2021年3月30日仕事日記

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 今朝も原稿書きから開始。7時になったので、いつもの喫茶店でモーニング。帰宅して原稿書き。お昼は漫画喫茶へ行き、1時間30分のクールダウン。帰宅して原稿書き。夜はNHKスペシャル「志村が最後に見た夢〜コメディアン・志村けん〜」を視聴。やはり陰の努力は並大抵ではない。だからこそ、あれだけのコメディアンに。

 多くの皆さんで作った書籍「ラクに楽しく1時間 中学数学ラクイチ授業プラン」が届く。コロナ禍で多くの皆さんと意見調整をするのは、本当に大変だったが、それだけに自信作の一つになった。2020年から2021年にかけての忘れられない書籍。

 研究室HP記事は「私のコロナ禍の1年」シリーズ。6期生の名桐君が発信。「心の天気」で表現がうまい。

私のコロナ禍の1年(6期生・名桐)

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 こんにちは!6期生の名桐です。3年生も無事終わり、いよいよ勝負の年となります。最近、勉強ばかりの日々が続き、人間として面白みに欠けていないか心配になっているのが正直なところです。その分、知識や教養は付いてきているのではと思います、、、

 さて、ちょうど1年前頃でしょうか、世界が新型コロナウィルスによる影響で、ロックダウンを施したり、著名人がこの世を去ってしまったりと、歴史に残るような出来事が次々と起こりました。そのコロナウイルスは、今でも私たちの生活を制限しており、早くこの大きな壁を乗り越えて、生き生きと暮らせる日々が来ることを願っています。そんな中、私の生活に焦点を当ててみると、ある意味「充実」した1年だったことと思います。今回は、それを心の天気風に紹介していきたいと思います。

「晴れ」
 私は、コロナ禍で生まれた時間で、色々なことを始めました。例えば、新しいアルバイトです。時間がたくさんあるため、更に働いてお金を稼ぐことをし、バイト先での友達も増え、とても充実した日々を過ごしていました。また、趣味の映画を観て海外のインスピレーションを感じたり、服や靴を集めてみたりインテリアにこだわってみたりと、家にいる時間をどのように楽しんでいくかをもの凄く考えました。もちろん、勉強も少しずつやり始め、教育実習などでその知識を活かせた場面もいくつかありました。自分のやりたいことをやっている時間というのは、雲ひとつない、心が晴れたような気分になります。

「くもり」
  私は、コロナ禍の生活で、体重をかなり落としました。高校生の頃、部活に打ち込んでいた日々は筋肉もモリモリで高校生らしい体つきをしていましたが、大学生になり、夜のラーメンやお酒を飲むことにより体重が増えました。かなり、、(笑) ただ、それでは先生になった時にみっともないと思ったので、筋トレをしたり、ランニングをしたりして減量することに成功しました。まだ高校生の頃のような体には戻れていないため、少し心の中にモヤがかかっているくもりの様な状態です。

「雨」
 雨に関して、マスクをしないといけない日々が本当に辛いです。私は元々マスクをすることが苦手で、必要な時にしか今まで付けてきませんでした。社会情勢上、しょうがないことではありますが、外出する時にマスクはもはや義務であり、街ゆく人全てがマスクをしていて、皆同じように見える個性のない社会はこんなにも魅力が無いのかと少し残念です。雨は、長時間降る時は小雨の様な感じで降ることが多いですよね。だいぶ今は慣れてきたので小雨ですが、マスクしたての当初は梅雨の時期並の心の荒れ具合でした。

「雷」
 私は、本来なら今年の春休みに、教採前の最後の楽しみとして、フランス旅行に行く予定でした。1年前から飛行機の予約をし、念願だった「モンサンミッシェル」に行けると決まり、とてもワクワクしていました。しかし、その飛行機を予約した次の日、国外への渡航規制がかかり、予約のキャンセルを余儀なくされました。本当に辛かったです。コロナ禍の生活で、辛い思いをしている人はたくさんいます。それは、感染症にかかってしまった人やその周りの人々が1番感じていることも重々承知しています。しかし、高校生の頃からの夢だったフランス旅行を断念しなければならなかった当時の僕の心には、間違いなく雷が何回も落ち、荒れていました。早く、皆が辛い思いをしなくても良い、平和な日々が戻ってくることを願っています。

