頑張れないの意味(下野)

こんにちは、7期生の下野です。
6月ももう半ば。1年の内もう半分が過ぎ去っていることにびっくりします。1年ってこんなにも早く過ぎていくものだったかな?と思いながら毎日を過ごしていると、今度はあっという間に「もう12月です。」と記事を綴っていそうな予感です。

さて、私は先日アルバイト先の後輩から
「なんで下野さんはそんなに頑張れるんですか?」と聞かれました。
きっと後輩からすると、私は寝る間を惜しんで色んなことをやっている変な存在なのでしょう。以前には「下野さんには、AIか何かが搭載されているんですか?」と完全に変人扱いをされています(笑)

頑張っているつもりはあまりないのですが、やはり変人扱い(笑)でも、そう言ってもらえると嬉しいもの。

「なぜ頑張れるのか」その質問に私は「頑張れなかったからだよ。」と答えました。
後輩は、もうチンプンカンプンといった顔をしています。
「頑張れないって、頑張ることよりもしんどいんだよ。逆に頑張るって、頑張れないよりすごく楽なんだよ。」と続けると、後輩の目が変わりました。納得する節があったのでしょうか、「なるほど〜」と言いながら後輩は業務に戻りました。

私には、頑張れない時がありました。どうやっても頑張れない。一人取り残されていくようなしんどさは、もう二度と味わいたくないとも思います。しかし一方で、頑張れない辛さ・しんどさを経験して良かったと思う気持ちもあります。経験したからこそ分かること、見た景色、感じた香りが今の私を作っています。

頑張れない時、人間は怠けているのではありません。戦っているのです。
なんとかして、頑張れない自分を変えようと、変わりたいと戦っています。
しかし厄介なことに、しんどさに押しつぶされそうになっていっぱいいっぱいの時、戦っていることを本人は気付いていません。
頑張れないことに目がいってしまうのです。本当はそうではないのに。もう充分戦って頑張っているのに。


教壇に立った時、「人生には、頑張れていないと感じる時がやってくるかもしれない。でもそんな時どうか自分を責めないで欲しい」と子どもたちに伝えたいです。
生きているだけで、頑張っているのです。誰も怠けてなんかいません。「頑張れない」と感じてしまうことは「戦っている証拠」なのだと私は自分の人生を通して子どもたちに伝えます。そしてそのエールが子ども達に届いたのなら、私が教壇に立つ意味がまた一つ成されるような気がするのです。

(下野)
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