。

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 こんにちは。4期生の竹内です。今回は先日行われたあま市正則小学校での玉置先生による講演会に参加したことについて書きます。

 今回の主な内容は対話的な学びについてでした。

 対話的な学びを実現させるためには、互いに聴き合う関係が大切です。しかし、古谷和久先生による学び合いの教室の映像では「分からない」となかなか言えず、周りの子に聞けない児童が居り、児童にとって「分からない」とは言いにくいのが現実です。実際に私の生活を振り返ってもなかなか「分からない」と言うことに抵抗を感じます。玉置先生は口からでた言葉だけではなく、表情発言やメモを取った子などを意図的指名し、振っていくことが大切だとおっしゃられていました。まずは教師が子どもたちをつなげていき、聴き合い、学び合う環境の土台を作っていかなければいけないと思いました。

 そもそも対話とは自分の意見に相手の意見がプラスされた時に成立すると学者の中原淳さんはおっしゃられています。私は教室内で発言力のある子は相手の意見を無視して自分の意見を押し通してしまうのではないか、と疑問に思っていました。玉置先生はそういう場合も例に出し、児童が相手の考えを否定することなく、寄り添うことが大事であることを学びました。実際にはそういった関係を作ることは難しいと思います。

 しかし、これからの教師生活において、相手の意見に寄り添い、聴き合う学級づくりを一つの目標にしたいと思いました。

 また、先生のお話の中で一番心に残ったことは聴き合う関係づくりにおいて、教師が良い姿をたくさん価値付けし、褒めていくことです。そうすることで、子どもたちは良い姿を真似していきます。これは先日の真打会において1期生の牧野先生がおっしゃられていた「授業の中でも学級経営を」という言葉につながると思い、褒めて価値付けしていくことは改めて大切にしていきたいです。

 最近、玉置先生による講演会に頻繁に参加させていただいていますが、毎回話を聞く視点が異なります。内容は似ていたとしても、前回を踏まえて聞くので聞いた時に感じる思いが違います。それも一つの成長を実感できる機会であり、これからの玉置先生による講演会もとても楽しみです。今回参加させていただいたあま市立正則小学校の先生方、玉置先生ありがとうございました。(竹内)

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 こんにちは、四期の加藤奨基です。9月5日に行われた、正則小学校での玉置先生のご講演からの学びを記事にしたいと思います。今回のお話は何度か聞いたことがありますが、ボランティアなどですぐにでも実践できそうな学びがあったので、そこに焦点を当てて書きます。

 まず、私事ですが8月21日にビッグイベントである教員採用試験を終えました。試験に万全を期すため仲間同士で集まって面接の練習も多く行っていたのですが、その面接質問の中で、「授業作りにおいて、早く課題をこなしてしまった子どもにはどうしますか」という質問をされたことが何度かありました。それに対して私たちは、「その子どもに『ミニ先生』になってもらい、他の子どもにアドバイスをさせる」という一つの方法があると学んでいました。分かる子どもは教えることで知識をアウトプットすることができますし、分からない子どももマンツーマンで教えてもらうことができるため、良い方法だなと思っていました。

 しかし、玉置先生のお話を聞いて「ミニ先生」は難易度がかなり高い、ということが分かったのです。

 なぜ「ミニ先生」は難易度が高いのか。それは、子どもの一生懸命さにあります。子どもが教師に、「あなたが(先生役として)教えてあげて」と言われたら懸命に教えると思います。また、教えられる子どもも懸命に理解しようとすると思います。自分も数学が大の苦手なので、友達によく聞いていました。友達も一生懸命に教えてくれます。なので、最後に「分かった?」と言われると、分かってないのに「分かった」と言ってしまうことがよくありました。今でもあります。このように、友達同士で教え合いをさせてしまうと、分からない子どもが分かりきらないうちに終わってしまう可能性が高い、そのため「ミニ先生」は扱いが難しい方法であると学びました。

 「○○さん、教えてあげて」と子ども同士をつなぐことはとても大切です。しかし、玉置先生はまず「分からない子どもが『分からないから、教えて』と自分で言えるようにさせること」が先決であると仰っていました。自分のボランティア先でも、立場的に聞きやすいのか子どもたちは積極的に質問をしてくれます。うっかりすると全てに応えたくなってしまうのですが、一歩引いて考えると友達に聞くほうが効果的だと思う質問がほとんどです。こういった時にすぐ目の前の子どもだけに注力してしまうのではなく、子どもたちの「周りと繋がる力」を養うためにも「他の子はどうやっているか聞いてごらん」と声をかけられる力を磨いていきたいです。

 教員採用試験を終えて、様々な人たちと出会い、様々な考え方や知識・実践を学びました。学級でやってみたいこと、子どもたちと関わりたいことがたくさんあります。ひとまず今は羽を伸ばして、再開したボランティアと秋から始まるゼミ活動で今の学びを生かしていきたいな、と思います。玉置先生、今回もありがとうございました。
(加藤)

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 こんにちは。4期生の安部です。玉置先生の講演を聞かせていただきました!何度聞いても学び得ることがたくさんあります。また、今回は講演後にラーメンを一緒に食べさせていただきました。先生と一緒に食べるラーメンは格別美味しかったです!

