2021年1月4日仕事日記

 早朝から今週・来週の講義「教育課程論」の内容をGoogleclassroomで周知。マナログでレポート指示。15回目まで終了。この作業もかなり慣れてきた。

 10時から「学び続ける教師の会 オンライン元気です顔出し会」開催。玉置ゼミ1期生から4期生まで、30分ごとに入れ替わっての近況報告。みんな元気な顔を見せてくれた。さっそく3期生の早川君が記事をアップしてくれた。だれか書いてくれないかと願っていたら、きっちり叶えてくれた。感謝。

 今日もひたすら書籍原稿書き。その書籍名は「学校が元気になる次世代学校ICTシステム活用術 〜情報機器を眠らせない全校体制の進め方〜」(仮称)。8割ほど書き上げる。

 原稿書きに疲れたので(笑)、「スクールライフノート 心の天気・学びの天気のよさを語る」と題してプレゼンと説明動画づくり。動画は30分間を超えてしまった。ギリギリ限界。授業と学び研究所の皆さんに周知。有効活用していただき、さらに導入校が広がることを祈る。

1月4日zoom新年会&少人数食事会(早川)

こんにちは。お久しぶりです。3期生の早川です。

今日は、新年恒例の玉置ゼミ卒業生の集いが行われました。現在の世の中の情勢を鑑み、今回はzoomを使用してのオンラインビデオ通話での開催でした。とても楽しかったです。早くみんなに直接会って話せたらなという思いが強くなりました。

また、夜には急遽予定を合わせた3期生菱川、4期生加藤奨と食事に行きました。大学時代の話や、お互いの近況報告などで終始盛り上がり、楽しい時間を過ごせました。楽しかったです。またやりたいです。

これで終わります。(笑)


(本当は、もっと細かく自分の想いや、今後について書いていたのですが、記事入力ページの更新が上手くいかず、全て文章が飛んだので、、、心が折れました。もう一から書き直すのは気力がもたなかったために、このような簡単な文章に替えさせていただきました。では、また。さようなら)

最後に、zoomでのオンライン通話の様子や、食事の際の写真、午前中に行った御在所ロープウェイからの景色を載せます!
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2021年1月3日仕事日記

 今日も原稿書きの1日。ここ数日でかなり書き上げた。明日には第一次稿を終えて、しばらくはあたためたいと思っている。さて、そうなるだろうか(笑)。

 三楽の仕事日記発信で使わせていただいているエンピツブログサイトがシステムエラーが直らない。メールを送っても反応はなく、ユーザーの中には引っ越しをしている人がいる。熟考して、この玉置研究室のカテゴリーに「仕事日記」を増やし、そこでこれまでのように毎日更新することに決める。「三楽の仕事日記」で引っ越しの案内発信。スマホで見やすい発信もできるので、引っ越しを喜んでいただける方もあるはず。
 
 大学シラバス修正が明日までと気づき、その作業。自分では指示通りにできたと思っていたが、点検していただいた方からの指摘で理解不足を痛感。恥ずかしい。

 研究室HP記事は6期生合宿でのふりかえり記事発信開始。まずは金子さんの記事。濃厚な合宿の様子がよくわかる記事。

6期生ゼミ合宿を終えて(金子)

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 こんにちは!玉置ゼミ6期生金子です。先日12月19,20の二日間でゼミ合宿が行われましたので、そこでの学びを書かせていだだきます。

 一日目は、松浦克己先生にGDMの英語の授業について模擬授業を受けました。実際にやってみて、基礎を体験的に頭を働かせながら身につける事ができると思いました。そして土台がしっかりしているからこそ応用への適用力もはたらくのだと身をもって体験しました。難しい文法でのGDMを活用した指導方法も知ることができ、すごくいい経験になりました。

 1日目の終わりには、「こまきこども未来館」を見学させていただきました。コロナウイルスの影響でオープンが延期となってしまったのは残念ですが、子どもたちに安全な状態で遊んでほしいという施設の職員さんの思いを感じます。感想を伊藤くんがまとめてくださっているのでそちらを是非見てください

 二日目には、面接練習を行いました。指導をしてくださった玉置先生、酒井先生、斎藤先生、5期生の先輩方、本当にありがとうございました。面接練習をしてみて率直な感想は「見抜かれまくり!」です。考えや伝え方に関して自分が不安だと思っていた部分に的確な指導してくださいました。追求されてもしっかりと答えられるように知識の幅、教員を志す軸の部分をしっかりともっておきたいと思いました。また、表情や目に関してのご指導もいただきました。マスクをしているため、眼力や目で伝わる笑顔が必要とされます。今日からマスクをして鏡の前で自分の顔と毎朝笑顔を交わしたいと思います。

