8月25日 真打会に参加しての学び(高橋、二宮)

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 こんにちは!4期生の高橋です。先日、教員採用試験を終え、開放感と、応援してくださった皆さん、一緒に頑張ってきた仲間に感謝の気持ちでいっぱいです!次は、残りの大学生活を充実させることを頑張りたいです!

 8月25日に行われた、第2回真打会に参加させていただきました。私は、白井先生の道徳の授業、「きんのおの」を見させていただいての学びを書いていきたいと思います。

 白井先生の授業から学んだことは、あらゆる場面でかけられる、子供たちへの言葉がけです。

 例えば、指名した子供が発言できず、困っている場面では、「となりの人お助けできますか」と子供同士を繋げていたり、また、子供の姿を見て、「頷いてくれてる子いるね」、「悩みながら手を挙げてるね」「首振ってる子いるね」というような、ちょっとした声かけを重ねられていました。

 授業に参加しているからこそできる反応を見つけて、たくさん価値づけていくことで、全員が参加しなきゃ、と授業に集中できるようになるのではないかと思いました。

 私は、そのように授業中に子供たちに言葉をかけることがなかなか出来ませんでした。どんな姿を褒めればよいのか、どのように子供たちを繋げていけばよいのかを、白井先生の姿から学ぶことができました。

 また、授業後の玉置先生と和田先生のお話からは、いけないことだと分かっていながらも、嘘をついてしまう時の気持ちや、その弱さに寄り添いながら「正直に言うこと」の価値に気づかせていくことが大切だと学びました。その時に、今後に結びつけることが必要だと言うことで、嘘をついたきこりがこの後どうしたらよいのか、まで考えさせることもできるそうです。

 子供たちにとって、「嘘をつく」ということは誰もが一度は経験したことがあるであろう、「良くないこと」です。良くないことはやらない、というのも、もちろん大切ですが、それでも嘘をついてしまったときに、どうすればいいのかまで考えることが、自分の心の弱さと向き合うことに繋がるのではないかと思いました。

 白井先生の授業を見させていただき、わたしもあんな風に落ち着いて、温かい雰囲気で授業ができる先生になりたいな、と思いました。たくさんのことを学ばせていただきました。このような機会を与えてくださった玉置先生、白井先生、関係者の皆さん、本当にありがとうございました。(高橋)

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 こんにちは!実習がいよいよ来週からでちょっとずついいエンジンがかかってきました。5期生の二宮です。今回は8月25日の真打会から学んだことについて書きたいと思います。

 今回、私は算数の授業で児童役をさせていただきました。やってみた感想としては、昨年の真打会よりかは上手くできたと思いました。その年齢になりきり、どんな発言や動作をするか考えながらいることはとても難しいものでしたが数を積んで力をつけていきたいです。

 そして、岩月先生の授業から学んだことは「居心地良く、雰囲気良く」というものです。授業を受けていて「頑張ろう」と思えるような笑顔や声かけ、そして机間巡視で1人でも多くの子どもを見て短くはっきり褒める、といった細部まで気を配ることで子どもたちは気持ちよく授業が受けられるということを実感しました。

 授業後に和田先生が話されたことから2点学びました。1点目は「挿絵を使って考えさせていく」ということです。それは数図ブロックで視覚化はしていくものの、教科書の場面を活かして子どもたちに考えさせるものでした。

 私は教材研究をしている時に、似たような展開を考えていたので少し嬉しく感じました。それでもプロの考え方はすごく、自分の展開で納得いかなかったところがスッキリするものでした。なので似たところは素直に自分の自信にしてより良い授業を考えていこうと思いました。そして2点目は「待つ」ということです。これは子どもの発言に飛びつくのではなく、ギリギリまで待って他の子どもに補完させるというものです。教科書に式と書いてあるからと言って、「じゃあ式は?」と考え方を絞らせないことが大切だと感じました。和田先生のおっしゃった「待てる教師はできる。」というものを1つの理想像にしたいと思います。

