味岡児童館での勉強会(牧野)

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 2月21日に、玉置先生のお宅にお邪魔させていただきました。

 午前中は、七ちゃん(愛犬)と遊んだり、奥様と話をさせていただきました。

 そこでは、自分の理想とする教師像を話す機会があり、なんだか面接のようで緊張しましたが、とても貴重な時間でした。奥様がおっしゃっていた、「自分の子どもを担任してほしいと思えるような教師」という言葉は、心に響きました。

 午後からは、近くの児童館に行き、いろんな方のお話を聞くことができました。

 まずは児童館の館長である杉山さん、設立に携われた森澤さんのお話を聞かせていただきました。その中で一番心に残ったことは、中高生も集え使える児童館であるということです。私は今まで、児童館とは小さな子ども向けの建物であると思っていました。しかし、この児童館には、中高生向けの学習室や音楽室があり、また中高生以上が学校後に訪れることができるよう、夜まで開館しています。

 私は、このように、児童館が中高生にも開けた場所であることで、地域と疎遠になりがちな中高生の、地域の居場所となったのではないかと思いました。

 学校教育でも、地域の方たちと一緒になって、子どもを育てていくことが多くあります。このような児童館が近くにありますと、学校も子どもたちも、保護者の方も、頼もしいのではないか、と思いました。(牧野)

味岡児童館での勉強会(松井)

 2月21日(日)は玉置先生のお宅にもお邪魔させていただいた。玉置先生、奥様、ゼミ生がどんな先生になりたいか話しているのを愛犬七ちゃんも一緒になって聞いていた。

 味岡児童館に到着すると、下駄箱には靴がいっぱい。まだ小さい子どもを連れた親御さんや勉強しに来ている中高生など、たくさんの人が利用している。玉置先生をはじめ、地域の方の声を反映した児童館であることが館内の様子や設備からよく分かった。 

 児童館には玉置先生の奥様が来てくださり、小学校1年生から中学校3年生まで全て担任をされたという経験をもとに様々なお話をしていただいた。小学校1年生に対してどのように指示を出せばいいのか、掲示物の色使いのポイント、教室に置いておくべき物など大学の講義では聞いたことがない貴重なお話ばかりであった。

 「人は環境を作り、環境は人を作る」という言葉が特に印象に残っており、担任として学級の環境を整えることも大切な仕事であることを実感。先輩の先生方の掲示物などを見せていただくなどして、早くオリジナルの掲示物が作れるようになりたいと思った。小学校の教員を目指すにあたり、授業以外にも学ぶことがたくさんあることに気づかせてもらったので、今後はより視野を広くいろいろな情報をキャッチできるようにアンテナを張っていきたいと思う。

 味岡児童館の杉山館長さん、森澤さん、玉置先生の奥様、貴重なお話をありがとうございました。(松井)
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味岡児童館での勉強会(渡部)

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 2月21日のゼミでは、まず、玉置先生のお宅へお邪魔させていただきました。かわいい七ちゃんに会うことができてとっても嬉しかったです。

 その後、味岡児童館で勉強会を行っていただきました。私が知っている児童館とはせめて小学生までが遊びに来る児童館でした。しかし、味岡児童館は二階に学習室や、バンドの練習ができる部屋があったりと高校生まで使える児童館でした。実際に二階に上がってみると、たくさんの中高生が勉強をしていました。

 この味岡児童館は地域の方の声を聞いて建てられたとお聞きしました。二階で学習している中高生がたくさんいて、本当に地域の方の声が反映されているのだと感じました。私の地元にもこんな児童館があったらいいなと思いました。

 児童館の勉強会では玉置先生の奥様のお話もお聞きしました。小学校1年生から中学校3年生までを担任した経験から小学校、中学校のそれぞれのおもしろさ、大変さを教えていただきました。

 特に小学校1年生に対してどう働きかけるかというお話では初めてのことを教える時にはまず一列実際にやらせてみるとよいということを学びました。また、「いくよ、せーの!」と子供たちを一斉に動かしてしまうと競争になってしまうため、順番に一列ずつ子どもを動かすことが必要ということも分かりました。プリントの渡し方や机の運び方など当たり前のようにおこなっていましたが、私も1年生の時に教えてもらったからできるのだということを感じました。