 今日の講演では、対話の難しさを改めて感じました。また、それは大きく2つの視点から言えることだと思いました。

 1つは、「会話」ではなく「対話」させることの難しさ、もう一つはそれを見取ることの難しさです。

 1つ目について、玉置先生は「対話」を「会話」と区別して、“相互に異なる視点を得るもの”とおっしゃっていました。しかしこれを小学生の子どもが実現するのはなかなか難しいものです。授業中に子どもたちが「なるほど〜その考え方は自分にはなかった!」と言えるようになるにはすごく時間がかかることだと思います。そこで、少しでも対話に近づけるように子ども同士をつなぐのが教師の役割だと先生はおっしゃっていました。

 そのための手段は様々あります。例えば相手の発言に対してうまく掘り下げていけるように「それってどうゆうこと?例えば?」などの質問をする『オープン・クエスチョン』を伝授する、また、学級全体の机を隙間なくくっつけて、話しやすい環境をつくるというのがあります。玉置先生も繰り返しおっしゃっていましたが、授業中に「対話」を実現させるためには子ども同士が普段から安心してつながっていることが大切だと思います。授業だけではなく、普段の学級経営から子どもたち一人一人がクラスメイトと繋がっていることを意識できるように教師として色々な手立てを施していきたいものです。

 2つ目にそもそも子どもたち一人一人が対話をしていることを評価することが難しいということです。玉置先生はよく様々な学校に飛び込み授業に行かれますが、そこで子どもたちの話している内容を聞き取り、対話になっているかどうか見取るのはとても難しいとおっしゃっていました。子ども同士で行われる対話は、普段見ている先生だからこそ分かるものだそうです。なるほどなと納得しつつも、やはり対話を見取るためには教壇の前から子どもたちを見ているだけではなく、机間指導で一人一人の側へ行き、話している内容に耳を傾けることが大切だなということを感じました。

 本日も多くのことを学ばさせていただきました。玉置先生、正則小学校の先生方、ありがとうございました。(安部)
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9月5日あま市正則小学校で行われたセミナーでの学び(中澤・関口)

 こんにちは!四期生の中澤佑太です。今回は9月5日に、あま市立正則小学校に行われたコミュニケーション力を高めるための原則と方策というセミナーで、新たに学び得たことを記します。

 今回のセミナーでは、オープンクエスチョンカード(質問のわざカード)とあいづちガードという手法を新たに学びました。これは、対話をする際に、発言者に対して話を繋げるための言葉(というと、どんな感じ、例えばなど)がまとめられたもので、これを使うことで対話の感覚を身に付けることができます。勿論この言葉をテンプレにしてしまう子が出てしまうという危惧はありますが、そもそものコミュニケーションの感覚がない場合には大変効果的だと私は考えました。

 また、名司会者になるという話もはじめてでした。名司会者は正誤判定者にはならない。名司会者は言葉を付け足さない。この二つを新たに学びました。私は、この二つの言葉は、おそらくゼミ入りたての頃は、知識として取り入れるだけだったと思います。しかし、教育実習をはじめ、人前で話す経験を積んだことで、正誤判定や言葉のつけたしは、発言者の都合であって、聴衆者の視点にたつと、混乱を招くということで、理解できるようになったと私は考えています。

 今回は、セミナー後に玉置先生からラーメンをいただきました。このことは、今までなかったため、感謝の気持ちで胸が一杯です。玉置先生、素敵な学びをありがとうございました。(中澤)

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 こんにちは!4期生の関口です!今回は正則小学校で行われた玉置先生の講演について書きます。

 私がこの講演で1番心に残っているのは、「1人で授業は完結できない」という言葉です。いろいろな考えがあり、得意不得意があるからこそ学びがあります。

 これまで私は、それぞれ自分のペースで分かれる少人数クラスがとてもいいと考えていました。自分が置いていかれることもなく、待つこともなく、学びたいことを学んでいけると考えていたのです。しかし、わからない子、わかっているつもりだけど説明できない子、わかっている子の三層があるからこそ深まるということを学びました。

 たしかに、同じ考えを持つ人だけで集まっても話は共感で終わってしまいます。説明したり、疑問を投げかけたりする中で話は深まっていくのだとペアで会話した際にも感じました。

 「10人に1人はバカ」という話で、その1人に心当たりがありすぎる私ですが、おかげで苦手なことを恥ずかしがる必要はないなと思っております。「私のおかげで深まってるんだぞ!」と思うと「分からない」という言葉も言いやすいなと感じました。

 まずは関係を築いて、子どもが素直に「分からない」と言える学級づくりをしたいです。そして、一方的にわかる子が教えるのではない、互いの学び合いになる授業ができるといいなあ、、と思います。言うだけなら簡単ですが、実際にはとてつもなく難しいと思うので、しっかり今後も学んでいきます。本日はありがとうございました!(関口)
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8月27日 美和総合福祉センター 玉置先生の講演からの学び(安部、高桑、加藤諒)

 こんにちは。4期生の安部です。毎回、セミナーや講演会に参加させていただく度に、私たちは学生時代にものすごい経験をさせていただいているなとつくづく感じます!今日の講演会の中でも多くの学びを得ることができました。

 その中でも私が記事に書かせていただくのは「能力(コンピテンシー)は直接教えることが困難」という内容です。その例として、小学校6年生に平行四辺形の面積の求める問題を出すと、与えられた数を使って96%の児童が正解することができるのに対して、それを少し応用した問題、情報量の多い地図の中から公園の面積の大きさを出すという問題では、18.2%の児童しか正解できないという事実を出されていました。