 今回は、私のコロナ禍の1年ということで、少し崩した文章で書いてみました。これも個性を表す1つのやり方で、論文チックの固い文章と使い分けていきたいなと思いました。基本的には僕の心は晴れています。ですが、たまに雨や雷が降るときもあります。しかし、圧倒的に晴れの方が多いこの精神状態をキープする術は、コロナ禍の生活が育ててくれたのかもしれません。人生、何があるか分かりませんね。(名桐)

2021年3月29日仕事日記

 いつもの喫茶店経由、8時頃研究室着。定番のことをして、しばしのんびり。落ち着いたので原稿書き開始。

 10時頃、教育実習課へ。4月7日開催の実習委員会の打合せ。ボリュームたっぷりの資料。打合せだけで1時間半ほど。その最中に実習課受付へゼミ生・下野さん。

 研究室で、しばし下野さんと四方山話。やはり対面でのコミュニケーションはいい。

 追い込まれている原稿書き。13時ごろ研究室を出て一宮へ。同級生の牧野君とゼミ生共々お世話になっている酒井先生と喫茶店で四方山話。とはいえ、新情報をいろいろといただく。やはり対面は貴重。1時間30分ほどの貴重な時間。

 打合せがあってEDUCOM愛知本社へ。待ち時間は原稿書き。4月1日から「授業と学び研究所」のフェローとして就任していただく山田貞二先生来社。所長として(笑)同席。柳瀬社長とも久しぶりの生対面。フェローとして動いていただくためのPCの基本設定などで1時間。

 帰宅。例によって原稿書きは続く。

 研究室HP記事は先日卒業した二宮君の「2年のふりかえり」記事。そういえば、彼が苦しんでいたことがあったと思い出す。包み隠さず書いている記事。ご一読を。

2年間の振り返り(二宮)

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 こんにちは、卒業式から1週間も経ってしまいましたが色々実感のわかない5期生の二宮です。(笑)今日は2年間のゼミの振り返りをこの記事に綴って大学生活を〆ようと思います。

 玉置ゼミ5期生の2年間を一言で表すとするならば「人とのつながり」でした。ゼミ生にとってのお父さん玉置先生、切磋琢磨しあえた13人のすごい5期生の仲間、先輩後輩、セミナー等で出会った先生方など本当に多くの人と繋がりました。そしてお会いした方々から数えたらキリがないくらい学びました。まずは皆様に心からの感謝を申し上げます。ありがとうございました。

 そんな「人とのつながり」を感じた印象的な思い出を2つ書きます。

 1つ目は、大学2年生の時のゼミ選択です。とある先輩に話を聞いて、それまで全く授業を受けたことも会ったことも無かった玉置先生のゼミに行こうと緊張しながら面接を受けたこと、そして5期生14人が揃った時に知っていたのが2人しかいなかったこと。大切な出会いがあったこれらは今も鮮明に憶えています。この繋がりができたからこそ今があると思っています。当時の自分を精一杯褒めてやりたいです。(笑)

 2つ目は教員採用試験に臨む4年前期ゼミでコロナの自粛です。その中で、みんな苦しんでいるから自分の苦しみを他に話すのはどうしても気がひけること、面接練習などで自分が納得できないものは全部失敗と決めつけてマイナス思考の連鎖に陥ることでストレスを自分で抱え込み、心がズタボロになりました。「もう限界」という時に、勇気を出して自分の心境を玉置先生に話したら、親身になって聞いてくださり、励ましてくださいました。この時を思い返すと今でも心が痛くなりますが、これがあったからこそ今の自分があると思っています。玉置先生には本当に感謝でいっぱいです。ありがとうございました!これからもお世話になります。

 これまでできた「人とのつながり」はこれからも続くということの実感が大学を卒業したことによって少しずつ出てきました。5期生での繋がりはコロナ禍もあり自分にとっては物足りなく感じているのでこれからさらに創りましょう!2年間ありがとう、これからもよろしくお願いします!