 そして、二日間を通して、卒論のテーマぎめ、「はじめに」の部分を作成しました。最初は居残りになるのではないかと不安でしたが(笑)、みんなと高め合いながら土台を作ることができました。これからたくさんの本を読んでたくさんの考え方に触れ、追求していきたいと思います。

 二日間を通して、本当にたくさんのことを学びました。大変さもありましたがそれ以上に学びが大きかったです。このような経験ができたのはご指導いただいた先生方、先輩方、高めあった6期生の仲間がいたからです。本当に感謝しています。ありがとうございました。6期生ならではの楽しさ、高め合いをこれからも大切にしたいです。

 最後に、こども未来館で玉置先生も一緒に笑顔いっぱいトランポリンをしたこと、忘れられない思い出になりました!(金子)

2021年1月2日仕事日記

 終日ほぼ原稿書き。ときどき集中力が切れて、Amazonprimeで昔のTVドラマを見ると、つい長時間(泣)。再び原稿書きに向かう。

 ネタ探し最中に小金井市のGIGAスクール構想説明会の動画に出会う。見始めたら止まらず。とうとう2時間。その中で教育長が1時間余も市民に語るGIGAスクール構想。質問に真摯に応えているのがいいが、やはりこういうときに出てくる質問は批判的なもの多し、という感じ。

 研究室HP記事は下野さんの朝日新聞「天声人語」から。読後にここまで自分の考えを書けるのが素晴らしい。
 
 この仕事日記へのアクセス数が150万を突破。2003年1月4日から開始した仕事日記は6575日目。1日平均アクセス数は228。いつもご訪問ありがとうございます。

2021年1月1日仕事日記

 新年おめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。

 新年最初にアレクサに依頼した音楽は渡辺貞夫さんの曲。時折、小雪がちらつく程度で穏やかな元日がありがたい。友人から雪で車が埋まっている写真が届き大変さを想像。
 
 元日も新刊本の原稿書きでかなりの時間を使う。年始からこうして原稿書きができることを喜びたい。

 年賀状をたくさんいただく。メッセンジャーやショートメールやslackでも新年の挨拶が届く。近況を知らせていただく一文が嬉しい。多様なメディアによるつながり方がごく日常になりつつある。

 弟家族が帰郷。しゃぶ亭ふふふで一人しゃぶしゃぶで食事会。弟も定年退職年齢になるとのこと。お互い歳を重ねたものだが、スキーが趣味の弟は昨日はゲレンデにいたという。年齢以上に若い(笑)。

 研究室HP記事は僕の2本。新年の挨拶記事と仕事日記に書いたふりかえり紹介記事

「なぜ」の飛び交う授業から生まれる「議論のルール」(下野)

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 こんにちは。7期生の下野です。

 私の朝は、大好きな珈琲を飲みながら新聞を読むことから始まります。3ヶ月前に始めた教育問題に関する新聞記事のスクラップや、天声人語(我が家は朝日新聞を取っています)の書き写しノートも段々と冊数が増え、厚みも増しているのを見ると達成感が溢れ、読み返し復習しながら、これからも続けていきたいと思っています。

 さて、毎朝新聞を読んでいるとまず目にするのは1面の天声人語です。1面は広げずに読むことができるため、サッと家を出なければならない時は、天声人語だけ読んでから家出るなんてこともあります(笑)

 そんな読みやすい箇所にある天声人語で、今回は私が「主体的で対話的な深い学び」の本質に気付かされた記事を紹介したいと思います。

 2020年10月1日の天声人語です。
 論理力に重きを置くフィンランドの教育で、求められるのはごく真っ当なことだ。元外交官の北川達夫さんが書いた『図解フィンランド・メソッド入門』によると、小学校では「なぜ」が連発され、意見には理由をつけることが徹底されている。子どもたちが決めた「議論のルール」も紹介されており「他人の発言をさえぎらない」「議論が台無しなるようなことを言わない」などが並ぶ。

 2018年のPISA調査において、フィンランドは「読解力」7位(日本15位)、「科学的リテラシー」6位(日本5位)といった結果が出ています。「論理的思考」を重んじた教育は、「読解力」は勿論のこと、科学的な探求心を測る「科学的リテラシー」にも繋がっていることが分かります。「なぜ」の及ぼす力は強いのです。子ども達の持つ「なぜ」が「論理的思考」を築き、「読解力」や「科学的リテラシー」を育むのでしょう。そして、「論理的思考」「科学リテラシー」は「主体的な学び」を構成する主な要素です。

