【拙稿紹介】困ったら回せ!

 月刊誌PHPに「校長の快談」と題して連載をしていました。今回のその中から、拙稿「感動の「困ったら回せ」という言葉」を紹介します。

 中学校に勤めていたときには、バレーボール部の顧問をしていました。ある年度のチームは、それまで指導をしてきた生徒達と比較すると、小さな体格な者が多く、これまでのように強いチームになることは難しいと思っていました。

 ただし、一人だけ立派な体格で、中学生とは思えないほどのジャンプ力を持ったA君がいました。したがって、この年度のチームは、このA君の攻撃力に頼るしかありませんでした。勝つための作戦はただ一つ。「困ったら、Aに回せ」というものでした。

 A君は、その当時としては珍しく、バックアタックを打つことができる選手でしたので、とにかくセカンドボールを高く上げて、彼に決めてもらおうという、実に単純な作戦です。
 
 彼は、高く上がったボールをコート後方からも、切れの良いアタックで相手コートに沈め、見事に期待に応えてくれるのです。
 
 A君の活躍のおかげで、その年度のチームも、市内大会優勝という伝統を守ることができました。名実ともに、A君はチームにとってなくてはならない選手でした。
 
 ところが、彼は勉強が大の苦手で、教室ではじっとしていることがなかなかできませんでした。授業中には、何かにつけて教師から注意を受けることが多く、職員室では、
「A君の指導は難しい。注意しても、素直に聞かない。高校に行かないから勉強は必要ないと言っている」
といった報告がされるほどでした。いわゆる問題生徒だったのです。

 しかし、バレーボール部では、A君は自分がチームの大黒柱であると自覚しています。また、自分をそのような存在にしてくれた私への恩義を感じていたのでしょう。部内では、とても素直で意欲的な選手でした。

 私が大学教授になったときに、このA君がお祝い会を開いてくれました。A君は、
「私がバレーボール部員だったときに、先生はどのような作戦を立てていたかを覚えておられますか」
と尋ねました。
「勝つためには、君に頼るしかなかったので、『困ったら、Aに回せ』と言っていたね」
と応答したときに、土建業の社長をしているA君が誇らしげに名刺を見せてくれました。その名刺には、

「困ったら、Aに回してください」

と書かれてあったのです。感動で、体が震えたことを覚えています。教師冥利に尽きる言葉でした。

※写真は記事とは関係がありません。30数年追いかけ続けている野口芳宏先生と開催している「教育と笑いの会」からのワンショットです。
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