学校給食週間2日目「戦後、昭和の給食」

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令和5年1月25日(木)給食こんだて
【コッペパン、いちごジャム、くじらの竜田揚げ ケチャップソース、野菜ソテー、ミルクスープ、牛乳】

戦後に復活した給食と麹町小学校は深い関わりがあります。

学校給食は戦争の影響で一度無くなってしまいますが、戦後子供達の栄養状態の悪化から給食の復活が叫ばれました。
日本は、ララ(アメリカの民間団体)などから脱脂粉乳や小麦粉などの食材物資を受け、昭和21年に東京・神奈川・千葉で給食を再開しました。

同じ年の12月24日、ララからの給食物資の贈呈式が東京の小学校で行われたため、12月24日が「学校給食感謝の日」(現在の学校給食週間)とされました。
この給食物資の贈呈式が行われたのは、旧永田町小学校です。
麹町小学校のメモリアルホールには、当時の給食風景の写真が飾られています。

今回の給食は昭和の頃の給食をイメージしました。
スープは、豆乳・牛乳を入れた後にさらにスキムミルク(脱脂粉乳)を入れてコクを出しています
クジラは、昭和の給食によく使われていた食材です。
栄養価が高く、昔は手に入りやすかったことから、多く食べられていたそうです。

今では当たり前の給食ですが、どの時代も子供達が健やかに成長できるように考えられてきました。
麹町小学校の給食も、子供達の成長に必要な栄養がたっぷりなのはもちろん、美味しく楽しく食べられるように毎日工夫しています。

自分たち学校が給食の歴史に大きく関わっていることを学びながら、子どもたちは楽しそうに給食を食べていました。
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