 この事実からも基礎的な知識・技能を教師が教えることはできるけれど、それを使って新たな問題を解く力をつけさせるのはとても難しいということが分かります。そのような能力(コンピテンシー)は子どもたち自身が試行錯誤しながら必要な情報を取捨選択し、実際に試してみることで身についていくものだということを学びました。

 また、このコンピテンシーを付けるために教師がどのような授業をすれば良いのか、玉置先生は3つの視点を話されていました。その中でも「異質な集団で交流する」という視点にとても納得させられました。教室の中には、答えが分かる児童、なんとなく分かる児童、まったく分からない児童、様々いると思います。

 しかしそのような色々なつまずきや思考をする人がいる中で一緒に学ぶからこそ得られるもの、それが新たな発見や思考の深まりということだそうです。まさに「学び合い」の実現が大切なんだということを再認識しました。

 教員採用試験が終わったところですが、気を抜きすぎず、引き続き、授業技術をたくさん学んでいきたいと思います。講演をしていただいた玉置先生、そしてあま市の教育委員の方を初め、関係者の皆様、ありがとうございました。(安部)


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 こんにちは。4期生の高桑です。先日は、美和総合福祉センターで行われた玉置先生の講演に参加しました。今回は、そこで学んだことを書きたいと思います。

 私が特に印象に残ったのは、子どもたちが自己選択できる場面をどのようにつくり、子どもたちの主体性を育んでいくかについてです。私は、これまで数あるセミナーや講演に参加して、子どもに自己選択させることが大切だと学んできました。

 しかし、いざ教壇に立つと授業の内容を終わらせることや話したいことをわかりやすく伝えることに集中してしまい、子どもに自己選択させる余裕がなくなってしまうということがほとんどでした。また、自己選択をどこでさせるかというのも悩みどころでした。

 今回の講演でこの悩みが少し解消された気がします。そのきっかけとなったのは、玉置先生の「子どもに自己選択させず、教師がすぐ言ってしまうと、子どもは教師の動きを待つのが当たり前になってしまう」というお言葉です。これを聞いて、子どもたちが教師の意図しないうちに、「どうせ、先生が言うから考えなくていいや」というような思考に至ってしまうのは、とても怖いことだなと感じました。

 また、「自己選択は些細なことでもいい」とおっしゃっていました。三角形を扱った後の授業で、教師が「次は四角形をやります」と言ってしまうのと、「次は何をやる?」と聞いて子どもから「四角形」と引き出すのでは、その後の子どもたちの主体性が大きく変わってきます。玉置先生の算数の模擬授業でも、「1はつくれました。じゃあ次は何をつくる?」と些細な部分を子どもに聞くことを行なっていました。自分で考えられる子どもを育てるため、全てにおいて教師から指示をするのではなく、どんな些細なことでも子どもの声を引き出すことを意識して、子どもと関わっていこうと改めて思いました。

 最後になりましたが、今回の講演後も玉置先生に喫茶店に連れて行っていただきました。その時に玉置先生がおっしゃっていた、「どんなに嫌いな人でも積極的に関わって、その人の良さを見つける」というお言葉から、玉置先生の人としての魅力に改めて気づかされました。これからも尊敬する玉置先生のもとで学び続け、教師として、また人としての磨きをかけていきたいと思います。

 玉置先生をはじめとした関係者の皆様、このような素敵な講演会に参加させていただきありがとうございました。(高桑)

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 こんにちは!4期生の加藤諒太です!今回は8月27日のあま市での講演についての記事を書きたいと思います!

 今回、私が特に学んだことは主体的というものはどう実現するかということです。私はこの講演を聞くまで主体的な学習とは、学習者が興味を持って夢中になって取り組むことだと考えていました。

 しかし、この講演を聞いた時、主体的な学習とは自己選択がある授業であると聞いてなるほどと感じました。自ら選び、考える授業にすることで学習者は学びの主体となります。そこに教材の面白さや発問の工夫が加わることで主体的な学びが形成されていくのだということを学びました。

 講演の中で主体的とは相手意識を持つことだと玉置先生がおっしゃっていました。自己開示しながら授業を行い、子どもたちを主体的した授業の例のように、子どもと先生、子どもと教材といったような子どもたちが相手意識を持てるような授業が大切だと学びました。例えば、身近なものを授業の例に使うとよいとよくご指導頂いたことがありますが、これは相手意識を持たせるために大切なことなのではないかと考えました。

 また、対話というものについてもお話を頂きました。自分で解決するということも大切ですが、対話をすることで、他人の意見を聞きながら良いとこは取り入れ、自分の意見を昇華させていくことに意味があるのだということを学びました。講演の中で子どもたちが自分はできるのにそれを伝えるとなるとわからないという場面があるということを知りました。自分が小学生の頃、友達に教えられて初めて分かっただよと言われたことを思い出し、確かにその通りだなと改めて実感しました。だからこそ、玉置先生がおっしゃっているわからないと言える子どもを育てることが大切だと感じました。分かっている子どもが教えるのではなく、わからない子どもも夢中になって「教えてよ!」と言えるような学級を私も作りたいと強く思いました。

 そして最後には玉置先生が、道徳の命の授業について模擬授業。最初の導入から深く考えさせられるものでした。言葉をポンと見せられるより、穴あきの文を考える方が心に刺さるものがありました。それに加えて鈴木中人さんのお話、心に直接訴えかけられるような授業でした。命は自分だけのものではない。自分自身も改めて命について考えようと思うことができる授業でした。

 玉置先生をはじめこのような機会を作ってくださった多くの先生方本当にありがとうございました。(加藤諒太)
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8月27日東海市立平洲小学校とあま市教師力パワーアップ講座からの学び(竹内・中澤)