 小学校1年生用の教材研究は今回初めてしましたが、自分たちが当たり前だと思っていることを当たり前だと思っていない子どもたちへ伝えることがどれだけ難しいかということを実感しました。それでも自分なりに考えて挑戦することを楽しく感じられたので、この気持ちを維持して実習に臨みます。玉置先生、前座会、真打会の先生方、ありがとうございました。(二宮)

感謝って難しいねぇ(中澤)

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 こんにちは!四期生の中澤佑太です。今回は、『感謝って難しい』ということについて書いていきたいと思います。

 「感謝って難しい。」皆さんも一度はそう思ったことがあると思います。よくある会話に、「感謝の言葉を伝えているだけ。」「丁寧に感謝や謝罪をしても相手に伝わらない。」「心をこめる、誠意をみせるってどういうこと!?」というものがあると思います。

 感謝は自分だけでは完結しない。相手がいてはじめて成立する。そのため私たちは、感謝や謝罪がうまく行かないときに、「今精一杯のことをしたから、気持ちを切り替えて明日からの行動で示そう。」と考えます。人によっては相手の虫の居所が悪かったと考えることもあります。勿論その考え方に間違いはありません。

 私は感謝とは、

1自分の気持ち(理由や結果)
2感謝や謝罪の気持ちを伝えている自分の言葉や姿が相手にどう見えているかを考える客観視
3相手がどのような人間(どのような人生を歩んできた結果どう物事を考えるか)かを考える相手理解

 この三つを考えなければ高度な技術だと考えに至りました。1だけだと思い上がりになり、3があると相手は、「この人は私のことを考えている」と認識してもらうことができます。

 勿論難しいことです。しかし、この三つが必要だと理解しているだけで意識が変わり、少なからず言動に影響が出て、感謝や謝罪に心が入ると私は思います。

 子どもたちに感謝の仕方を教えるときに、相手の目をみる、言葉をはっきり伝えるなどの行動だけでなく、上記したような心のもちかたも伝えることが大事だと私は考えました。

 感謝って難しい。しかし、しなければならないという考え方でなく、できるようになると生きやすくなり、人との繋がりがやみつきになる、という考え方で私はこれからも磨いていきたいと考えています。お読みありがとうございます。(中澤)

8月25日真打会での学び(安部・古川)

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 こんにちは。4期生の安部と古川です。真打会で学んだことを書きたいと思います!

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 こんにちは。4期生の安部です。私からは道徳の授業で学んだことを書かせていただきます。今回は1年生対象で「きんのおの」という教材でした。まず、白井さんが授業をされる前に、ゼミ生同士で教材研究をしました。どのようにしたら「しょうじきなこころ」が1年生にすんなり落ちるのかとても頭を悩ませました。

 その後、白井さんの授業を見させていただきましたが、内容はもちろん、先生としての立ち振る舞いからも多くのことを学ばさせていただきました。例えば、良い子どもの行動をさらっと自然に褒めるところや、一人の子どもの発言をつなげて「正直ってどういう意味か〇〇さん分かる?」と他の子どもにつなげて、全体に意見が広がるように行っている意図的指名も素晴らしいなと思いました。私も現場に出て2年後、3年後、あんな風に素晴らしい先生になりたいなと思いました!

 また、授業後の和田先生の助言からも多くのことを学びました。一番印象的だったのが、「自分の弱いところがしっかり出せるように」という言葉です。今日の教材でいえば「うそをついてしまうのはどんな時か、またその時、どんな気持ちになったのか」を子どもたち一人一人にじっくり考えさせ、子ども同士で交流させることで、うそをついてしまう自分を自覚できるそうです。さらに、うそをつくことが自分にもあるということを自覚することで、「正直になることや本当のことを言う難しさ」というのを実感することができ、「うそをつかないのは難しいけれど、これからはうそをつかないようにしたい」という最終的に子どもになってほしい姿につながるのだなということを学びました。

