【お勧め】安田和夫先生が書かれた「『半分、青い』…知ってほしい一側性難聴」

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片方の耳が聞こえない「一側性難聴」

 今年4月に始まったNHK朝のドラマ「半分、青い。」のヒロインの楡野鈴愛(にれのすずめ)は、小学3年の時、おたふく風邪が原因で左耳の聴力を失います。

 実は、私も小学校3年生の時、自分の左耳が聞こえていないことに気づきました。私の場合は、砂場に落ちていた腕時計の動く音を確かめようとし、偶然、左右の耳で聴き比べてみて、聞こえていない事実を知ったので、何が原因だったのか、いつ失聴していたのかもわかりません。1年半ほど、耳鼻科医で注射による治療が続きましたが、聴力は回復することなく、現在に至っています。

 さて、鈴愛の両親は、医師から、鈴愛の「片方の耳が聞こえていない」という事実とともに、「音の遠近感覚や方向は分からなくなります。」と告げられます。私の場合も、まったくそのとおりです。「安田さん」と呼ばれていても、どこから呼ばれているのか、遠くなのか近くなのかもわからないので、周囲を何度もきょろきょろして、声が発せられる場所を探り当てます。左右の目が見えることで、遠近感が分かるように、左右の耳が聞こえることで、音の出ている方向や距離感がわかるのです。

外見ではわからない「一側性難聴」
 「一側性難聴」は、片耳は聞こえるため、補聴器をつけていることも少なく、外見では分かりません。また、抱える不自由さが理解されにくいことがあります。

 大学の特別支援教育の授業で、学生に「実は、私には障がいがありますが、どんな障がいなのか、わかりますか。」と聞くことがあります。外見からは、まったくわからないので、「眼鏡をかけておられるので視覚障がいがあると思います。」とか、「教室を活発に動かれるので、多動症ではないかと思います。」と、逞しく想像力を働かせて答えてくれますが、いずれも、見えていることをヒントに答えを導き出そうとしているにすぎません。
「実は、一側性難聴といって、私の片方の耳、左の耳はほとんど聞こえていません。」と告げると、多くの学生は驚きます。普通に、学生とやりとりしながら講義を進めているのでびっくりしたようです。目に見えないということは、言われなければ気が付かない可能性が高いということです。

 その後、「一側性難聴で困ることは何だと思いますか」と聞きます。多くの学生は、「聞こえにくい方から話をされると、聞こえにくく困ると思う。」と答えてくれます。その後、「実は、左右両方の耳が聞こえないと、音の方向が分かりにくくて困ることがあるよ。」と話すと、さらに、びっくりします。当事者だからこそわかること、その重みを感じてくれたと思っています。

 その他にも、私の場合、道を歩いていて、左後方から進んできた車や自転車の存在を、傍にくるまで気が付かなくて転びかけたことや、ざわざわした場面や複数の発言者がいるようなグループ討議や懇親会などで、とても聞こえづらいことは度々あります。
聞こえにくいと感じた時、鈴愛のように「つけ耳」を使うことはありませんでしたが、右手を耳元に広げ、右耳に音が集まりやすいようにすることはよくありますし、話し手の口元を見つめ、読唇(唇の動きからどう発音しているのか読み取ること)することもあります。

 そんな時、聞こえにくいことの不便さよりも、相手の反応はどうなのか気になってしまいます。時々、あわてて、口元を隠されることがあります。「また、やっちゃった!」と後悔する時です。「口元を見すぎて、相手にいやな思いをさせてしまったに違いない。」と思い込むのです。若い時は、自分は嫌われたのかもしれないとさえ、思うこともありました。

 また、「今の話、聞こえなかったんだ。もう一回話して。」とお願いすることができずに聞き漏らしたままにしておいて、大失敗をしてしまう経験は数多く、そのたびに、自己嫌悪に苛まれることもありました。

 鈴愛や私のような一側性難聴(一側聾)は、「片方の耳が高度の難聴である場合を言い、1000人に1〜2人と、比較的高い頻度で発見されます。学童期まで気づかれずに、健診ではじめて見つかることが少なくないので、学校保健上問題となります。原因は先天性遺伝性聾〈せんてんせいいでんせいろう〉かムンプス(おたふくかぜ)聾のどちらかの可能性が高いのですが、実際にはどちらかわからないこともあります。」(日本耳鼻咽喉科学会)とのことです。脚本を書いておられる岐阜県出身の北川悦吏子さんも数年前に左耳が聞こえなくなったそうです。今回の朝ドラ「半分、青い。」は、こうした一側性難聴の理解や、当事者の苦しみや困難さの理解への一助になってくれればと思っています。

聴覚障がいのある学生の入学
 そんな中、この4月、私の勤務する大学に、「将来、特別支援学校の先生になりたい」と入学してきた聴覚に障がいのある学生がいます。

 彼女は、両耳の感音性難聴で、高等学校段階まで、聾学校で学んできましたので、入学以前から、環境の大きな変化に不安や戸惑いを感じていました。しかし、入学式の手話通訳、音声文字変換アプリの活用、学生サポーターの配置などを進める中、「この大学に来てよかった」と言ってくれています。

 しかし、実は、大きな学びを得て成長させてもらっているのは、むしろ、サポーターの学生や特別支援教育専修の同級生、そして、教職員なのかもしれません。彼女が入学してきてくれたおかげで、聴覚障がいについての理解や、基本的なコミュニケーション時の配慮が、日々の生活の中で深まっていきます。

 毎週金曜日に行われている手話学習会には、私と共に、彼女が講師になって、手話を教えてくれています。毎週、40名近い学生と学生支援室の職員で教室はあふれかえり、活気に満ちています。彼女の存在が、大学を、学生を、教職員を元気にしてくれています。
最後に、ご紹介したい話があります。彼女が、学校ふれあい体験で訪問させていただく羽島市立竹鼻小学校に、事前の打合せにお伺いし、彼女の障がいの特性を説明した上で、配当学級で、聴覚に障がいのある事やそのことで知っておいてほしいことを自己紹介で話させていただきたいと申し出ました。すると、豊島博校長先生は、「この機会に成長させてもらえる児童は本当にありがたい。ぜひ、児童の前でじっくりと話してください。」と、本人に声をかけていただけました。帰った後、本人からのメールには、「校長先生や教務主任の先生、担任の先生にお会いし、温かい声をかけてもらえてうれしかったです。不安が少なくなりました。頑張って参加したいと思います。」との感激した内容が記されていました。共生社会の重要性が叫ばれる中、校長先生の力強い一言から、互いに学び合う、育ちあうことの大切さを改めて気づかせていただきました。感謝の気持ちでいっぱいです。

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