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 こんにちは!四期生の中澤と竹内です。今回は、題名に関する内容の記事を書いていきたいと思います。

 こんにちは。4期生の竹内です。私は先日、東海市立平洲小学校・あま市教師力パワーアップ講座での玉置先生による講演会に参加させていただきました。二つの講演の主な内容は来年度から実施される次期学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び」の実現についてでした。今回はその中から主体的・対話的な学習について書きます。

 主体的な学習とは、誰かに指示されてする学習ではない、と玉置先生はおっしゃられていました。しかし、だからと言って教師が児童に「主体的になりなさい」と言って主体的にはなりません。玉置先生は主体的な学習を実現するためには、授業の中で1回は自己選択の機会を設けることが大切だとおっしゃられていました。

 例えば、社会の課題をどのように調べるかを子どもたちに問い、ネット、本、新聞など様々挙げさせるなどです。来年から授業を行う身として、児童の自己選択の場を大切にして授業計画をしていきたいです。

 対話的な学習とは自分一人で完結する学習ではありません。学習指導要領の中にも他者との協働や、先哲の考えなどから自己の考えを広げ深めると記載されています。そのためにホワイトボードミーティングを設けたり、しつもんの技カードなど使ったりし、互いが聴き合う関係を作っていくことが大切です。そういった仲間の意見を聴き合う環境の中でこそ、子どもたちは対話の良さを実感し、対話を通して考えを広げ深めようとする姿勢が見えてくるのだと思いました。

 今回の内容は今までの講演でも聞いたことがあるのですが、全てを完璧に覚えているわけではないので4月から現場に出るまでに抑えておきたいです。東海市立平洲小学校・あま市教師塾の先生方、玉置先生ありがとうございました。(竹内)

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 こんにちは!四期生の中澤佑太です。今回は、8月27日に東海市立平洲小学校と美和公民館で行われたセミナーで、新たに学び得たことを書いていきたいと思います。

 それは、コンピテンシーの三つのカテゴリーについてです。今後学校では、コンピテンツ(知識注入)ではなく、コンピテンシー(能力開発)が求められるようになります。その際教師は何を重視すればよいのかをまとめられていました。一つ目は、道具(資料や学習道具)を相互的に活用すること(ただ使うのでなく、目的を達成するという意識のもと使う)です。二つ目は、異質な集団での交流です。これは、他人と良い関係を作る、協力する、争いを処理する、解決する力をつけることを目的とします。三つ目は、自律的に活動をすることです。これは、大きな展望の中で活動をし、人生設計をする能力をつけることを目的とします。私は、他者と繋がる考え方、心を養うことで、他者を怖れなくなり、人生に怖れるものがなくなるということを知ることが、学校教育に求められると考えました。

 また関連して、依存できず孤立する、依存できて自立できるという言葉をいただきました。これは、子ども達がわからないことに直面したときに、わからないことを他者に伝え、他者に解決を求めることができる子は、主体的に物事を解決しようとする自立した人になることができるということです。私は、繋がれないことへのリスクをこれからの子ども達に伝えていくことが大事になると考えました。

 玉置先生のセミナーに参加し続けて約一年半が過ぎました。その間に玉置先生の言葉が、最初は知識として、徐々に自分の価値観に変わり、人間として良くなっていくのを感じられるようになりました。東海市立平洲小学校の先生方、美和公民館セミナーに参加された先生方、そして玉置先生、ありがとうございました。(中澤)

8月27日平洲小学校での玉置先生の講演から学んだこと(古川・中西)

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 こんにちは、5期生の古川瑛理です。今回は8月27日の平洲小学校での学びについて書かせて頂きます。

 今回特に印象に残ったのは子どものつぶやきの「えっ?」「分からない。」と言うのも意見であるという言葉です。「えっ?」という発言は自分の考えがあるから出る発言であり、「分からない。」というのも分かりたいという気持ちがあるからこその発言であるということに気付かされました。このように答えを言う子だけが正解なのではなく、自分の気持ちを発信しようとしている子、例えば手を動かし、図を示しながら一生懸命に相手に伝えようとしている子をしっかり見つけて褒めて、価値付けをしていかなければいけないのだと考えさせられました。これを常に教員が行なっていくことで子どもに繋がる力が付き、ペア活動等でも交流が盛んになる、主体的な学びができる学級に繋がってゆくのだと感じました。何かできていないと感じた時、子どものせいではなく自分自身の関わりから振り返ってみることが大切だと認識させられました。

 明日から教育実習が始まります。自分の思う通りにならずに悩むこともあると思います。そんな時一旦冷静になって自分自身の行動から考え直すということを忘れずに過ごしたいです。

 玉置先生を始めとする関係者の皆様、今回このような学びの機会を設けて頂き、ありがとうございました。 (古川)

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 こんにちは。5期生の中西です。8月27日に平洲小学校で行われた玉置先生の講演から学んだことを書かせていただきます。

 今回玉置先生のお話から学んだのは、「授業の中で1回は子どもに自己選択させる場を入れる」ということです。常に教師に指導されて行う学習ではなく、ささいな事からでもいいので脱却していかなければいけないとのことでした。