 また、「なぜ」が生じる場所には、必ず「議論」が生じます。無論、教師は「議論」が生じる学級経営をしなければなりません。では、「議論」が互いの学びを深め且つ円滑に進むためにはどうしたら良いのでしょうか。

 上記の天声人語では、子どもたちが決めた「議論のルール」について記されています。ここで、重要なことは子どもたちが決めたことです。たしかに、この天声人語を元に「議論のルール」を教師が設定すれば子どもたちはスムーズに議論ができるかもしれません。しかし、それでは「議論」の意味がありません。真っ新の何もルールのない状態において「議論」をしていく中で、「こうした方がまとまりやすいかな?」「人の言葉をしっかり聞いた方がいいな」といった気持ちが生まれ、「議論のルール」を決めるための多くの「議論」が子ども達の学びへと繋がると私は考えます。

 「主体的で対話的な深い学び」が求められる時代です。「主体的な深い学び」は、「なぜ」から生まれ、「対話的な深い学び」は、多くの「議論」から深まるでしょう。これが学びの本質だと私は考えます。

 教師になった時、子ども達の小さな「なぜ」に耳を傾け、「なぜ」が飛び交う授業を、そして、多くの議論から「議論のルール」を子ども達自身で決めていくことのできる学級を目指したいと思います。(下野)

2020年ふりかえり

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 2020年のふりかえりを「三楽の仕事日記」に書きました。

 コロナ禍で大変な1年でしたが、1年間無事過ぎたのも、皆様とつながり様々な点で支えていただけたおかげであると感謝しています。

 ふりかえりは長文ですが、よろしければここをクリックしてお読み下さい。

2021年あけましておめでとうございます

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 2021年となりました。

 あけましておめでとうございます。コロナ禍で迎えた新年です。

 今年も新型コロナウイルス感染は続きそうですが、その中であっても十分注意の上、学びを止めず、玉置ゼミ生一同で、ゼミでの学び、(オンライン)セミナーや学校訪問での学びなどを中心に発信します。

 稚拙な内容もあるとは思いますが、「書くことによって学ぶ」というゼミ方針のもと、わずかな成長でも目指して発信し続けたいと思います。

 おかげさまで、4月には玉置ゼミHP開設7年目に入ります。今年もどうぞよろしくお願いします。(玉置)

12月16日5期生ゼミでの学び(大久保)

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 こんにちは!5期生の大久保です!今回はゼミを通して学んだことを書き記していこうと思います。

 今回最後の模擬授業でした。最後は苦手な算数の授業をしようと前々から決めていたので、3年生の余りのある割り算を選びました。その授業を通して学ぶことは多くあったのですが、今回はその中でも特に大切だと感じた1つに絞って書いていきます。

 今回学んだことは、飾ったことをしないということです。

 折角の授業なのだからという思いで、私はヒントカードを作っていきました。余りを考えられない児童がカードを元に考えられるようになったら、全員が授業に参加できるだろうと考えていました。

 もっと言うと、このカードについて後で褒めてもらえるだろうと邪な考えまで抱いていました(笑)

 しかし、授業後玉置先生から、
「飾ったことはしなくていい。研究授業などで気合いを入れる先生がいるが、普段と違うことをしても児童に見透かされる」
というお言葉をいただきました。この言葉がとても胸に刺さりました。

 その言葉を聞いて、私はある著書の中で目にした「味噌汁・ご飯の授業」という言葉が心に浮かんできました。毎日味噌汁やご飯は食べるが、飽きはこない。それに手軽で、栄養もある。それと同様に授業において、特別なことをするのではなく、毎日毎日行う日常の授業をより良くしていこうというものです。多忙な職業なので、事務処理等に追われ、授業が二の次になってしまうということは少なくないはずです。すると授業がぞんざいに扱われてしまいます。しかし、研究授業になると、たくさんの教材研究を重ね、準備物掲示物に気合いを入れ、授業に臨むということはきっと多くあるはずです。

 そうではなく、教師の根幹は授業にあるので、どれだけ多忙な中でも日常の授業で児童の学力を保障するよう「味噌汁・ご飯の授業」を目指していきたいと強く思いました。

 今回の模擬授業を通して、飾ったこと、特別なことをするのではなく、普段の授業を充実させ、児童の学力向上を狙っていく大切さを学ぶことが出来ました。私は教師になった際、研究授業等で気合いを入れ過ぎてしまいそうなので、この「味噌汁・ご飯の授業」をしっかり心に留めておきたいです。