 道徳はやはり、「いかに自分ごととして捉え、自分を見つめられるか」だと思います。しかし、教師として一人一人の子どもをそこまで導くのかが難しいのだと思います。学年によっても、それぞれの子どもの経験値や性格によっても道徳的価値を感じる度合いというのは異なるからです。道徳の授業の正解はまだまだ見つかりませんが、これからもたくさん色んな道徳の授業を見させていただき、自分の引き出しを増やしていきたいと思います。

 今日もここには書ききれないほど多くの学びを得ることができました。玉置先生を初め、関係者の皆様、ありがとうございました。(安部)


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 こんにちは、5期生の古川瑛理です。今回は8月25日に行われた真打会から得た学びについて書かせて頂きます。今回、私は算数の模擬授業の生徒役として参加させて頂きました。

 まず第1に授業を受けていて感じたのは、とても活動しやすく頑張りたいと思える環境であったということについてです。20分という短い時間にも関わらず、先生は1人ひとりに多くの声掛けをしていました。また机間指導の際にもただすごいねと褒めるだけではなく、一歩踏み込んで「どうしてこう考えたの?」と考え方を聞き、しっかり受け止めた上で褒めてくれました。ただ褒めるだけではなく、褒め方、声の掛け方が重要で、それが子どものやる気に直結するのだと考えさせられました。

 そしてその後の全体での発表の際、机間指導で話した子どもの発言を活かし、意図的指名で授業を進行していました。臨機応変に子どもの意見どのタイミングで引き出し、どう組み合わせ、進行していくと理解がしやすいのかを考え、意図を持ち子どもからの意見を引き出している様子をみて、素晴らしさを感じるとともに授業を展開していく難しさ、大変さも感じさせられました。また教員が付け加えを我慢し子どもの発言、呟きを引き出し活用していくことも授業づくりで重要だと学びました。

 第2に子どもに集中をさせる技術的についてです。授業の導入で用いたフラッシュカードをテンポ良く子どもに全体で列ごとなど違うくくりで答えさせる、スピードを上げていくことでどんどん授業に引き込んでいくことができるということや問題文を読む際に全てをそのまま読ませるのではなく、一部を手で隠したり、しっかり見なきゃと子どもに思わず思わせる様な工夫がいくつかありました。どうしたら、子どもが授業に参加したくなるのか、こっちを向きたくなるのかを常に考えて授業づくりに励まなければならないのだと考えさせられました。自分自身の9月から始まる教育実習の際にも子どもを引きつけられる様に努力をしたいと思います。

 最後にこのような学びの場を与えてくださった玉置先生をはじめ、真打会、前座会の先生方、貴重なお時間を頂き、本当にありがとうございました。(古川)

夏休みのボランティア活動で感じたこと(古川)

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 こんにちは、5期生の古川瑛理です!

 私は夏休みの間にaichikaraという団体が行うキャンプに参加してきました。このキャンプは震災などで被害を受け、なかなか普段思い切り遊ぶことができていない子ども達が自然の中で思い切り遊べる、リフレッシュすることを目的としています。今回はその時に学んだこと、教育実習に生かしたいと感じたことを書かせて頂きます。

 まず感じたのは、伝えることの難しさです。参加者の子どもが50人を超えていたということもあり、何か1つを子どもの前に立ち、漏れのないように伝える、それだけでも本当に大変でした。どうしたら注目してもらえるのか、集中して聞いてもらえるのか、とても考えさせられました。話を聞ける環境を整えたり、声のトーンを変えてみたりなど他のスタッフを見ながら、沢山勉強させてもらいました。そして子どもと仲良くなること、信頼関係を築くことも1つの大切な方法なのだと強く感じさせられました。子どももちゃんと考えて行動しています。同じ内容を伝えるにしてもこの人の話は重要か、聞いていた方がいいのかどうか良くも悪くも判断ができてしまいます。技術はもちろん大切です。

 しかし私は正直勉強段階でほとんど技術は持っていません。そんな私にできる手段として子どもに頼ること、助けてもらうことも1つの手なのだと自分自身、前に立った際に仲良くなった子どもが周りに声を掛けてくれている様子をみたりする中で実感させられました。教育実習を終えた多くの先輩からも子どもと沢山関わって、仲良くなった方が絶対に良い!とお話をもらいました。今回の経験、先輩からのお話からも教育実習の際は子どもにこれまでの実習以上に積極的に関わりたいです。