 例えば「三角形の内角の学習が終わったから今度は何をやろうか?」と教師が問いかけると子どもは「四角形!」とか「外角!」といったの声が聞こえてきます。子ども自身が考える選択の場を設けることは、主体的な学習につながるということを学びました。教師が最初から学習内容を提示するより、子どもたちが選択したほうがより意欲的に授業へ取り組むことができます。自己選択には考える力が必要です。与えられた課題を解く力も必要ですが、それ以上に自ら課題を見つけて解決していこうとする力が今の社会では求められているということを感じました。

 玉置先生のお話の中に「対話」というキーワードが沢山入っていました。対話は、「自己の考えを広げ深める」ことを指します。子ども同士で意見を交流したり相談したりすることも対話ですが、それだけではありません。頷きながら友達の意見を聞いている子を価値付けして、なぜ頷いていたのかの理由を聞くことや、難しくて分からないという子にどこが難しいのかを発表させることも対話の一つだと学びました。対話のきっかけをつくるのは教師です。教師は子どもたちの意見をうまくつなぎ合わせながら対話していく授業をつくっていくことで、対話することの良さを子ども自身が実感し、より学びの深い授業となっていくと思いました。

 私は来週から教育実習があります。今回のセミナーで学んだ「自己選択」や「対話」も活用しながら、実習に臨みたいと思います。失敗することもあると思いますが、それ以上に沢山学んで充実した教育実習となるようにがんばっていきます!

 最後にこのような学びの場を設けてくださった玉置先生はじめ、平洲小学校の先生方、ありがとうございました。(中西)

8月25日真打会での学び(生田・竹内)

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 こんにちは!4期生の竹内と5期生の生田です!今回は8月25日に行われた真打会で学んだことを書いて行こうと思います。


 こんにちは。4期生の竹内です。私は先日行われた真打会に参加しました。今回はそこから2つのことについて書きたいと思います。

 1つ目は道徳の授業づくりでの目標が出来たことです。芝田先生は、講評の時間に「嘘はいけないと分かっているけど、嘘をついてしまうという自分の弱さを見つめ直す機会を設ける」とおっしゃられていました。私はこれまでに、道徳の授業は資料の読み取りではないということを教わってきました。だからこそ私は、資料から嘘はいけないことを読み取る授業ではなく、自分に置き換え、いけないと分かっているけど、嘘をついてしまう自分の弱さについて見つめ直せる授業をしていきたいと改めて思いました。

 しかし、今の自分には、それを実現するための具体的な策を挙げることはできません。ですので、4月からの現場経験を増やしていく中で、めあてから児童に「こういったことを言ってほしいのかな」と思わせるような授業をするのではなく、めあての本質について考え直すような授業を目標に、ゆさぶり発問などを考え、試行錯誤していきたいと思いました。

 2つ目は子どもの発言を待つということです。和田先生は子どもの発言を待つことのできる教師は良い教師だという事をおっしゃられていました。実際に、子どもの発言を待てず説明してしまう教師が多いそうです。これは玉置先生が教えて下さった『物分かりの良い教師』とつながる部分があると思いました。それは子どもが発言できる機会を教師が潰してしまっているということです。子ども主体で授業進めていくために、子どもたちを信じて待つことを忘れずに授業を行っていきたいと思いました。

 先日、教員採用試験も終わり、子どもたちの前に立つまでにあと半年しかありません。私は残りの時間を大切にし、少しでも多くの知恵を付けてから教卓に立ちたいと思っています。そういった中で、このような会に参加できることは4月からを考える私にとっては貴重な学びとなる機会です。玉置先生を始めとする関係者の皆様、このような機会を設けていただきありがとうございました。(竹内)

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 こんにちは!5期生の生田朋也です。いよいよ教育実習が迫っていて正直緊張感と楽しみが高まってきています。

 今回は算数の授業と道徳の授業について学ばせてもらいました。

 今回は道徳の授業について書いていこうとおもいます。「きんのおの」を教材研究しました。今回は2回目ということもあって前回よりかは考えやすいと思いましたが、対象が小学校一年生ということもありいざ何を学ばせようかなと考えると、かなり難しいものでした。小学校一年生なのでやれることは限られているので学ばせることは1つ、多くて2つしかできないので絞る必要がありました。

 授業では、教具により子どもの遊び心、興味を引き出してよりリアルな状況にすることによって子どもが深く考えれるような内容になっていました。芝田先生は「道徳ははじめに自分の弱さをひけらかした方が盛り上がる」とおっしゃいました。たしかに弱い一面を出すことによって自己開示もできますし、お互い安心して話し合えるような環境がつくれます。しかし子どもにとってそのような行動は勇気がいりますし、下手したらバカにされてイジメに発展する恐れだって一年生だったらあり得ると思います。そのためにも常日頃子ども達が安心して言い合える学級作りが必要なんだと再認識しました。

 そして玉置先生から技術的なアドバイスとして話を途中で切ってしまうという方法です。思いもつかないことだったので最初は驚きましたが、たしかに道徳は作品を味わう科目でなく、話をよんでそこから人として考えなければいけないことを学ぶ科目なので、そこから話の展開を子どもに考えさせて「嘘をついた時の気持ち」を引き出すための方法としてとてもやってみたいと思いました。

 授業もそうなんですが毎回道徳の内容についても勉強させられます。きんのおのの主人公のように正直で誠実な教育実習生として教育実習に挑みたいと思います。
ありがとうございました。(生田)

8月25日真打会での学び(安藤・加藤諒太)

 こんにちは!4期生の安藤優里と加藤諒太です!本日は8月25日の真打会での学びを書かせていただきたいと思います!