 家に帰ってからゼミの話をしていると、母は私が小学生だった時のことを思い出しながら、「1年生の時の先生は本当にしっかり教えてくれたからよかった」と言っていました。私もいつか「この先生でよかった」と思ってもらえるような先生になりたいと思いました。(渡部)

「学び合い」についての講義とヒアリング(松井)

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 2月21日(日)に味岡児童館で後藤孝文先生から「学び合い」についてのお話を聞いた。

 普通の授業と何が違うのかを確認したあと、後藤先生からはそもそも「学び」とは何かという問いかけが。答えがすぐには思い浮かばない質問である。すると、先生は「學び」という旧字の由来に注目し「大人の手に包まれ、子どもが安心して関わる」ことが「学び」を表すということを私たちに教えてくださった。漢字にはしっかりと意味が込められているのだなと感じた場面であった。

 話の中で「だれも1人にしない」というキーワードが、なぜ今「学び合い」が必要かを的確に表しており、自分の研究に活かすことができる情報も得ることができた。また、グループ学習や発問は「弓矢のタイミング」という言葉も非常に印象に残っている。引きが弱いと矢は飛ばずに落ちてしまう。力強く引いてためた状態から矢を放つようなイメージで、グループ学習に移ったり発問したりすることが大切だと学んだ。

 「学び合いと自己肯定感」についてのヒアリングでは、「学びの共同体」を取り入れてからの子どもの変化を教えていただいた。そして、子どもの自己肯定感を高めるには「活躍の場や活動の機会を増やすべき」という意見をいただけたので、それをどう実現していくのかヒアリングしたことをまとめながら考えていきたい。

 後藤先生は「究極の学び合い」の映像があると仰っていたので、その映像がとても気になった。見せていただける機会があれば、ぜひ参加したいと思う。貴重なお時間をありがとうございました。(松井)

玉置先生宅への訪問(小川)

 日曜日に玉置先生のご自宅へ訪問させていただく機会をいただきました。

 玄関のドアを開けると、元気いっぱいの愛犬のななちゃんがお出迎えてくれました。ななちゃんは芸達者であり、とってもかわいかったです。

 そして、玉置先生の奥様に学級経営の具体的な方法を味岡児童館でご教授くださいました。ありがとうございました。

 その中で私が1番印象に残ったことが、小学一年生の担任は体力が必要であり、学年が上がるごとに軽減していくということです。しかし、今度は中学三年生までに精神力がどんどんと必要となってくると仰いました。

 私は学年ごとに教師に必要とされる力は多様であり、様々な学年を担当することで見えてくるものがあると思いました。そのため、小学校と中学校で教師として働いてみたいと思いました。

 さらに、シール活用例について質問をさせていただきました。具体的な例として給食完食シールの実践がとても効果的であったとお話しくださり、とても参考となりました。帰り際に、さらに細かくシール活用例についてのノートをくださり、とても嬉しかったです。またお邪魔させてください。(小川)
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「学び合う学習」を学ぶ(小川)

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 小牧市にある味岡児童館で、後藤孝文先生による学び合う学習についてお話を聞かせていただきました。

 後藤先生は「学び」とは他者との関わりにより学ぶものであると考え、学びは一人ではできないと言われました。そして、一人ひとりの児童生徒の学びを保障するために、「学び合い」が大切であると説明されました。

 学び合いは子ども主体の授業であり、他者との関わりによって学習を進めていくため、授業の中で「誰も一人にしない」状態を作り上げることができます。実際に学び合いが行われている授業をビデオで見させていただいて、私は子どもが子どもを放っておかない姿にすばらしいと感じました。

 授業の中での教師はグループの学びの際についていけない子や学び合いに入れずにいる子への支援を心がけてやることで、誰も一人にしません。このように子どもたちが考えを聴き合い、擦り合わせて自分の考えを深めることこそ、学び合いの目的です。学び合いこそアクティブラーニングと言えるのではないでしょうか。

 しかし、学び合う学習にも課題があります。授業進度の遅れや、学力になかなか結びつかない等といったものがあります。学力に結びつかないというのは知識理解面の定着が難しいことです。後藤先生は学力調査のように目に見えた形で学力向上の成果を上げることはなかなか見えないと仰っていました。