 3回の模擬授業をして数えきれない程多くのことを学ぶことができました。本を読んだり、講演を聞いたりすることも勿論大切ですが、実際に授業を通して学ぶことの大切さ、その価値を身に染みて感じることができました。あと数回のゼミで終わってしまいます。そう考えると大変寂しいですが、残りのゼミでも多くのことを学んで、自分の力にしていこうと思います。

 玉置先生、5期生の皆さん本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。(大久保)

12月16日授業ゼミからの学び(木下)

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 こんにちは。5期生の木下です。今回は12月16日に行ったゼミでの授業について書きます。

 私は今回の授業で最後の授業だったので、正直何の教科の授業にするかとっても迷いました。小学校実習で行った算数の研究授業にもう一度挑戦しようかと考えましたが、中々進まず…そんな時に道徳の教科書をパラパラと見ていると「あれ?この内容どこかで見たことあるなあ」と感じる教材がありました。

 「すれちがい」という教材で、2人の女の子が考え方のズレから喧嘩に発展してしまうという内容です。どこでこの内容を見たかというと、「ちびまる子ちゃん」の漫画でした。私は小学生の頃ちびまる子ちゃんが好きで、お手伝いをしてもらったお小遣いを、ブックオフに売っているちびまる子ちゃんの漫画に費やしていたほどです。道徳の教科書に載っている教材とほぼ同じ内容であったので、今回はちびまる子ちゃんの「たまちゃん、大好き」という回を教材にして授業を行いました。小学生時代に熱中して読んでいた漫画が、このような形で役立つなんて思ってもいませんでした。

 授業が終わり、良かった点と反省点どちらも出てきました。その中で、もしもう一度同じ授業をするならば一番取り入れたいことは、「自分の立場を数直線上に表して、立場がみんなの意見によって変わったら簡単に立たせる」ということです。数直線に自分の立場を表すことで、立場がはっきりと表現できずどちらの気持ちもわかるという子どもや、どちらかといえばこっちの立場という子どもが考えやすくなると感じました。

 また、自分の変化を簡単に立つことで、私が卒業論文のテーマで扱った全員参加の授業につながるなと感じました。

 今回で計3回の授業が終わりました。なかなか学生のうちにこんなにも多くの授業をすることはないと思います。そして、こんなにも多くの方から的確なアドバイスをいただけることもありません。4月から子どもを前に授業をすることは不安です。しかしゼミからの学びは私の最大の強みです。全ての回で多くの学びがあり、その学びは玉置先生やゼミの仲間からの助言のおかげであります。本当にありがとうございました。(木下)

12月16日の授業発表での学び(矢崎)

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 こんにちは。今回は、第3回目のゼミ授業発表での学びを書かせていただきます。

 私は、小学校実習で授業させていただいた、「ごんぎつね」の最終場面を授業させていただきました。「ごんぎつね」の最終場面はごんが兵十に火縄銃で打たれてしまうという場面です。また、兵十のごんへの気持ちが最終場面で180度変わる場面でもあります。この兵十の気持ちの変化を子どもたちが気付ける授業を作りたいと考えました。

 授業準備をするにあたって特に大事にしたかったことは、「第1場面から第5場面までの兵十のごんへの気持ちは変化していない」ということ、「最終場面の兵十の行動から読み取ることが出来る、兵十の気持ちの変化」です。

 この2点をどうしたら子どもたちに気づいてもらえるだろうかと、とても悩みました。
私は、悩んだ末に、授業の最初に第1場面から第5場面の兵十とごんの行動と気持ちの変化を振り返らせることで、最終場面に兵十の気持ちが変化することに気づきやすいようにしようとしました。

 しかし、この第1場面から第5場面の振り返りの時間が長く、その振り返りをその後の展開に活かすことができませんでした。

 兵十の気持ちの変化に気を取られすぎて、兵十の行動や言動の言葉から読み取るという国語の土台といえる部分をおろそかにしてしまいました。ゼミ生からも「時間をかける部分を考えたほうがもっと良くなる」というアドバイスをもらいました。国語の土台である「言葉」に自分自身がもっと敏感にならなくてはと気付かされた授業発表でした。

 今回が、大学生最後の授業発表となりました。自分にとって悔しい結果の授業発表になってしまいましたが、今回この授業をしたことで、自分の甘かった点に気づくことができました。

 そこで思うことは、やっぱり、授業を大学生のうちに何回か経験することって、ほんとに重要だということです。2年生の時に玉置ゼミを受けようと決心した自分を思いっきりヨシヨシしてあげたいです。

 そして、玉置先生にこの場をお借りして、お礼を申し上げます。玉置先生のゼミに入れていただいたから、教員という職業への情熱を4年間絶やさず、過ごすことができました。もっと、教員という職業をもっと知りたいと希望を持つことができました。本当にありがとうございました。これからも、この玉置ゼミ5期生という名に恥じぬように精進いたします。(矢崎)