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 こんにちは。4期生の安藤優里です!先日の真打会での学びを、子ども役として参加させて頂いた道徳の授業を中心に書きたいと思います!

 今回の道徳の授業の題材は、「きんのおの」という有名な童話で、授業者の白井さんは、斧の実物を作って、子どもたちの金の斧が欲しい!という気持ちをうまく引き出したり、ペアでの対話を取り入れて、どんな時に嘘をついてしまうのかという自分の経験や気持ちを引き出す工夫をされていました。その授業の流れのスムーズさも圧巻でしたが、子どもにかける言葉や、子どもの言葉の受け止め方がとてもあたたかくて素敵で、改めて白井さんのすごさを感じるとともに、私も現場に出たとき、こんな授業ができるようになりたい!と強く憧れました。

 その中で私が学んだことは、道徳では自分の中にある弱さ(今回では嘘をついた時の気持ち)をしっかり引き出すことがとても大切だということです。「嘘をついてしまうのはどういう時?」「どうして嘘をついてしまうの?」「嘘をついた時、どんな気持ちになる?」と、子どもたち自身の経験を振り返らせ、自分の中にある弱さとしっかり向き合うことで、「嘘は良くない」ことや、「本当のことを言った時の気持ちよさ」につながることが分かりました。私は初め、1年生には「正直」のよさや価値を伝えるってとても難しいな〜と感じていました。しかし、子どもたち自身の生活や経験と結びつけ、その時の気持ちを存分に引き出すことで題材から離れて自分事として考えることができることを学び、その中でしっかりと自分の弱さと向き合わせたいと思いました。

 この、生活や自分の経験と結びつけて考えさせる、というのは算数の授業でも大切なキーワードでした。繰り上がりの計算では、すぐに計算式を聞いてしまいがちですが、1年生はまだ数の話を多くはできません。そこで、和田先生はまず、教科書の挿絵等を用いて、「生活感の中で話をさせる」ことで「1台入れないよ!」「駐車場がいっぱいになっちゃう!」といった子どもたち自身の言葉をたくさん引き出し、そこから数を分解したくなるようにもっていくそうです。私自身、すぐに答えを求めてしまい、発問してしまうのですが、それでは子どもがついてきません。和田先生のように子どもに頼ること、子どもに言わせることを通して、発問するのを待てる教師になりたいです。

 今回真打会の2人の先生の授業を見させて頂きましたが、共通して子どもの声を聞く姿勢が素敵でした。私はまだまだ経験が少ないのでまずは2人の先生のように授業の基本ベースがしっかりできるように日々励んでいきたいと思います。関係者の皆さま、今回もありがとうございました。(安藤)

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 今回は8月25日の真打会に参加させていただき、道徳授業と算数授業の二つに子ども役として参加しました!

 道徳の授業では、金のおのを取り上げて行いました。はじめに驚いたのは、導入で金のおの、普通のおのの模型が出てきたことです。口で説明するより、目で確認できるものがあるとよりグッと教材に入ることができると実感しました。大学生の僕でさえ、金の斧を見たときには心が踊りました(笑)しかしそれだけ、導入でどれだけ興味を引けるかが、子どもたちの授業への集中力につながるということです。改めて導入の大切さを学びました。

 また、物語での授業において主人公の気持ちを考えるという手法は学んでいましたが、本当の意味で主人公の気持ちに寄り添うことが大切だと学びました。ただ、この時どう思ったのかを考えるのではなく、この主人公はなぜそのように考え、行動したのかというところまで考えることが大切だと学びました。

 算数の授業では、教科書の導入の挿絵の意味や前後の繋がりを意識して行うことの大切さを学びました。今回は10を超える足し算という内容でしたが、挿絵にたくさんの仕掛けが隠れていると学びました。そして、挿絵をうまく使うことによって子供達自ら考えることができるということを学びました。

 また、この教材の前には3つの数の足し算をしていて、7+3+2=12という考え方ができると和田先生がおっしゃっていました。学級での授業は1つひとつが独立しているものではなく、1年間という繋がりがあると思います。現場に出たらそのような授業の繋がりも意識して取り組んでいきたいです!

 今回もたくさんの学びをすることができました。このような機会を用意してくださった玉置先生をはじめ多くの先生方本当にありがとうございました!!(加藤諒太)
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8月25日真打会での学び(加藤奨・高桑)

 こんにちは、4期の加藤奨基です。今回は真打会からの、特にゼミの先輩である白井さんの道徳模擬授業からの学びを書きたいと思います。

 自分は白井さんの勤務先でボランティアをさせていただいていて、現場で実際に子どもたちと関わられている白井さんも見せていただくことがあります。現場での優しいはつらつとした様子と全く変わらず、模擬授業中も子ども役の学生に暖かく対応されていて、白井さんの人柄の良さを実感しました。

 今回、特に印象的だったことは、白井さんの「子どもを見る目」です。白井さんは子ども役の反応(頷き、表情、首を傾げるなど)を敏感に瞬時に察知して意見を繋げていました。ボランティアという立場からですが実際の現場を見ていると、あの約30人の反応を細かに見て繋げるということは簡単ではなく、自分ならかなりのハードルだなと思います。模擬授業でもそれを当たり前に行われる姿見て、白井さんの技量の高さを感じました。

 自分は褒めることで子どもたちに自信を持たせたいと思っています。そのためには子どもたちを深く細かく見て、瞬時に褒めなければならないと考えています。今回の白井さんのお姿は、自分の教育の具体的な姿の一つだと思いました。自分も白井さんのように、よく見てよく反応できる教師を目指します。そのためにも、これから卒業までボランティアに積極的に参加し、白井さんや周りの先生方から技術や考えをどんどん吸収していこうと思います。

