小学生時代の私には「鍵にまつわるエピソード」が2つあります。「エピソード」というより「失敗談」といった方がよいかもしれません。
1つは、鍵を忘れて学校に行ってしまった時のことです。
帰宅した私は、玄関先で鍵を持っていないことに気づきました。「あっ、鍵がない」 …そう思った直後、私はとにかく家に入りたいという一心から、ある行動に出ていました。
それは、雨樋(あまどい)や庇(ひさし)を伝って2階によじ登り、鍵のかかっていない明かり取りの小窓から家に入るというスパイダーマンのような行動です。無事に成功して家に入れた私は、帰宅した親に自慢げにその話をしました。
※続きは、下の『おりたたみ記事』をクリックしてください。
おりたたみ記事・ここをクリック
しかし、当然その瞬間親から「お前は、バカか!」と怒鳴りつけられました。ただ「もし怪我でもしたらどうするのだ!」と叱られると思った私の予想は外れ「もしお前のことを泥棒が見ていたら、真似されるだろう!」と叱られたのでした。
もう1つは、やはり私が学校から帰宅した時のことです。
友達と遊ぶ約束をしてきた私は、すぐにランドセルを置いて出かけようとしました。しかし、その時思い出したのです。朝、親から「鍵を持っていないおばあちゃんが来るまで、留守番しているように」と言われていたことを。
にもかかわらず私は、これもまた友達と遊びたい一心で、即座にある行動に出ました。私は外から玄関の鍵を閉め、なんとその鍵を鍵穴に差し込んだまま遊びに行ったのです。
「これなら鍵も閉まっているし、おばあちゃんも家に入れる」 …友達と遊んで帰宅した私が、やはり親から「お前は、バカか!」と怒鳴りつけられたことは、言うまでもありません。
そんな私は、よく「お前は【石橋を叩いて渡る】ぐらいでちょうどいい」といったお説教をされました。
【石橋を叩いて渡る】 念には念を入れて用心深く物事を行うことをたとえた諺(ことわざ)です。親や学校の先生から再三言われたこの諺は、以来私にとって「自戒の言葉」となりました。そのおかげで、今では少しは慎重に橋を渡るようにしています。
一方、この板三中に着任してからも過去3年半、生徒や先生、保護者の皆様に助けられながら、私はいくつかの橋を渡ってきました。
例えば、運動会で危険な「組体操」を「組ダンス」に変更してもらえました。標準服の男女別を廃止できました。教育目標は、新しい時代に即したものとなりました。校則を「Be Gentleman(紳士であれ)」に一本化できました。コロナ禍を機に、次世代型学習支援システムを一気に推進してもらえました…。
その他にも大小様々な橋を渡ってきましたが、新たに来年度は「文化祭の会場変更」という橋を渡ることになりました。場所は、板橋区文化会館です。
そのきっかけは、ちょうど1年前の今頃、校長室を訪れた現在の9年生4名がつくってくれました。当時8年生だったその4名は、自分たちは経験できなくてもいいから、ぜひ後輩には一流のホールで合唱をさせてあげたいという思いで、直接私に会場変更を交渉しにきました。
その思いを受け止めた先生方は「様々な課題はあっても、生徒の自主性を尊重し、とにかくやってみよう」と決断し、橋を渡ることにしたのです。
小学生時代の私の行動は、軽率です。親や先生に言われたとおり【石橋を叩いて渡る】用心深さは、確かに大事だと思います。ただ、それでも私は、まず橋を渡ってみることも必要だと思っています。
途中で橋がぐらついたり、ひび割れたりしたら、一度戻って橋を修繕すればいい、少なくとも【石橋を叩いて渡らない】ことがあってはならないと、私は思うのです。
なぜなら、橋の向こうに広がる景色は、橋を渡った者にしか見られないのですから。
言い方を変えれば、橋の向こうに広がる景色が見たいと思ったら、橋を渡るしかないのですから。