 最後になりますが、素敵なつながりがある今の私は本当に幸せです。これからもこのつながりを大切に、そして活かしながら、立派な先生目指して毎日全力で生きます。
 
 長文にお付き合いいただきありがとうございました。(二宮)

2021年3月28日仕事日記

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 朝から「WHYでわかる、HOWでできる中学校数学の授業Q&A」の原稿書き追い込み。

 12時25分ごろに家を出て、味岡駅乗車、大須観音駅下車、大須演芸場へ。桂宮治38日間の真打ち披露興行の「撮って出し」を楽しみにしていた毎日。今日は久しぶりに生師匠の落語が聞ける!楽しみでしかたがない。三遊亭兼好師匠の落語も毒舌も僕の好み。びっくりしたのが、何と前座が大阪の桂源太。東京の落語家さんの会の前座が大阪若手とは!宮治師匠に随分と可愛がられているようで、なりより。満席札止め。

 3人(といっても両師匠がほとんど話す)のトークで大笑い後、次の演目。
 桂源太 「転失気」
 桂宮治 「初天神」
 三遊亭兼好 「短命」
 三遊亭兼好 「もと犬」
 桂宮治 「花見の仇討ち」

 大・大・大満足の会。両師匠の落語で心底笑う。まさに落語は自由だ!すぐに刺激を受ける僕は、4月からの大学講義「教師論」も「教育課程論」も、もっとおもろくしてやろうと、ファイトが湧く。昼食兼夕食を取って帰宅。さっそく源太さんに感想メール。

 例によって原稿書き。なんとか目処が付いてきた!

 研究室HP記事は、私のコロナ禍の1年シリーズ。7期生・今井さんが発信。今回も貴重な学生の記録
 

私のコロナ禍の1年(今井)

 こんにちは。7期生の今井美羽です。各地で桜が開花しているみたいです。春が近づいている気配がしますね。今日は、「私のコロナ禍での1年」についてお話します。

 以前に、「2020年という1年」という内容でコロナ禍の世界に対しての自分の考えについて記事を書かせていただきましたので、今回は、自分自身のことについて焦点を絞って、お話させていただきます。

 まず、自粛期間、お父さんはリモートワークになり、お母さんはパートをお休み、私と弟は春休みという状況だったので、家族と過ごす時間が圧倒的に増えました。「こんなに家族そろって毎日ご飯を食べるのは、これが最初で最後かもね。」なんて話を家族としました。

 私は自粛期間、色々なことをやってみようと試みました。筋トレ、ランニング、ウクレレ、料理などに挑戦しました。時間に余裕があると、日々の生活に追われている時には絶対にやろうと思わないことをやろうと思えるので、それも中々いいなと思いました。時間の余裕は心の余裕ですね。

 また、映画もいつもより多く見ることが出来ました。母と「上映会」と名づけ、寝る前に一緒に映画を観ていました。友だちとオンライン上映会もしました。友だちとの上映会は、自粛期間より頻度は減りましたが、今でも続けてやっています。

 次に、初めてのオンライン授業です。私は自分用のパソコンを持っていなくて、家にある古いパソコンを使って最初はオンライン授業を受けていました。しかし、ここで問題が起きました。授業中、先生のスライドの文字はボケボケで、音声も途切れ途切れ。こりゃあ、いかん。とパソコンを買ってもらいました。

 先生も慣れないオンライン授業で、それぞれの先生が試行錯誤しながら授業をされていました。あまり大きな声では言えませんが、先生によって、質の差と言ったらいいのでしょうか、満足度の差と言ったらいいのでしょうか、これ以上言うと怒られそうなので、あまりはっきりとは言わないでおきますが、正直、はい、ありました。まあ、これはオンライン授業である、ないに関係ないのかもしれませんが、、、、、。でも、先生方も試行錯誤であった分、授業の進め方、方法などに関して、私たちの意見が反映されやすい環境であった気がします。先生が私たちにアンケートしたり、私たちの声に先生が答えてくれたりしており、一緒に授業を作っている感じがしました。

 毎日が同じことの繰り返しのように思えてきてしまった私は、この1年で、新しいバイトを2つ始めました。新しいものを取り入れるということは、やはり大切だし、自分に合っている気がしました。以前、「人は、変化するものに魅力を感じる。」という言葉を聞いたことがあって、この言葉が自分の中にスッと入ってきたんです。「変化し続ける人間」でありたいです。

 こう振り返ってみると、何もなかったように思えた1年でも色々あった1年だったなと思います。中々友達に会えなかったことだけ心残りです。昨年会えなかった分、今年はいっぱい人に会えると良いな〜。いつ会えなくなるかわからない、会える時に会わなきゃという気持ちが、この1年を通して強くなりました。

 今この瞬間も、最前線で働いている医療従事者の方々がいます。そのような方々へ、感謝の意を表して、「私のコロナ禍の1年」のお話を締めたいと思います。

p.s.写真は、最近撮った写真の中で、一番お気に入りの写真です。運命の真ん中に立っている感じが良くないですか〜。(今井)
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2021年3月27日仕事日記

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 今日も新刊原稿書きの1日。依頼をいただけたことに深く感謝して書き続ける。

 14時15分ごろに家を出て、小牧市民会館へ向かう。楽しみにしていた「May J.×中部フィル ハーモニー交響楽団 SPECIAL CONCERT」。久しぶりの生音楽鑑賞。コロナウイルス感染防止で客席は一つおき。満席。僕は2列目!