12月9日 5期生ゼミ模擬授業での学び(中西)

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 こんにちは。5期生の中西です。12月9日の模擬授業での学びを書かせていただきます。

 今回は小学3年生の分数の足し算で授業を行いました。前時までに学習した分母や分子といった用語の確認や、3分の2は3分の1が2こあつまった数などの復習の時間をつくりました。しかし、この復習に時間をかけ過ぎてしまったことや、基礎的な用語の確認に1人しか指名しなかったことが反省点です。基礎的な用語はリズミカルにたくさんの子どもに聞くことが有効的だと感じました。
 
 授業全体の中での反省点は、子どもが発言したときの教師の褒め言葉が少なかったことです。復習に時間をかけ過ぎたことの焦りもあり、褒め言葉や価値づけの言葉を意識することができませんでした。分からないなかでも必死に考える姿や発言する姿に先生が褒めてくれたら、学ぶ意欲が高まります。逆に先生が何も言ってくれないと、発言したくない気持ちや発言することが怖いという思いにつながってしまう可能性があります。次回の模擬授業では褒め言葉の意識をもって臨みたいと思います。

 今回の模擬授業では、まだまだ満足した授業とはいきませんでした。教材研究やこれまでの模擬授業で見えてきた課題を意識しながら、次の模擬授業へつなげていきたいです。(中西)

12月9日五期生ゼミでの学び(古川)

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 こんにちは、5期生の古川です。今回は、12月9日のゼミで行った道徳の「道案内」の授業の振り返りを書いていこうと思います。

 今回、授業をやる中で私自身の課題と感じたことがありました。それは、「待つこと」です。

 自分の投げかけに対し、子ども達が悩んでいる姿を見ると、どうしても焦る気持ちが出てしまいます。しかし、そんなときこそ、どっしり構え考えを深めるチャンスと捉えたいです。

 教員が子どもが悩んでいるとき、ころころと言葉を変えてしまっては、余計に混乱を招くことにもなります。その一瞬一瞬のこころの揺れをしっかりと受け入れ、そして、そこから掘り下げるということを大切にしたいと考えさせられました。

 問いの提示の仕方も同じです。子ども達の気づきや反応を待たなければなりません。しかし、それを、私は今回プリントに書いてしまっていました。本来なら、そこまでの子ども達の考えから出てきたものであり、流れがあるものです。授業をしながら、一緒にこの後の展開をつくっていく、子ども達が「こうしたい」「なんでこうなるんだろう?」自然とそう思うことができるような提示が理想だと思います。

 「待つ」というのは、文字で表すのは簡単です。ですが、行動に移すのは、そう簡単ではありません。残念ながら、私は今回がゼミでの模擬授業の最後の機会でした。しかし、模擬授業をする機会はなくとも、様々な文献や先生方の授業から学ぶことはいくらでもできます。今できる最大限も方法で残りの大学生活を過ごしていきたいと思います。(古川)

12月9日ゼミ最後の模擬授業(生田)

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 こんにちは!五期生の生田朋也です。今回は12/9でのゼミでの学びを書いていこうと思います。

 今回も引き続き社会の歴史分野の授業をやらせていただきました。私は教科の中で歴史が1番苦手です。敢えて今回は1番苦手な教科に挑んでみました。
1番苦手な教科ですので教えるのにもちろん自信がありません。そこで自分が意識したのは前回の反省も活かして、シンプルに4つ
1.教えるのではなく学びたいという意欲を持たせる
2.色々な活動を取り入れる
3.教具で興味を引く
4.学ばせたいことは一つか二つに絞る
です。社会科は前回は教科書よんで児童に質問して、先生が教えるというとてもつまらないものでした。さらに玉置先生の仰られた通りミステリーツアーでした。途中で自分が何をしたいのか自分がわからなくなっていました。なので今回はこの4つを意識しました。

 内容は長篠の合戦です。長篠の合戦の絵を半分に切り、武田軍の絵を先に配り、織田軍の絵を後から配りました。従来の戦い方の武田軍と新しい戦い方、戦法で勝利した織田軍の違いに気づけるようにするためのねらいです。

 反省としてはどうしても社会は予想外の意見や自分の知らないことまで知っている子どもがいます。そう言った時にどうしても動揺してしまいます。しっかり準備した時ほどそうなってしまいます。

 そういった時に動揺せず、しっかりと褒めてあげれる教師になりたいです。同じゼミ生には「欲しい答えを子どもに求めてしまっているのが伝わってしまっている」と指摘されました。