 私は学び合いが21世紀型の授業の一つであると考えます。学び合いの中で、学習面だけでなく、他者との関わり、生活面に大きく影響を及ぼすことができ、生きる力を育む授業であると感じました。このような授業の工夫をさらに知りたいと強く思いました。(小川)

「愛される学校づくりフォーラム」に参加して

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 愛される学校づくりフォーラムで 学校の先生の学び合う姿を初めて見ました。

 今回、1番心に残っているのが、和田先生の道徳の模擬授業です。

 私は教育実習で小学校中学校とも、道徳の授業がうまくいかずに教室からいなくなりたくなりました。だから、道徳はとても苦手意識があります。

 どのような道徳授業がよいものかもわからず、頭では道徳の大切さはわかるけど、実際は道徳はうわべだけのものなのではという葛藤がありました。それは、自分が納得できる道徳を生で見たことが無かったからだったと思いました。和田先生の授業で、この考えが180度変わったのです。

 道徳が楽しいと思ったし、とっても考えさせられたし、他の人の意見も気になりました。模擬授業で心があれだけ引き込まれたので、現場でやっているのを見たら、泣いていたかもしれないです。そのくらい感激しました。

 他の先生が現場でやられた時の子どもたちの感想で、自分だったらどうするのか、上辺だけの感想ではな、掘り下げ、考えている姿であったり、授業後にも授業でやった内容が生かされていることに道徳の本来の姿、あるべき形を見た気がします。

 そして、司会者であったり、進行役の先生方の進め方のうまさにあの技を盗みたいと真剣に思いました。その人が言われたことを簡単にまとめてながら、じゃあ〇〇さんはと違う人に話を振る流れがスムーズで、何1つ違和感なかったけどその違和感が無さすぎて目に留まったのかもしれないけど、現場でプロと言われた方々だから、出来る技だと信じて、自分もあんな風になれるようにがんばろうと思いました。

 先生方が真剣に討論、議論して、考えている姿、たとえ反対のことでも、どの言葉にも納得してしまうほどの芯がしっかり貫かれている意見ばかり、その言葉が出るのはその人のバックグラウンドがあるからなんだなと感じ、それが見ることができて本当によかったです。ありがとうございました。(準ゼミ生 近田)

「愛される学校づくりフォーラム」に参加して

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 2月6日(土)、東京で行われた「愛される学校づくりフォーラム」に参加させていただきました。

 午前の部では、愛される学校づくり"公開"研究会ということで、4つのテーマについて提案と協議がされました。

 そのなかの一つである、『「授業の見方」をたかめるには』のテーマでは、授業者の先生の立場ではなく、授業の指導者の先生の立場でどう授業をみるのかということが提案・討議されました。

 授業は教師ではなく、子ども一人ひとりをみること、そして子ども表情をしっかり見るために前の方からみることで授業が見えてくることを学びました。

 よく表情発言から意見をつないでいくことが大切と言われます。指導者の先生が子どもの表情を見ることで、どの子どもがどんな表情をしたのかを知ることができます。そして、その子どもの表情に授業者の先生が気づくことができているのか、全体をしっかりみながら授業を展開することができているのかをその後の指導で取り扱っていけばよいのではないかと思いました。

 午後の部では、楽しく、手軽に授業改善をしようということで、2つの模擬授業からICTを利用した効果的な指導方法を学びました。

 神戸先生の模擬授業では、壇上にあがって間近授業を見させていただきました。午前中に学んだ授業の見方が実践してみようとしましたが、先生の話を聞き入ってしまい、子どもの表情をしっかり見ることができませんでした。なかなか難しいと感じました。

 授業はトイレットペーパーの厚さと長さを求めようという内容でした。導入では、トイレットペーパーの製品表示を隠して、何が書かれているのかを考えさせることで、子どもに?を生み出させていました。普段周りのものを見ているようで見ていないことを感じさせていました。ことことは、社会科でも使える方法で、資料の一部を隠して、子どもに考えさせることで、思考力や想像力が身についていくのではないかと思います。

 そして、神戸先生は子どもに考え続けることをさせていました。「同じです」と答えた子どもには「どこが?」と返して、自分の言葉で答えさせ、思考させていました。また、何回分という曖昧な言葉に対して、「何回分ってどういうこと?」と質問していらっしゃいました。