 会館近くの「やおかね」でフルーツパフェを食べる。ボリュームたっぷりで満腹。夕食を抜くほど(笑)。

 帰宅して、必死の原稿書きを続ける。時折、記憶なし。

 23時からNHKで音楽祭を見る。大好きなナベサダさんの「花は咲く」。今日のコンサートアンコールも「花は咲く」。涙がじわっと出てくる曲。

コロナ禍の1年を振り返って(田中)

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 こんにちは!7期生の田中克明です。今回は、コロナの影響で色々なことがあった1年間について振り返り記事を書いていきます。

 コロナの影響で1番変わったことといえば授業の形式です。1年生の時は大学に登校して、対面で授業を受けていましたが、コロナの影響で2年生の授業は殆どがオンライン授業でした。オンライン授業は、zoomなどでリアルタイムに、画面越しに集まって行うものもあれば、資料や課題提示だけで行われるものもあり、あまり授業の感覚がありませんでした(汗)。

 一方で、コロナの影響でオンライン授業になったからこそ出来たこともありました。オンライン授業で自由な時間が増えたので、その時間を使って、週に1度一宮市の小学校に伺って、主に1年生や特別支援学級の児童の授業フォローをするボランティアを行いました。

 ボランティアを通して、本当に多くのことを学びました。その中でも特に自分がこれからも大切にしていきたいなと感じたことは、児童一人一人をよく知り、寄り添うことです。

 実際に現場を見させて頂いて、自分が小学生だった頃に比べて、発達障害の児童やその傾向があるグレーな児童が増えているなと感じました。その子達と話していて、クラスにいられない要因が周りの友人や先生など環境に左右される児童もいれば、障害の影響でいられない児童もいました。そんな中でも、どの子も苦悩しながらも前に進もうと頑張っていました。そのため、少しでもその子達に寄り添って、学んでいく、成長していく手助けができるようになりたいなと感じました。

 コロナ禍で色々と不自由になってしまった部分もありました。しかし、コロナ禍で時間があったからこそ学ぶことが出来たこともありました。今年一年で学んだことをいかして、更に多くのことを学んでいきたいです。(田中)

わずか2ヶ月で増刷!(玉置)

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 1月29日に発刊した「教師のための話し方の技術」(玉置崇・菱田さつき著、明治図書)が、わずか2ヶ月で増刷となりました。

 自信を持って世に出した本ですが、短期間での増刷決定はとても嬉しいことです。

 皆様、ありがとうございました。

2021年3月26日仕事日記

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 早朝から学部長から確認を求められた大学パンフレットの記述に目を通す。気づいたことを送信。さらにこのことについて思うことも届ける。

 10時から16時まで、昨日に引き続いて授業と学び研究所会議。午前はICT支援員の研修内容について、午後はEDUCOMフォーラムの詳細について。知恵者が多く、今日もかなり進んだ状況。多岐にわたる意見が出て、仕切り役として必死(笑)。

 文部科学省の新プロジェクト「#教師のバトン」の応援団として参加。サイトに名前あり。

 FBに、この4月の異動情報がいくつかあり。知人が教員養成大学へ異動する情報が2件あり、さっそく情報交流をしましょうと書き込む。

 嬉しいメールが届く。1月末に発刊した「教師のための話し方の技術」(玉置崇・菱田さつき共著、明治図書)が2ヶ月で増刷とのこと。ああ、嬉しい。自信を持ってお勧めできる本だが、短期間での増刷は格別の喜び。

 研究室HP記事は「私のコロナ禍での1年」シリーズ。今日は6期生・中野さん発信。素直な心境が綴られている。

私のコロナ禍での一年(中野)

