教育実習の思い出

学校で教育実習生の姿を見かける季節になりました。右も左もわからない中で一生懸命に実習に取り組む姿に声援を送りたくなります。頑張っている実習生もたくさんいますが、中にはとんでもない話も耳にします。

・実習の授業の準備を何もしていなくて、授業中ほとんど何も話せなかった。
・実習記録簿がゴミ箱から見つかった(事故なのか、本人の故意なのかは不明)。
・研究授業の指導案を指導教官の指導を受ける日までに形にできない。
・OBとして部活の指導にかまけて、実習記録簿を時間までに提出しない。
・教師になる気はないが、とりあえず教員免許をとるために必要なので、単位さえもらえればいい。
・・・

これを取り上げて、最近の実習生はというつもりはありません。私たちのころにもそういう例はあったのだと思います。ただ、以前と比べて実習生に対する大学の事前指導はしっかりしていると聞きますが、それでもこういったことが起きているのが残念です。

もうずいぶん昔のことですが、私の教育実習の時に担当の先生(恩師)から、「自分がOBであるという意識は持つな。学校にとって教育実習生はお荷物でしかない。ある意味生徒以下の存在だ。OBだから、将来自分たちの後を引き継いでくれる可能性があるから引き受けているのだ。そのことを忘れずに行動しなさい。若いから、物珍しいから生徒は近寄ってくるが、責任をとれる立場でないので不必要に接触しない。きちんと距離をとることを忘れるな」こんなことを厳しく言われました。このことを今でも感謝しています。母校で2週間、授業や部活動を通じて先輩として後輩に何か伝えられればなどと甘いことを考えていた自分の目を覚ましていただき、真剣に実習に向かう心の準備ができました。
実際に教育実習が始まってしまえば、部活動に行くどころではありませんでした。授業の中身を考えるだけで、ほとんど連日徹夜状態です。1時間の授業の流れを考えた時、生徒からこんな解答が出たら、こんな考えがあったらと子どもの反応をいろいろと想定すると、どんどん考えることは増えていきます。分岐を考えながら1時間の授業の流れを整理するだけでレポート用紙が10枚以上になったのを覚えています。しかも実際には、そのほとんどが使われることがなかったのです。生徒の立場では表面に表れたものしか見えません。しかし、その影には膨大な教材研究が隠されていたことにその時初めて気づきました。それまで、心の中で少しバカにしていた先生方が、違って見えるようになりました。
教師として教壇に立つようになって、この時の経験がどれほど役に立ったかわかりません。この2週間で得たことが、教師としての原点だったように思います。

学生たちが教育実習を通じて教師として大切なことに気づき、教師の仕事を真剣に目指してくれることを期待しています。(大西)
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