 私の教育実習では、子どもの発言したことを全て受容してしまい、曖昧な言葉を追及することができていませんでした。教師側が分かっていても、全ての子どもが理解しているとは限らない。そう考えたら、誰もが理解するまで、掘り下げて考えさせていかなくてはならないなと感じました。

 壇上において意見する機会をいただけたことはとてもありがたく、よい経験になりました。このようなセミナーに参加させていただけることを感謝し、これからも積極的に参加し、多くなことを学んでいきたいと思います。(末松)

授業で何を見る(愛される学校づくりフォーラムに参加して)

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 2月6日、品川で開催された「愛される学校づくりフォーラム」に参加した。

 テーマ1では、「授業の見方」を高めるためには、教師は何を見たらよいのかについて深めた。

 教育実習では、児童・生徒の表情を見るべきだと、大学でも実習校でも教わった。なぜそれを見るのはなんとなくはわかるが、見たから何を得られるのかは定かではなかった。

 テーマ1で、はっきりとした。子供たちの様子や態度、表情など言葉には現れないようなところで、その授業が本当に子供たちのための授業になっているのか、はたまた授業者の自己満足の授業になってしまっているのかがわかる。だから、まずは子供たちを見るべきだ。納得した。

 しかし、まだまだ現場そのものを知らない自分は、全ての授業において、全ての先生方の授業ひとつひとつが勉強になる。子供たちを見ることの大切さもわかるが、未熟者の自分達はやはり授業者の技を見てしまう。そこから勉強することの方が確実に多いからだ。

 協議の中では、子供を見るのか、教師を見るのかどちらを見るかのような感じになっていたが、どちらかだけを見るのもいいと思えない。教師と子供たちとの間で行われるやりとりに注目すべきだよなと思った。授業は、どちらか一方で成り立つものではないから。

 しかし、そんなこと中々上手くできない。午後の模擬授業では、授業を見る側として壇上に上がったが、全てを見ようとしてメモもわけがわからなくなっていた。さらに、その神戸先生の算数の授業が面白いので、学習者視点に入りそうになってしまった。というより、入っていた。

 だから、色々見ようとすると、逆に見えなくなるので、子供を見るのであったり、教師を見るのであったりと、自分に足りないものにポイントを絞って授業を見ることが大切だなと思った。

 今のところ、自分は教師を見る。(中田昂)

愛される学校づくりフォーラムに参加して

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 先日、「愛される学校づくりフォーラム」に参加させていただきました。

 午前の部では、これからの授業や学校のあり方について勉強することができました。

 午後の部では、神戸先生の小学校算数の授業と和田先生の小学校道徳の授業を拝見しました。

 神戸先生の授業は、子どもが授業に参加しやすい工夫がたくさんありました。子どもの発言を聞くときに子どもの目線までしゃがんで聞いたり、子どものつぶやきをあえて先生が大きな声で言って考える際のヒントを与えたり、こういった先生の配慮で子どもの授業への取り組みも変わってくるのではないかと思いました。他にも子どもが発言したことについて「どういうこと?」という切り返しを、発言した子どもに聞くのではなく、他の子どもに聞いたり、表情発言をとりいれたりして、大変勉強になりました。

 和田先生は、考えたことに対する価値づけだけではなく、学習意欲・態度に対する価値づけもすることで、常に良い雰囲気で授業を行っていたことが印象的です。また、なかなか考えがまとまらなくて手をあげられない子に対して、その場で待つのではなく、他の子が発言していくなかでやっと考えがまとまったところで手をあげた子を見逃さずにすぐに指名している姿をみて、和田先生の子どもを見る力のすごさを改めて感じました。このような和田先生の全員参加型授業の実現は、和田先生の授業や子どもに対する考えが大きいと思います。

 懇親会では、和田先生から貴重なお話を伺うことができました。和田先生は、「授業はパズルのようなもの。高の子(できる子)は1ピースでそのパズルの絵を当てられるが、低の子(できない子)はそれができない。だから高の子がピースを集めて、だいたい何の絵かわかったところで、低の子が手をあげたら指名する。それがその子の自信につながる。」とおっしゃっていました。和田先生と出会える子どもは幸せだなと思いました。わたしもこのような授業をしたいと心の底から思いました。