 こんにちは。6期生の中野です。5期生の先輩方が卒業され、いよいよ6期生が玉置ゼミを引っ張っていく番となりました。気を引き締めて頑張りたいと思います。

 今回は私のコロナ禍での一年というテーマで記事を書いていきたいと思います。

 私はコロナ禍によってかなり考え方が変わりました。コロナ禍の前は、友達と会うことが1番の楽しみで、外に出かけることが本当に好きでした。しかし、コロナ流行により、人と会うことがどんどん少なくなり、友達に会いたいと考えることがなくなりました。本当にたまに友達に会うと、やっぱり友達と会うと心が軽くなるな。と感じます。

 また家から出なくなると、全く友達に会いたいという考えが浮かばなくなります。これを不思議に思い、なぜだろうと考えてみたのですが、これは心理学者のフロイトの精神分析で言う、抑圧なのではないかと思い始めました。コロナが流行り始めたころは、家にいなくてはいけないことが苦痛で仕方なく、人に会いたくてしょうがなくて、精神的に酷く辛い状況の時がありました。その頃は日々を目標もなく、ただただ時間が過ぎていくような感覚でした。

 人間はそんな状況ではいけないと、自分を守ろうという感情が、無意識のうちに働くようで、私の場合、友達に会いたくて仕方がないのに、あってはいけない、会えない状況が続いたせいで、無意識のうちに「私は別に友達に会わなくても大丈夫だ」と脳が感情をコントロールしたのではないかと思います。本当に色々な当たり前がコロナによって奪われてしまい、悲しく思います。

 ですが、私はこのような状況がずっと続くとは思っていません。コロナ禍前の当たり前の日常が戻り、振り返った時に「この経験は私にとって必要であった」と思えるような生き方をしたいなと思います。自分の感情を分析して向き合ってみたことも、こんな状況じゃなければしなかったことだと思います。コロナを恨み、嘆いていても仕方ありません。せっかくなのでこの「あり得ない状況」でやれることをいっぱい考えてみて、実行してみたいと思います。早く世界中からコロナウイルスがなくなることを願います。(中野)

※写真は林文通先生から提供していただきました。(玉置)
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2021年3月25日仕事日記

 9時から急遽の恵那市教育委員会からの遠隔教育についての相談あり。zoomでつながり、45分間ほど、委員の一人として発言。

 10時から11時30分まで「授業と学び研究所」会議。EDUCOM新卒研修の最終確認。細部までしっかり検討ができた。

 芳賀先生から4月からの教育実習関連システムについての相談電話あり。芳賀先生の献身的な取組があってこそ可能となっている今の体制。感謝するばかり。

 ぎょうせい「新教育ライブラリpremier」の連載依頼原稿執筆。教頭・副校長を対象とした原稿で久しぶりに自分の過去を振り返る。1回目完成して送付。

 日本教育新聞社から依頼があった原稿書き。依頼文を精読して執筆。完成して送付。

 啓林館「未来へひろがる数学」の指導書フルセットが届く。その中で思い入れが強いのが、新たに加わった「板書ブック」。編集者曰く「他の指導書よりも見た目は柔らかい冊子ですが、中身はぎゅっとつまった素敵な冊子になりました」。まさにその通り。

 研究室HP記事は「私のコロナ禍の1年」シリーズ。下野さんが発信。何度も言うが、このシリーズは我ながらヒット。下野さんの1年も特長的。ぜひご一読を。

 夕飯は、東京で働いている長男が春日井市にある鰻屋さんに、予約・支払いをしておいてくれたため、家族3人で出かける。色々な意味で美味い!格別!
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私のコロナ禍の1年(下野)

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 こんにちは、7期生の下野です!春休みが終わろうとしています。

 5期生の先輩方が御卒業され、私達7期生のゼミが本格始動となります。次は、3年生。実習や教採に向けた勉強、1・2年生の時には感じたことのない日々が待っているのではないかとワクワクする気持ちでいっぱいです。未来のお話はこのぐらいに、まずはこのコロナ禍で過ごした1年を振り返りたいと思います。

 大学2年生、何をしていたかなと思うと「パソコンとにらめっこ」でした(笑) ひどい時には、パソコン・iPad・iPhoneの三刀流まで駆使し、課題と向き合っていました。これほどまでに、情報端末に強くならざる負えない1年はもう訪れないんではないかと思うぐらいです。