 最後にもう一つ、今回の「きんのおの」という物語を扱う際に白井さんが実物で用意されていたお手製の斧にも驚きました。確かに、1年生では斧を知らない子どももいそうですし、具体物があることで子どもの乗り気も違うと思います。とても(とても)元気いっぱいなクラスでは、特にウケそうだなと思いました(笑) 自分も、早くクラスの子どもたちに合わせて授業を作ってみたいです。大変だと思いますが、子どもたちの顔を思い浮かべながら作る授業は、きっと楽しいのだろうなと思います。

 今回も多くの学びがありました。セミナーに参加するたび、現場に出ることが楽しみになっていきます。玉置先生、白井さん、関係者の皆様、今回もありがとうございました。(加藤)


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 こんにちは、4期生の高桑です。教員採用試験が終わり、夏休みを満喫している中、真打会に参加してきました。加藤くんが白井さんの道徳の授業について書いてくれたので、私は岩月先生の算数の授業から学んだことを書かせていただきます。

 算数の授業は、小学校1年生を対象とした、8+3などの繰り上がりのある足し算について、ブロックの操作を通して計算方法を見出していくという内容でした。

 まず、私は授業全体を通して、子どもを引きつけるテクニックが至る所に散りばめられていることに感動しました。私は、教員採用試験に向けて場面指導の練習を何度も行っていました。その経験から、教壇に立つときは1.声の抑揚 2.適度に間を取ること 3.子ども同士をつなげる、価値づける声掛けをすること が大切だと気づき、3つのことを意識して授業を見ていました。

 すると、導入でフラッシュカードを使った際、教師の十分な声の抑揚と間が相まって、授業に心地の良いリズムが生み出されていました。また、教師が子どもに発問を投げかけた際は、子どもの意見をそのまま受け取るのではなく、「◯◯さん今何て言ってた?」や「この意味わかる?」と他の子どもに聞くことで子ども同士をつなげていました。他にも、問題文をみんなで読むときに教師が数字を手で隠すことで子どもが注目できるように工夫していたことや、机間指導の時に「これどうやったの?」と聞き、考え方を見て「すごいね」と価値づけていました。大切な1つ1つのポイントを確実に行っていた岩月先生の姿を見て、私も子どもたちが居心地のよい雰囲気で授業を受けられるよう1つ1つを大切にしようと思いました。

 そして、和田先生のお話から、子どもが「10にするといいんだ」と気づけるように教科書の挿絵を使って生活上にあるもので話せる時間をつくることの大切さを学びました。私たちゼミ生だけで教材研究をした際、10がきりのよい数字であることを子どもたちが理解できるようにするためにはどうしたらよいか、ということがわからず結局答えがでませんでした。

 和田先生は、挿絵を使って、「2台で駐車場がいっぱいになる」などの子どもたちなりの表し方を引き出し、「いっぱいになる」=10台という認識を持たせるとおっしゃっていました。確かに、日常と学習を結びつけることで腑に落ちたり、感覚で掴めたりする部分があると思います。大切なポイントを子どもたち自身に気づかせるためにはどうすればよいのかを教師が柔軟に考え、教材研究を進めていくことが重要であると感じました。

 今回の真打会では、先輩方のような考え尽くされた授業ができるようになりたいと心から思いました。そのために、これからも精一杯学び続けていきます。玉置先生を始め、関係者の皆様、素晴らしい学びをありがとうございました。(高桑)
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8月25日真打会での学び(長谷川、鏡味)

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 こんにちは!5期生の長谷川です。8月25日に真打会に参加させて頂きました。今回は、白井先生の道徳を児童役として受けさせて頂いたので、そこから学び得たことをまとめます。

 まず、児童同士の会話を促す仕掛けとして、児童が発言した言葉の意味について「◯◯さん、分かる?」というように、周りに広め、共有をしていました。教師側の勝手な判断で授業を進めることなく、言葉の意味等が難しい語句は、少し立ち止まって全体に確認することが大切だと感じました。

 次に、考えさせる活動のときは、先生の実体験を先に紹介し、児童役の私達にも考える際のヒントを与える工夫がされていました。実際に先生の話を聞くことで、自分はどうだったかな?と自分のことに置き換えて考えることができました。改めて、教師自身が自己開示することの大切さを感じました。

 一方で、白井先生はペア活動を行う際、低学年といういことで、話す手順、話す順番、体の向き、話始めの言葉など、細かく、丁寧で分かりやすい指示を出していることが分かりました。私は、小学1年生は、とにかく自分の意見だけ言いたい!という子が多いようなイメージを持っており、ペア活動を行うのは難しいと考えていましたが、このように授業展開を行うことで、1年生でも、スムーズにペア活動をすることができるということを学びました。

 そして、時折授業の中で、うなずいたり、首をかしげたり、表情発言をする子に対して、見逃すことなく、価値付けをしていました。そうすることで、児童も自分のことを見てくれている、自分の考えを分かってくれている、という安心感に繋がり、発表してみようかな、という自信にも繋がるのではないかなと考えました。教師は授業の中で、全体を見渡しつつ、個々の様子もしっかり、見ることが必要です。しかし、落ち着いた授業でなければ、そこまで見ることは難しいと考えます。児童役をしていて、日常から落ち着いた授業を行なっているということが、とても伝わってくる授業でした。