 最後に、この貴重な経験を糧に、チーム玉置で、全員で良い教員を目指し頑張りたいと思います。本当にありがとうございました。(大澤)

フォーラムでの神戸先生の模擬授業で学んだこと

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 「愛される学校づくりフォーラム」で行われた神戸先生の模擬授業の中で、神戸先生は机間指導のときに生徒の様子を見回っていました。

 そこで神戸先生は3つのことに注目して机間指導をするそうです。まず第一にペア交流であれば2人がきちんと話し合えているかを確認するそうです。これが成り立っていなければ学びは生まれません。第二に表情を見るそうです。困っている顔はいないか探すそうです。神戸先生からは答えを言わずに、他の生徒に考えを求め解決していきます。第三に実際にノートを見るそうです。ここで初めてノートを見てどこでつまずいているのかを確認するそうです。

 私が教育実習で授業をさせていただいたときはそのあとの流れを作るために、流れの良くなる生徒の意見を探し回っていました。そうではなく、まず全体が学び合えているのか環境を整えることが優先すべき事項であることを学びました。また、机間指導中に神戸先生はよく姿勢を低くして待機していました。これは生徒と目が合うと集中力の妨げになってしまうからだそうです。こういった小さなことでも環境を整えるうちの1つであると思います。(小川)

「愛される学校づくりフォーラム」に参加して

 東京で行われた「愛される学校づくりフォーラム」に参加させていただきました。全国から教職に携わる方々が集まりました。その広い会場でなんと舞台の上に立たせていただき、神戸先生が行う模擬授業の検討をさせていただきました。大変名誉あることですし、恐れ多く、着眼点がずれたことを言ってしまわないかとても不安でした。しかし、玉置先生からいただいたこのチャンスを最大限に活かすべきだと切り替えて様々な質問や感想を述べさせていただきました。

 私が投げかけた質問は2つあり、1つ目は授業に電卓を使うことについてです。このフォーラムでもありましたがBYODなどのICTを取り入れた授業を推奨していく中で、なんでも機器に頼ることはいいことなのか疑問です。今回の神戸先生の授業は考え方を大切にし、様々な方法を持ち寄って答えを出すものでした。ですから、計算で時間を取られないために電卓を使うことは有効であると思います。しかし、どんな授業においても計算を省いてしまうことは計算力の低下につながると感じます。小数の計算が苦手な子ほど今回の授業では計算を自らやってみようと取り組む姿が見られるのではないかと考えました。

 2つ目は日常の中から算数・数学的な問題をどのようにして見つけてくるのかを質問させていただきました。神戸先生は日常の中にあるものを見て考えるそうです。そして、それが楽しくなると授業の中でお話しくださいました。私も日常の中に目をやり探してみると、電車の車輪は一回りで線路をどれだけ進むことができるのかと疑問を持ちました。確かに日常のものに目をやることで少しは浮かんできました。なので普段から算数・数学的なものの見方でものを見ていきたいと思いました。(小川)
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「愛される学校づくりフォーラム」に参加

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 先日、東京にて行われた愛される学校作りフォーラムに参加させていただきました。

 全国から先生方が集まる中、役もいただいていたため、楽しみ半分、不安半分でのぞみました。会場は予想を越える大きさ、そしてたくさんのお客さん。入った瞬間、緊張が高まりました。

 前半は、どちらかといえば管理職向けのお話。若手を育てるためのYMLについてや、チーム学校について教えていただきました。このようなお話は普段聞く機会がなく、とても新鮮で、こんな環境が整っていたら学校がもっと働きやすく素敵な場所になるのだろうと思いながら聞かせていただきました。

 後半は、前半勉強させていただいた授業の見方のお話を参考に、お二人の先生の模擬授業を見せていただきました。

 神戸先生は、子どもの表情や手の角度をさえも逃さず、子どもを見る目の鋭さに驚きました。また、導入を工夫して注目を集めたり、指名の仕方をたくさんの子どもが考えたり喋ったりできるよう工夫したりして、全員参加型の授業をされており、是非参考にしたいと思いました。

 和田先生は、神戸先生と同じく子ども一人一人の考えをとても大事にされる点や、タイトルを最初に言わないという技法、挿し絵にまでこだわって考えさせること等、マネしたいと思う点が多々あり、勉強になりました。