 始めの頃は、PDFとWordやExcelの相違点もあやふやで、ファイルもぐちゃぐちゃ、タイピングはできるけれどレイアウトの変更等で時間が割かれました。

 そこで、本を買いました。『スペースキーで見た目を整えるのはやめなさい』。この本では、「美しさ」「スピード」「共有性」の3点から資料作成の基本がまとめられており、これはこれはもう助かりました。1年が経った今でも、「これってもっと時短できないかな?」と思うとこの本を開いて解決策を探しています。不思議なことに、慣れてくると「時短できないかな?」と思う箇所は時短できるようになっているのです。「時短」のポイントが分かってきているのだと思います。利便性というのは、知識があった上で習得できるものだということも今回このコロナ禍で学んだことの一つです。

 コロナ禍では、家にいる時間がうんと増えました。私には、10歳歳下の妹がいるのですが、一斉休校により彼女また家にいましたので、飽き飽きするぐらい(笑)毎日一緒にいました。

 10歳も歳が違うと、小学生と大学生ですから、生活リズムはまるで違います。こんなにも一緒にいた時間は、今までなかったように思います。一緒に勉強して(教えたり教えてもらったり)、一緒に休憩をして、『鬼滅の刃』についての熱弁を聞いたり(笑)、ゲームをしたり、刺し子をしたり、ハンドメイドをしたり、絵を描いたり、とっても充実していました。母もまた、「貴方達とこんなに一緒にいるのは、お腹の中にいた時ぶりだわ」と嬉しそうにしてくれていました。外は大変な状況ではありましたが、家の中では温かい気持ちでいっぱいでした。

 コロナ禍、私が学んだことは、「情報端末の上手な使い方」と「家族のあたたかさ」です。対面授業はごく僅かで、なぜ大学生だけ学校に行けないんだと思った時もありました。自分の学びが定着しているのか、こんなのでいいのかと悩んだりもしました。それでもやっぱり、だからこそ学べる点があったと私は思います。

 玉置先生に教えていただいたアウトプットを自力で行う力がこのコロナ禍は身に付いたように感じています。自力でアウトプットを行わないと、学びがどこかへ隅の方に逃げていってしまう感覚がありました。学びをどこかへ逃がさない為に、ノートは対面の授業時より多く消費し、情報端末には綺麗に分類されたフォルダがしっかり残っています。そして、家族の笑顔も今まで以上に増えたように思います。

 これらがコロナ禍で私が得たものです。「不自由や不安の中でも、笑顔に前向きに、大丈夫」こんな言葉をこの1年を乗り越えて、1年前の不安でいっぱいの私に届けたいです。そして、いつかまた社会が不自由や不安に襲われたなら、子ども達にこの1年の話を伝えたいと思います。

 1年を振り返る機会を与えてくださった玉置先生、ありがとうございます。自分の中でもまた、この1年のアウトプットができたように思います。こうしてまた次の1年はどうしたいか、どういった自分でありたいか、明確な目標を見出せます。7期生のみんな、3年生頑張りましょう!!!ゼミが楽しみで楽しみで仕方ありません!!!(下野)

2021年3月24日仕事日記

 朝から夕方まで明治図書「通知表の書き方&所見文例集」(各学年)の校正作業。最後の3年生校正紙を夕方に投函。深夜は「はじめに」を書いて、ようやく脱稿。

 12時45分ごろ、ネット回線を変更するための宅内工事業者さんが訪問。開通は5月上旬とのこと。期待しつつ、現状でもよかったという気持ちもあって複雑。

 16時に中日新聞から電話取材を受ける。大阪市での「心の天気」「学びの天気」の実践を取材を終えての僕への取材。30分ほど、ここのところ得た知見をあれこれ話す。

 明日はぎょうせいから依頼を受けた1回目の原稿締め切り。段取りだけして横になる。もう明け方(泣)。自分が悪いのだけどね(汗)。

 研究室HP記事は、コロナ禍の1年シリーズ。6期生・松浦さんが発信。コロナ禍である学生がどのように1年を振り返っているか、他のゼミ生から届いている原稿を読んでいると、とても意味あるシリーズだと実感。しばらく続きます。皆様、ぜひご一読を。

私のコロナ禍の一年 (松浦)

 こんにちは!6期生の松浦です。今回はこの1年間を通して、私が感じたことを記事にしたいと思います。

 新型コロナウイルスの影響で、この1年間は本当に窮屈で不自由な生活であったと思います。会いたい人と簡単には会えない辛さや大きな声で笑い合うことができない悲しさを強く感じました。

 しかし、それと同じくらい今まで当たり前だと思っていたことの有り難さに気付くことができました。今日も自分や家族が健康な体で生きていられること、友達と連絡が取れること、大学での授業を受けられること、何気ない日常がかけがえのないものであることを実感できました。

