この事態における学び合い オンライン模擬授業その2 <栗木>
模擬授業その1では、最初の課題(教材である短歌)提示と、音読、各自書き込み、1回目のグループで気づきや気になることの共有、その後全体で共有までを記しました。)授業記録の続きです。
T:みんなの話聞いてると、死期を悟っている意見もあったし、桜目線っていうのもあったんだけど、共通して「いのち」、ひらがなの「いのち」と漢字の「生命」ってあるんだけど、そこに心惹かれているのかなって感じたのね。 S:半分以上(頷き) T:「いのち(生命)」っていうのを感じながら、もう1回この歌を味わってみるよ。今度はわかることよりも感じること、皆さんがこの歌を読んでどう感じるのか。命っていう言葉に注目しながら、もう1回この歌読んでみてください。 S:銘々読みと指名読み T:どんなことを感じるか。グループで聞いてみて。自分の感覚を大切にね。 S:(2回目のグループ中) T:どんなこと感じたか聴かせて。 i:考えれば考えるほどわからなくなってきていたんですけど、「いのちいっぱいに」っていうのが、「生命かけて」咲いてたんだよって、散っている様子を見て、あの時命いっぱいに咲いていたんだなーって思った。 k:「いのちいっぱいに」っていうのが、桜が満開に咲くっていうイメージが私にはあって、命ひとつひとつがいっぱいに咲いて、桜が人間界を見て、生命かけて見てるんだなあみたいな。 l:私は「命」っていうところに焦点を当てて考えた時に、生命かけてお花を咲かせているんだなと、ちょっと見方が変わったなーっていう風に感じました。 m:桜と「桜ばな」って見た時に、桜を思い浮かべた時に花を思い浮かべるのになんでわざわざ桜とはなを二つ重ねるんだろうなって思ったというのがまず先にあったんですけど、全体が桜なのに花だけを桜って言われるのをちょっと嫌だなーって思っているのかなと思いました。それから、この「いのちいっぱいに」っていうちょっと無邪気な感じと「生命をかけて」っていうちょっとシリアスな感じに疑問を持ったんですけど、nさんの「生命をかけてわが眺めたりは、なんか人間ってちょっとシリアスに考えすぎじゃない?みたいに(桜が)思ってるんじゃないのかな」っていう話を聞いて、そこから、なんかもうちょっと肩の力を抜いてもいいんだよって桜が教えてくれるのかなっていう気持ちになりました。 S:(反応)(参ったの顔) n:最初のいのちはひらがなで、桜は普通にしてれば毎年繰り返して咲くけど二つ目の生命は人間だとしたら人間は1回きりになるので、なんかすごい重さを感じる。 T:可愛い、健気、こっちは重さを感じる。もっともっと聞きたいけど最後にもう1回自分でこの歌を自分の味わいで読んでみてください。 (授業記録はここまで) ・銘々短歌を読み味わう。そして、振り返りをする。 ・ふり返りはスクールライフノートに書くよう指示。学びの天気をつけるのと自分の変化を記した。 Iさんkさんは上の句の「いのちいっぱいに」でつながってともに、桜の満開な様子を想像し、それをlさんが下の句の「生命をかけて」につなげ、mさんnさんは二つの「いのち」「生命」を対比させました。もちろん本人たちがつなげて発言しようとしているか否かは不明です。その意識はないのかもしれません。でもこうしてみるとつながっているのです。大人の発言なので、実際は一人一人がかなり長く話しています。迷いながら話すので時間もかかります。生徒役は聴く力をかなりもっています。後半の発言で特徴的なのは、「〜だなあ」という表現が多いことです。情景を頭に浮かべ、感じているのではないでしょうか。 その3に続きます。 |
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