 また、和田先生にはセミナー後の懇親会でもお話を聞かせていただいたのですが、授業はジグソーパズルであること、教師の役割は子どもの意見を聞いて交通整理をすることだということを教えていただき、なるほどと思いました。

 今回のフォーラムでは、貴重なお話をたくさん聞かせていただき、素晴らしい先生方とも話させていただいて、多くの学びを得ることができました。こんなに素晴らしいフォーラムに参加させていただけて本当に良かったです。玉置ゼミに入ったことを改めて幸せだなと感じられた一日でした。(杉下)

愛される学校づくりフォーラムに参加して(2)

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 2月6日(土)に開催された愛される学校づくりフォーラム。午後の部は「楽しく、手軽に授業改善しよう」をテーマに2つの模擬授業を見させていただいた。

 1つ目は神戸先生による算数の授業。私たちゼミ生は初任者という設定で、児童役の先生方の横から授業を参観した。

 トイレットペーパーという児童にとって身近な題材。しかし、考えたこともないような視点からの問題に、授業を見ながら私も一緒にどう解くのか考えてしまった。「同じです」という発言には「どこが?」と切り返し発言させる。決して教師が語るのではなく「どういうこと?」と問いかけ、児童に話させていたところが勉強になった。

 また、「首をかしげていたね。どこが疑問に思った?」と児童の反応にしっかりと目を向けており、分からないことを共有して全体で解決するという授業の組み立て方も授業づくりに活かしたいと思った。授業検討ではペアで話をしているときに何を見ているのか、子どもが話しているときの立ち方など、私にはまだ足りない授業の見方を知る。もっと沢山の授業を見て勉強していきたい。

 2つ目は和田先生の道徳の授業。初めの握手が授業の導入につながったときは私もいいねのボタンを押したかった。和田先生の授業を見ていて学んだことは児童へのプラス一言。「自分の言葉で言えたね」「いい表現だね」と児童の発言を価値づける場面が何度もあった。自然にそうできるようには時間がかかるかもしれないが、まずは意識して声をかけていくことが必要だと感じた。

 また、板書の仕方についても学んだ。児童の言葉はなるべくそのまま書いていく。しかし、ただ全部を書いているわけではない。板書のスピードはおそらく私の半分の時間であったと思う。瞬時に児童の発言の要点をまとめるとともに、大切なところにラインを引くなど、あっという間だ。キーワードを早く見つけることがそれを実現する1つのポイントだと思ったので、児童の話し合う時間を長くできるよう板書も練習したいと思った。

 授業検討については、私にはまだ分からないことがたくさんあった。だが、どちらのツールも授業を振り返るときに非常に役立つものであることがよく分かった。これから現場で活用されていくシステムを授業とともに見れたことは非常に大きな経験である。中身の濃い、多くの学びがあった1日であった。貴重な時間を過ごさせていただいた先生方、そして関係者のみなさんに感謝しなければならない。(松井)

愛される学校づくりフォーラムに参加して(1)

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 2月6日(土)に東京品川で開催された愛される学校づくりフォーラムに参加させていただいた。まずは午前の部での学びをまとめたい。

 午前の部は公開研究会と題し、学校に関わる様々な方が4つのテーマの提案・協議が行われた。

 1つ目のテーマは授業の見方について。私はできる限り前から子どもの姿を見た方がよいのではないかとただ漠然と考えていたが、先生方の見る場所やタイミングについての意見を聞くうちに、何が正しいのか分からなくなった。子どもの表情も見たいが邪魔になることがある。教師を見ると子どもの反応が捉えきれない。最後までどこを見ればいいか自分の中で結論は出せなかったが、ひとつ印象に残ったのが「子どもに学びが生まれているか」という言葉だ。「授業の目的は子どもに力をつけること」と大西先生のお話にあったように、学びがなければ子どもに力はつかない。授業の中での子どもの変容を見つけ、力をつける授業になっているかを確かめるのが1つの授業の見方だと感じた。

 2つ目のテーマは若手教師の力を高め方。中堅とよばれる世代の先生方が少ないということを知り、私たちの世代が早く力をつけていくことの必要性を感じた。リーダーシップを発揮し、ゼミのようにともに学ぶ習慣を教員になっても忘れないようにしたい。