 そして、最近は新しい趣味ができました。それは読書です。ずっと読書に対して苦手意識があり、なかなか手をつけることがなかったのですが、卒業論文もあり、本を読むようになりました。読み始めてみると、自分が知らなかったことがたくさん知れたり、出会うことがなかった感覚に陥ったりすることがあり、読書の楽しさに気付きました。これからも少しずつ、自分のペースで本を読んでいきたいです。

 4月からのゼミは対面で行う予定です。先日、玉置先生の研究室を訪れた際には「やはりこのような何気ない雑談が一番大切だ」という話を先生としました。相手の顔を見ながら、直接話をすることは、人間にとって欠かせないことのような気がします。私は人と話すことがとても好きなので、尚更そう思います。対面ゼミの利点を最大限に活かせるように、玉置先生と6期生みんなで一緒に、頑張っていきたいです!(松浦)

※写真は林文通先生から提供していただきました(玉置)。
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65万アクセス突破!

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 本日(2021年3月24日)、この研究室HPへのアクセス数が65万を突破しました!

 いつも訪問していただきありがとうございます。

 2015年4月20日がHP発信開始日ですので、2165日目に65万に達しました。1日平均300アクセスとなります。

 これからもどうぞよろしくお願いします。(玉置)

2021年3月23日仕事日記

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 いつもの喫茶店でモーニング。追い込まれていることがいくつかあって、落ち着かず(泣)。

 9時30分、味岡小学校へ。無理をいって校長、教務主任、情報教育研究主任に時間をいただき、GIGAスクール構想実現のための味岡小学校の取り組みをインタビュー。ここのところ、いろいろな場面で質問を受けることをお聞きして、今後の参考とする。1時間弱のヒアリングだったが、実に貴重な情報を得ることができた。3人の皆さんに深謝。

 大学へ向かう。研究室に入り、いつものルーティン。しばし休憩。実践研究論文表彰式で、選考経過報告をしなければならないので改めて論文を読み、表彰基準と照らし合わせてポイント整理。

 13時に福田先生が来研。フレンドシップのこと。十分に話し合うことができず、15時から再びしましょう、とお約束。

 13時30分、「岐阜聖徳学園大学教育実践科学研究センター紀要第20号における教育実践研究奨励賞表彰式」。表彰対象者は一宮市立浅井中学校の山田貞二先生。道徳教育を軸にしたカリキュラム・マネジメントの実践が秀逸で、表彰基準に達した論文。学長から賞状授与のあと、僕が10分間ほどで講評。そして記念撮影。

 終了後は懇談会。良い機会と思い、山田先生の学校経営を僕なりに紹介して話題提供。学校ホームページの在り方から、我が研究室HPをPRするという、いかにも策略したような展開(笑)。

 15時から福田先生と再び懇談。僕なりの見解を述べて了解を得る。二人ともベースにしたのは学生のこと。意欲的に取り組もうとしている学生を支援したいという気持ち。そのために来年度は移行期間であることを確認。

 15時45分ごろ、5期生・酒井さん来研。近況報告を受けて四方山話。16時に看護学部の山下さん来研。山下さんは前期生徒指導論を受けてくれた学生。嬉しいことにその生徒指導論がとても勉強になったとのこと。生徒指導論を受けるために、もう一度3年生前期をやってもいいとまで言ってくれた。大感激。

 17時前に実習課へ向かうが、途中で課長さんと出会う。福田先生との話し合いの内容を報告して、課長さんに私からのお願い。了解を得て、次のステップに進むための留意事項は確認。そのまま研究室に戻り、精魂尽き果てた感じで、片付けをして大学を出る。

 帰宅。校正〆切日が意識になかったことを確認メールで自覚して、家内が赤を入れてくれた箇所を中心に必死に校正。明日の朝には1年生、2年生分は投函できる目処がついて、いつのまにか記憶なし。いつもの反省だが、予想外のことがいろいろと入ってくるので、スケジュールには余裕が必要ということ。今回も深く反省。

 研究室HP記事は、6期生・7期生に課した「コロナ禍の私の1年」という記事。第1号は6期生の池戸君の記事を発信。この1年、ある大学生がどのような1年だったかを語ります。ぜひご一読を。

私のコロナ禍の一年(6期生 池戸)