 そしてもう一つ、黒板の字です。ほとんどのゼミ生に指摘されました。なかなか字を上手く書くことができません。さらに書き順もです。これからの教師人生で一番苦しめられる課題かもしれません。姉が幼稚園の先生ですが、書道の方で師範の資格を持っているので姉に少しずつ教わろうかなと思います。

 ついに3回目ということで最後の模擬授業でした。沢山苦しみ、最後まで思うようにはいきませんでしたが、なんだかんだで楽しんで授業準備している自分がいました。

 誰一人同じ児童はいないのと同じように授業も全く同じ授業などないと私は考えています。だからこそ難しく、楽しく、そしてこれから先ずっと学び続けるものなんだなぁと強く感じました。ゼミ生のみなさん、玉置先生、ご指導ありがとうございました。(生田)

12月24日一宮市立今伊勢小学校で講演

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 7時30分ごろ家を出て、一宮市立今伊勢小学校へ向かう。今年最後の講演。渋滞があちこちであって、当初のナビ表示の2倍の時間(1時間弱)かかって学校到着。

 さっそく講演準備。コロナ禍でソーシャルディスタンスを保つため、会場は体育館。動画音声も確認して開始時刻まで校長室で四方山話。7期生・今井さん、下野さんも到着。

 9時から途中10分間の休憩を入れて11時までの講演。演題は「主体的・対話的で深い学びを実現するために」。これまで何カ所かで話してきた講演の集大成のつもり。ストーブが入っているとはいえ、冷え込んでいる体育館にも関わらず、皆さん熱心に聞いていただけた。日常授業においての具体的な手立てを織り込みながら、テーマにしっかり迫ったつもり。話し手としては今年の締めくくりができたと満足。

 いつものように拙著PR。二人のかわいいゼミ生が販売してくれたおかげもあってか(笑)、なんと持参した書籍完売。皆さんが僕を受け入れていただいた証(笑)と勝手に解釈して気分上昇。

 講演後はいつものとおり、ゼミ生とふりかえり。7期生とは初のふりかえり。学校近くのラーメン屋で。対面だからこそ聞ける話があって貴重な時間。

12月2日5期生ゼミでの学び(二宮)

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 こんにちは、5期生の二宮です。今日は12月2日のゼミで行った「手品師」の模擬授業を通して学んだ事を二つ書いていきたいと思います。

 一つ目は活動の指示です。今回は自分の気持ちを数直線に表すことで自分自身の決断の重みを考える授業を行おうとしましたが、子どもの活動にばらつきができてしまいました。考えられる原因として活動で使うプリントに不備があった事もありますが、それ以上に言葉がけが良くなかったように感じました。「指示は短く、わかりやすく」ということを改めて大切にしたいと思います。

 二つ目は発問のニュアンスです。前回の模擬授業と同様に本時の子どものゴールはイメージできていても、価値に迫る発問は難しく感じました。自分の決断が「誠実であるか」という問いを投げかけました。それは「もちろん誠実だ」と反論したくなるような気持ちをつくり、そこから理由を考える流れを想定していましたが、子どもの選んだ行動までをも否定してしまうのではないかということをアドバイスしてもらいました。ですので、「誰に対して、どんなところが」のような言葉を補うことで子どもの行動がベースになり、否定されず、考えやすいと思いました。

 今回の模擬授業は、自分が小学校教育実習で行ったかつ、自分の卒業論文の一部として作成したものを行いました。教育実習の失敗を糧に、子どもが授業の中で新しい視点を発見したり、「対話」したりする授業を創りたかったのですが、あまりうまくいきませんでした。今回の模擬授業では前回以上に授業構成や発問に悩み、自分の中で納得できないものが多く生まれました。発問については書籍でさらに勉強を重ね、経験を積んでいきます。反省ばかり書きましたが、ゼミ生のみんなのアドバイスから、自分の発想は決して悪くはないという自信を少しつける事ができました。この自信は大切に最後の模擬授業も突き詰めていきたいと思います。今回もありがとうございました。 (二宮)

12月2日5期生ゼミでの学び(酒井)

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 早く雪が降ってくれないかなあと思っている5期生の酒井です。

 今回は12月2日の5期生ゼミでの学びを書かせていただきます。この日は読み物ではない道徳をしたいと試みた回で自分の中でも反省点が多くありました。題材は私が小学生の頃に出会って、道徳が好きだと思ったことを今でもよく覚えているものを扱わせていただきました。特に感じた反省点を2点あげさせていただきます。