 3つ目のテーマは「チーム学校」の機能について。私の勉強不足で分からないことが多くまだ実感は沸かなかったが、大切なことは教員が協働していくこと。そして、先生だけでなく、保護者や地域の方とも手を取り合い子どもを見ていくことだと学んだ。

 最後のテーマは授業における「真のICT活用」について。ICTの活用について様々な意見が飛び交う。私は1人1台タブレット端末を2020年までに導入するのは無理ではないかと考えているので、BYODという考えが頭に浮かんだ。自分のスマートフォンやタブレットを学校に持ってこれば、予算はそこまでかからない。もちろん故障などのトラブルへの対応、持っていない子どもへの補助など考えなければいけないことは多々あるが、環境を整えるのには1番早い策だと考える。私が小中学生の頃にはまだ携帯電話を持っている子の方が少なかった。しかし、たった10年で今やほとんどの子どもがスマートフォンを持っている。「教具から文具へ」という言葉がぴったりなのではないだろうか。ICTの活用については教員を目指す上で今後も考えていかなければならない課題だと感じた。(松井)

たかが掃除されど掃除

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 以前、私の卒論研究にと、玉置先生にある本を勧めていただきました。それは家本芳郎先生の『掃除サボリの教育学 たかが掃除されど掃除』という本です。

 その中で一番印象に残った言葉は、「指導とは、やる気にさせること」です。

 私はこの言葉を知って、今まで自分が考えていた「指導」は本当の指導ではなかったのかもしれない、と思いました。私は、「指導」とは、子どもたちが考え、行動できるように、多くのことを教えることだと思っていました。

 しかし、家本先生の言葉をもとにすると、「指導」とは、子どもたちにやる気が起こるような、声かけや行動をしたり、活動を考えることだと考えられます。

 家本先生は、本の中で、「どうしたら罰を与えずに、すすんで掃除をする気にさせることができるのか。それを考えるのが、教師の仕事である指導のおもしろさなのである」と述べています。これは掃除だけでなく、その他の生活指導や、授業においても言えることです。教師になることができた時には、このことをまた思い出したいと思います。(牧野)

『いのちの授業』を参観して

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 2月2日(火)、小牧市立北里中学校にて『いのちの授業』を参観させていただきました。私は以前、一宮市立尾西第三中学校でも同様の授業を参観させていただきましたが、生徒が変わることで全く違った授業を見ることができました。

 まず玉置先生が行った授業では、前回同様に「心に汗」「想像」をキーワードに、とにかく生徒の意見を認め、わずかなつぶやきもしっかり拾い、本当に発言しやすい雰囲気を感じました。そんな働きかけもあり、前回よりも生徒の発言する様子が多く見られました。また、生徒からは「命は弱いもの」という初めて聞く意見もあり、考え方が様々であることに改めて驚きました。

 次に山田先生が行った授業では、冒頭で命について考えることを押さえ、グループ交流の時間を設けるといった、生徒に合わせた授業のペース配分は、生徒に考える時間があって良いと思いました。特に深堀りされていたのが、「小児がんになったケイコちゃんが幸せだったかどうか」という発問があった場面です。私は賛成が多いと思っていましたが、意外と反対も多く、直感的な思いも知ることができました。

 こうして『いのちの授業』を参観して、玉置先生も山田先生も生徒の意見をしっかりと待った上で授業を進め、感情移入ではない自分の思いが添えられていました。資料を上手く使い、最後には鈴木さんの感動的なお話もあり、そういった「リアルさ」が道徳に必要であることがよく分かりました。将来教壇に立つ時に、ここで学ばせていただいたことを、少しでも生かして授業ができるようになりたいです。(佐藤)

「いのちの授業」を参観して

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 2月2日、小牧市立北里中学校で行われたいのちの授業を見させていただきました。

 1時間目の玉置先生の授業では生徒たちにより具体的に答えさせる場面がありました。ある生徒が発言した「日々の生活を受実させる」という言葉に対し、「具体的にどういうこと?」という声をかけていらっしゃいました。