 こんにちは!玉置ゼミ6期生の池戸です!もうすぐ新学期が始まる時期ですが、こんな時期だからこそ、コロナ禍に見舞われた令和2年度を振り返っていきたいと思います。
 
 この一年間は私にとって空白の一年になりました。私は2年間、サークル活動に打ち込み、大学生活のほとんどを費やしてきました。そして自分も3年生となり主体となって進めていくはずだった一年。年に数え切れない程あったはずの披露の機会は2020年1月の25日を最後に全て失われました。披露の機会が失われるだけでなく、練習の機会も奪われ、サークルのメンバーと顔を合わせることも少なくなりました。そんな逆境の中でもなんとか練習はできないか、なんとか披露することはできないかと模索し続ける一年にもなったと思います。
 
 この1年間は自分にこの「逆境に挑み続ける」ということを経験させてくれた一年になったと言えます。コロナ禍が終わってもまた、予測困難な事態に巻き込まれ、当たり前だったことが当たり前にできなくなる時が来るかもしれません。そんな時のために当たり前にできていることに感謝すること。大切にすること。そんな時でも生きていける力強さを身につけることをこれからも意識していこうと思わせてくれた一年になりました。(池戸)

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2021年3月22日仕事日記

 例によって原稿書きから開始。

 10時から16時まで、1時間30分の休憩を入れて、授業と学び研究所会議。午前はEDUCOM新任研修の内容について。午後はEDUCOMフォーラムについて。いずれも様々な意見が出て、調整、それなりの着地を図りながらの展開。終了後、内田さんと吉岡さんとそれぞれ相談。

 18時45分に迎えをいただいた味大へ。とてもお世話になった田頭さんと清水さんを招待しての食事会。おいしい料理を堪能していただけたと思う。ここだから言える話が満載(笑)。

 研究室HP記事は、3月9日の春日井市立南城中学校での現職教育の学び及び記録を下野さんがしっかりまとめてくれた。特に記録は秀逸。ぜひお読みいただきたい。道徳授業力のための貴重な資料となったと思っている。

春日井市立南城中学校での僕の模擬授業記録。

3月9日 春日井市立南城中学校での学び(下野)

 こんにちは、7期生の下野です!3月9日に、春日井市立南城中学校にて玉置先生の「いのちの授業」を拝見させていただきました。

 「いのちの授業」と聞くと、やはり「死」を題材にした授業展開を想像します。しかし、今回の「いのちの授業」では、「生」と「死」が題材とされています。

 小児がんによって亡くなってしまったケイコちゃんと小児がんを克服したマイさん。2人に共通することは、「今を生きること」だと私は考えました。

 「過去」「未来」そして、「今」。私は何を大切にしているのだろうと思うと、欲張って全てを大切にしようとしていました。その結果、「過去」に囚われ、「在るべきだと思い込んでいた未来」に縛られ、「今」を蔑ろにしていたような気がします。もちろん、「過去」も大切です。「未来」に希望や理想を抱くことも重要です。しかし、今回の授業を経て、「今」をもっともっと大切にしたいと思いました。「今」という時間は、もう二度と返ってくることない「今」です。「今」は「今」しかないのだから、昨日より笑って、昨日より一生懸命に生きていられたなら、素敵なことだと思います。そんなことをケイコちゃんとマイさんから学びました。

 玉置先生は模擬授業にて、『授業は、布石の連続である』とおっしゃりました。玉置先生の打つ布石に、私はまんまとはまっています。教材研究を得られる教師は、子どもに「布石を打つ」ことができます。そんな布石を飛び越える子どももいるでしょう。それもそれで一興です。子どもにさらなる打つ手を託してみればいい。その繰り返しが子どもと作る授業なのだろうと思います。

 今回の模擬授業では、「いのちの授業」にて行う配慮や授業ポイント、そしてそれ他の授業にも適応できる授業テクニックが盛り込まれていました。先日、お伺いした一宮市立今伊勢小学校での学びがさらに深まる箇所、新しく知った知識。今回もまた深い学びを得ることができました。

 春日井市立南城中学校の堤校長先生をはじめ、南城中学校の先生方、またこのような機会をいつも与えてくださる玉置先生本当にありがとうございました。(下野)

★このときの私(玉置)の先生方への模擬授業記録(授業技術紹介等含む)を下野さんがまとめてくれました。とてもよくまとまっています。こちらもぜひ一読を。大いに参考になります。

※写真は林文通先生から提供していただきました。(玉置)
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