 1つ目は、導入、内容、まとめの一貫性です。まず意見を自由に発言してほしいという思いから導入で言葉する大切さを伝えました。ですが、内容では言葉や行動をしてもしなくてもよい、まとめでは人と関わる時は相手を思いやることが第一だと伝えました。このはじめの導入にひっぱられて、行動を起こさないことへのマイナスなイメージを与えてしまいました。教師の与える影響力をわきまえて、のびのびと自由に考えられる雰囲気づくりを心がける必要性を改めて感じました。

 2つ目は、板書やプリントなどを児童目線で構想することです。今回の板書で行動を起こす方を赤、起こさない方を青で囲みました。この色遣いだと起こさない方にマイナスのイメージを与えてしまうという意見をいただきその通りだと思いました。さらに、プリントも発問には合わないイラストを添えてしまい、混乱を招いてしまいました。児童の言葉は授業でエンジンになると思いますが、視覚的な情報も大切な要素だと考えらるので、学びの主体である児童の立場に立って準備をしなくてはならないことを再認識しました。

 自分が模擬授業をさせていただけるのも残り一回となりました。ゼミでの学びは私にとって宝物なので大切に過ごしたいです。玉置先生と仲間に心から感謝します!そして好き!!(酒井)

12月22日額田中学校 永井利昌先生からの学びオンライン(宮野、古川)

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 こんにちは。5期生の宮野です。今回は、額田中学校の永井利昌先生から、学び合いにおいて大切にされていることを伺いました。その中で特に印象に残ったことが3つあります。

 1つ目に、学び合いにおいて教師に大切な要素です。額田中学校では、この要素をCRSと呼び、大切にしておられると伺いました。Catchは、つかみー生徒の考えを把握する、Rは、レスポンスー子供のつまずきを予想した上での教師の声かけ、Sは、ストリングー子供同士をつなぐ、です。ついつい、授業では教師の発言が多くなってしまうように思いますが、この要素を意識して、子供たちだけで進める学び合いを私も実現してみたいなと思いました。

 2つ目に、教える・教えられるという立場を固定化させない工夫です。学び合いを行う上で、なかなか学習が苦手な子にとって、教えられるという立場が固定化されてしまうのではないかと考えていました。しかし、永井先生は、そのような子供たちの面白い発言や鋭い考えを拾い、褒めたり認めたりすることによって、改善できると仰っていました。学び合う中で、子供のふとした発言や素晴らしい姿を見過ごすことなく、フォローできる教師になりたいと思いました。
 
 3つ目に、学びから逃げる子を止めることができるのは友達ということです。この言葉から、子供にとっての、学び合いの可能性と価値を感じました。額田中学校では、学び合いを取り入れてから、授業中誰一人、寝る子供はいなくなったとのことでした。私自身、中学校実習で何人かの子供が寝てしまう授業をしてしまい、とても耳が痛かったです。この話を伺い、教師が働きかける以上に、仲間の存在が子供にとって一番大きいのだと感じました。学び合いは、単に学習内容を学び合うだけでなく、クラスの仲間の存在や、良さを認めることに繋がるのだと大きな価値を感じました。
 
 今回、学び合いにおいて大切なポイントを伺い、ますます学び合いの授業を行ってみたいと思いました。4月から教師として教壇に立つことに、不安な気持ちもありますが、永井先生のお話を伺い、楽しみな気持ちが湧いてきました。お忙しいところ、貴重なお話をしてくださった永井先生、このような機会をを設けてくださった玉置先生、そして共に学んだ古川さんありがとうございました!(宮野)

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 こんにちは、5期生の古川です。先日、学び合いに力を入れている額田中学校の永井先生からお話を聞かせていただきました。今回はそこでの学びについて書いていこうと思います。

 お話を聞く中で、私の中で特に印象に残った言葉がありました。それは、「学びから逃げる子を引き止めるのは、友達」という言葉です。もちろん教師の声掛けも大切です。しかし、それ以上に一緒に学ぶ仲間からの言動は心に響き、効果があるのだと考えさせられました。そして教員にできるのは、そのような子ども達の関係のきっかけづくりだと考えました。

 子どもには、一人ひとり、その教科の得意、不得意はあります。ですが、どんな子どもでも面白いことや輝く場面があるはずです。そこを見逃さず、しっかりと褒めて認めていくこと、それが固定化された人間関係を変えるチャンスになります。そのようにして、認め合い、つながり合えるチャンスをつくっていくことの重要さを学びました。

 ですが、ただ話し合う活動を取り入れただけでは学び合いにならなかったり、話が広がり過ぎて、授業の収拾がつかなくなります。子ども達主体で学び合いが進められるようにするためには、活動の明確化が必要です。交流が進みやすくするように視点を絞り、投げかける言葉を吟味することが重要になります。ただ子ども達に課題を投げかけるのではなく、子ども達の活動の風景を想定し、手立てを立てること、軌道修正の仕方を考えておくことが必要だと学ばせて頂きました。