 ワークシートでは、どんな気持ちになるか?という発問に対して、文章を書くことが難しい子には、顔文字に丸をつけて気持ちを表現できるような工夫がされていました。文章力に差があったとしても、全員が授業に参加できるワークシートになっていると気づきました。導入から最後まで、学年のレベルに合わせた指示や言葉がけが沢山見受けられました。子どもに寄り添った授業展開であり、とても深い学びをすることができました。

 玉置先生をはじめ、関係者の皆様、このような学びの場を設けてくださり、ありがとうございました。(長谷川)

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 こんにちは!4期生の鏡味です。今回は、8月25日に行われた真打会での学びを2つ書きたいと思います。

 1つ目は、道徳の授業で自分の弱さを見つめ直す時間を作るということです。今回の道徳の題材は「きんのおの」であり、正直者のきこりと嘘をつくきこりの話でした。授業を受ける前から嘘をつくことは誰もがいけないことと分かっていると思います。しかし、嘘をついてしまうことは誰にでもあることです。授業の時には、きちんと嘘をついてしまった自分の経験を振り返り見つめ直す時間を設けることで、自分のこととして考えることができると分かりました。自分の弱い面を出した後に、価値に迫っていくことが大切だと学びました。

 2つ目は、子どもの意見を教師が繋ぐことです。授業者の白井さんは、子どもの出した意見を周りの子どもに繋く事をとても大切にされていました。1人の子が「正直」と言った時に、「正直って何?」と子どもに尋ねていました。教師が子どもの出た意見をすぐに板書したり、教師だけに収めるのではなく、子どもに聞き返しながら授業をすることで全員が授業についてこられると分かりました。

 私は、子どもの意見を繋ぐことが大切であると頭で分かっていても、教育実習ではなかなか実現させることができませんでした。やはり上手い授業を行うには経験が必要であると改めて感じました。

 教員採用試験後の久しぶりのセミナーで多くのことを学ぶことができました。玉置先生はじめ、関係者の皆様ありがとうございました。(鏡味)

8月25日の真打会での学び(二村・関口)

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 こんにちは!5期生の二村です!今回は8月25日に行われた第2回真打会で学んだことを書かせていただきます。

 授業を生徒役で参加させていただいたり、見させていただき、学んだことが2つあります。

 1つ目はキーワードが出た時に全体の共有の場を作ることの大切さです。道徳の授業で、正直というキーワードが出た時、「この言葉の意味わかる?」と問いかけ、1人に聞き、終わるのではなく、いろんな生徒に振ることで自然と対話をうながしていました。また「隣の人お助けできますか?」と声かけするなど、生徒と生徒の意見を自然とつないでいるところを見て、見習いたいと思いました。それだけではなく、うなづいて反応している子を見逃さず、「うなづいているね」と声かけするなど、全体をみているからこそできることであると思うので、私も生徒の細かい反応を見逃すことなくコミュニケーションをとりながら授業を進めていきたいです。

 2つ目は教科書の資料を活用するということです。算数の教科書に資料が掲示されており、その資料にはたくさんの工夫があり、その資料を活かすことで、生徒は生活感が出てくる分たくさん喋ることができると教えていただきました。その意見を聞く時、最低3人意見を待つことが大切であることを学びました。1人の意見に飛びつかず、子どもに頼って子どもの意見を待つことで、子ども同士で補助してくれたりするので、教師がたくさん喋るのではなく、子どもたちの対話を引き出す役目ができるようになりたいです。

 先生方はどちらも、私でも意見が言えそう、言いたいと思わせてくれる柔らかい雰囲気をお持ちでした。教壇に立つ時緊張して、ガチガチになってしまいそうですが、常に笑顔を忘れず、子どもがどういう気持ちなのかを考えれるような教師になりたいです。その一歩として教育実習があると思うので、持ち前の明るさを活かして充実した教育実習にしたいです。

 このような場を与えていただいた玉置先生、授業をしてくださった前座会の先生方、真打会の先生方ありがとうございました。(二村)

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 こんにちは!4期生の関口です!今回は真打会での学びを書きます!

 今回の授業は小学1年生の道徳と算数でした。まずは自分たちで授業を検討します。やはりいい授業を受けるだけでなく、自分で考えてみるというのが大事だなと感じました。もちろん観るだけでも十分な学びになりますが、考えてからのスタートだと自分の足りなさにも気づけますし、学びが深まります。

 お二方の授業の中でとても大事だなと思ったことは、子どもの反応を大切にすることです。

 子どもたちにとって雰囲気で覚えている言葉やあまり意味を知らない言葉を、教師がわかっているだろうというスタンスではいけないなと感じました。

 小学1年生の記憶はないので、経験を積んで子どもがどこまで理解しているか、把握するしかないのかなと思いましたが、子どもの反応をしっかり見て確認されている様子がたくさんありました。「新任だからわからない」では済まされませんね、、しっかりと子どもをみて授業を行いたいです。

 また、価値付けがとても多く、私たちゼミ生のやる気をたくさん引き出していただきました。教材研究をしっかり自分なりにすること、目の前の子どもの様子をしっかりみること、授業の中でも価値付けていくこと、お二人は簡単にされていましたが、教育実習で難しさを痛感しております。教壇に立つまでに、少しでも近づけるよう、模擬授業やセミナー、ボランティアにしっかり励んでいきたいです!

 5期生のみんなが実習で学びを発揮できるよう祈ってます!!!(関口)

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