 私がもし授業をしていたら「そうだね。とても大切なことだね」と言って終わってしまったと思います。しかし、玉置先生が声をかけていらっしゃる姿を見て表面的な言葉をとらえるだけではダメだと思いました。具体的にどういうことかを考えることで、より自分の生活とのつながりの中で道徳について考えられるのだと思いました。具体的に考える中で友だちのこと、感謝の気持ちをもつこと、自分の好きなことを頑張ること…と広がっていくのだと分かりました。さらに玉置先生は「具体的にどういうこと?」と問いかける前に「難しいね」という声をかけていらっしゃいました。先生も一緒になって難しいことだと感じ、一緒に考えていくことも大切だと思いました。

 そして、私は授業終盤にある生徒が発言した「命は弱いものだ」という言葉が忘れられません。私はこの言葉を聞いた時、はっとさせられました。飾られていない、中学1年生らしい、素直な言葉だなと思いました。かっこいい言葉を並べるだけの道徳ではなく、自分の言葉で自分の考えを伝えられる道徳の授業ができるようになりたいと思いました。

 3時間目は山田先生の授業を見させていただきました。
 
 山田先生の授業の中で一番心に残っている言葉は「ケイコちゃんの6年の命は幸せだったかどうか?」という発問です。私の予想では幸せだったという意見の方が多いと思っていました。もし私が中学生でこの授業を受けていたら、ケイコちゃんは幸せだったと答えると思います。しかし、生徒たちの中には幸せではなかったかもしれないと考える生徒も多くいました 。みんなが「きっとケイコちゃんは幸せだった」と答たとしたら、それで終わってしまうかもしれません。様々な意見が出ると自分の気持ちが揺れると思います。様々な意見を聞いて自分の気持ちが揺れながら、それらの意見も踏まえて自分の意見がより深まり確かなものになるのだと思いました。

 今回2つの授業を見させていただく中で、私も一緒に命について考えることができたと思います。道徳はどれが正解なのか分からない部分もあると思います。だからこそ、一緒に考えていくことが大切だと学ぶことができました。(渡部)

篠岡中学校での学び合い授業参観

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 1月26日に小牧市の篠岡中学校で学び合いの国語授業を見学させていただきました。ひさしぶりの中学校ということで、少しドキドキしていました。

 授業を見ていて感じたことは生徒たちがしっかり授業に参加しているということです。
挙手制でなく先生の意図的指名の下で授業が展開されていき、それによって心地よい緊張感のある授業になっていました。

 意図的指名については、授業時間や理解度を考慮して指名し、また、発表に対するどんな小さいつぶやきにも敏感に反応して追求していくといったところがすごいなと思いました。

 授業中はグループに分かれたときにその中の一つについて話し合いの様子を聞いていたのですが、出された発問について生徒同士で考え答えを出し、分からない子には教え合うといった姿がありました。生徒同士の話し合いということで、途中話が脱線する時もありましたが、先生に声をかけられるまでにしっかりと考えをまとめられているところは、さすがだなと思いました。

 話し合いを聞いていて思ったことは、発見があるということです。一人で考える時には気づくことのできないことも、他の人の話を聞いている中で気づくことが出来ます。学級全体の中での意見交流でもできますが、小さいグループだからこそ、そこに深くつっこめたり、考えを深め合うことが出来ます。また、全員参加の授業もつくることが出来ます。

 授業後に学び合いの授業について教えていただきました。
 「子どもの1日の大半は授業。その中でいかに輝かせられるか。その中で輝かせることが出来たら変な子には育たない。」
 やはり、学級は生徒にとってとても大切なものであり、生活の軸となるものなのだなと感じました。生徒がお互いに「分からない」と言いあえる関係がつくられていることで授業がよりよいものになっていくことが分かりました。

 今回見せていただいた授業はとても刺激になりました。自分もこういった授業が出来るように、少しでも近づけるようになりたいと思いました。(中田啓)

卒論発表会に参加させていただきました!

 1月30日、ある教職ゼミの卒論発表会に参加させていただきました。

 気になるテーマがあったことと来年度の勉強にと思い参加させていただいたのですが、初めて見る卒論発表会の雰囲気にこちらも緊張してしまいました。その中で、4年生の方々が一生懸命発表している姿はとても輝いて見えました。それは、きっと自分が行なってきた研究に自信があったからだと思います。

 来年この様に発表できるのか…と思うと不安な面もありますが、緊張に負けず自分の考えを伝えられるようにしたいです。そのためにも自分の研究テーマについて見通しを持ちつつ、しっかりと調べ、考えていく必要があると思いました。(浦)
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