 学び合いは、学びに向かう力を高める効果もあります。しかし、それだけではなく人間関係に変化も与え、人とつながる力もつけさせることができます。それは、社会に出てからどこの場でも役に立つ力となります。

 正直、来年度から教壇に立ったとき、学び合いを取り入れられるか自信はありません。しかし、学び合いが子ども達にとって、役に立つ力となるのは間違いないと思います。少しでも取り入れることができるように、今回聞いたお話を振り返って、自分の力となるようにしたいです。

 今回、お話をして下さった永井先生をはじめ、機会を設けてくださった玉置先生、一緒に参加して下さった宮野さん、ありがとうございました。(古川)

「フツウ」と「ちゃんと」(下野)

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 こんにちは。7期生の下野です。先日、初めて玉置研究室の書棚から本をお借りしました。私が玉置ゼミの一員となり、初めて読む研究室書棚の本は、ゼミ生必読書である『学校へ行けない僕と9人の先生』でした。自己紹介後の初めての記事にて、玉置ゼミの核心となる書籍から考えたこと、そして、感じたことを綴ろうと思います。

 「カンペキな人間になるまで 外の世界には出たくない」(p.183)。この一節に深い意味と共感を覚え、私は涙してしまいました。

 私は、学校に行けなくなった経験が何度かあります。耳が聞こえず、目まいをも伴うメニエール病になったことや、心のバランスが崩れてしまったこともあります。どんな状況下においても、学校に行かないと、なんだか世界から置いて行かれた気持ちになるんです。苦しくて辛くて、自分だけが何もできていないことに足がすくんで、どんどん落ちてしまう。そんな日々の繰り返しです。

 主人公である棚橋くんが「フツウの子供になるんだ!!」(p.189)と必死に勉強を頑張ったり、「ちゃんと勉強できないと中学生になれない!!」(p.187)と思ったように、「フツウ」と「ちゃんと」の呪縛は学校に行けなくなると自分に纏わり付くものです。「カンペキ」=「フツウ・ちゃんと」という公式を自分で作ってしまいます。

 しかし、そもそも「カンペキ」も「フツウ」も「ちゃんと」も誰の基準でもありません。「カンペキ」な人はいませんし、全てが全て「フツウ」で「ちゃんと」している人もいません。これに気付けていないから、ゴールのない「カンペキ」を目指して、外の世界から遠ざかってしまうのです。

 では、「フツウ」や「ちゃんと」とは何なのでしょう。先程、呪縛と表しましたが正に呪縛だと私は考えています。『学校へ行けない僕と9人の先生』では、題名の通り9人の先生が登場します。先生達は、9人それぞれに「フツウ」と「ちゃんと」を備えています。教師の持つ「フツウ」と「ちゃんと」は時に子どもの心の救いとなり、或いは武器ともなり得る。教師を目指す上で、私はどういった「フツウ」と「ちゃんと」を持っていたいか改めてこの書籍で考えさせられました。

 「カンペキ」を目指すための「フツウ」と「ちゃんと」の呪縛に囚われてしまう子どもは多く居るでしょう。それが、「学校に行かないという選択」として現れている場合や心に秘めている場合もあります。私は、「学校に行けない」を「学校に行かない選択」として捉えています。それもいいのだから。「学校に行けない」だとあたかも「学校に行く」ことが「フツウ」に思えてしまいますよね。この様に言葉一つで心がスッと軽くなるかもしれません。そして、こう言った言葉がけを耳にした苦しさを心に秘めた子どももまた呪縛から少しだけ解放されるかもしれません。

 「フツウ」や「ちゃんと」、そして目指す「カンペキ」は人それぞれです。色んな人が色んな子が一人一人頑張っています。強いて言うのであれば、それが「フツウ」であるんだと。だから、どんな子も「フツウ」であり、「ちゃんと」していると私は考えます。
ややこしいですが、それぞれに頑張り悩み考え、生きているのであれば、それは「フツウ」であり「ちゃんと」しているのです。

 今後、教壇に立つにあたり沢山の子ども達と出会うでしょう。もし、「カンペキ」を目指すための「フツウ」や「ちゃんと」の呪縛に囚われている子がいたのなら、私の持つ「フツウ」と「ちゃんと」を心に語りかけ、少しでもその呪縛から解放され、自分を認めてあげられる子になって欲しいです。そして、そのきっかけを、第一歩を示してあげられる教師になりたいと思います。(下野)
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