 次に一人一人の個性に寄り添うことに関してです。どうしたら様々な個性を大切にしつつ、どの子も集団生活を共に気持ち良く過ごせるのか、またそのためにできるスタッフのサポートは何なのか、この点についてもとても悩まされました。キャンプの事前準備では、経験ある方から、「どの子どもも、できないからできるようにするために、どのように対処したらいいのかが分からない、自分が何で悩んでいるか自体が分からなくなり、こころがもやもやしてしまうことが多い」ということを教えて頂きました。こころは見ることができません。いかにして状況や普段の様子から想像し読み取るか、寄り添いながら子どもから引き出したり、サポートしたりするのかが重要であるということや、一人一人子どもは違う、そのため対処方法も千差万別であると痛感させられました。

 最後に情報共有についてです。スタッフ(大人)同士が共有できていないと子どもを不安な思い、混乱させてしまうことを改めて感じさせられました。何度も情報を変更したり、様々な情報が飛び交う状況も同じく混乱を招きます。その状況を防ぐためにも自分自身の中で何が大切で共有しなければならないことなのかを整理してから情報発信をすること、共有すべき人は誰なのかを考えることなどが必要となります。

 自分一人で整理ができないとき、他のスタッフからの情報や考えを聞くことで自分一人では思いつかなかった改善策にも多く気付くことができました。情報共有ができていないと防げた事故まで起こってしまうこともあります。報連相を忘れないという意識、そして困ったときに相談できる人を作っておくことも重要であると考えさせられました。

 今回、準備段階から関わり、子どもと11日間、密に触れ合うことで本当に貴重な体験をさせて頂きました。多くの学びを得るとともに自分自身、子どもが好きだな、教員を目指したいなと改めて感じることができました。今年は冬にもキャンプを行うと予定ということで子ども達とも「そこでまた会おうね。」と約束をしました。冬にもまたキャンプに関われたら嬉しいです。最後にこのような貴重な体験をする機会を与えて下さったaichikaraのスタッフ、参加者、支援者の皆様ありがとうございました。(古川)

 aichikaraのホームページです。気になる方は良かったら見てみて下さい。https://www.step-aichikara.com/

『超能力』(中澤)

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 こんにちは!四期生の中澤佑太です。四期生の教員採用試験が終わり、各々9月をどう過ごすか、達成感に道溢れた笑顔で考えていると思います。私は9月から3月にかけて、如何に四期生と過ごすたくさんの思い出を作れるか考えながら、記事を書く日々を過ごすと思います。

 今回は『超能力』というテーマで書いていきたいと思います。

 今、どういうことだろう?と思われた皆さんに伺います。人間には超能力があると思いますか?様々な意見、解釈があると思います。

 例えば「魔法、エスパー」と呼ばれる概念は、にわかに信じられないと思います。一方国語的には、「以心伝心、火事場の馬鹿力」という言葉があり、これを超能力と考えると、超能力の存在を肯定しています。

 さて、私は人間には超能力があると思います。それは、『何かを選択、決断するときに必ずその人にとって正しい方を選んでしまう』という超能力です。

 私たちは生きている限り、常に何かを選択しながら前に進んでいます。その時に自信をもっていたり、恐る恐る選んだり、直感で選んだり、衝動的に選んだり、他者に依存して選んだりすると思います。それ、実は見えない力に導かれているのでは?選ぶときの心情はその人次第ですので。

 時に人は、間違えた方を選んだと思い、後悔したり、途方にくれたりします。ところが不思議なことにある程度時間が過ぎて振り返ってみると、あのときに間違えたから今の幸せがあると気づきます。 気づくことができるのもその人次第だからおもしろいです。

 選んだことを正しい間違いと決めつけたり思い込んだりするのはその人の力であって、本当に正しいのか間違っているのかは誰にもわからない。それを人は超能力と呼ぶのではなかろうか。

 私は思います。「この道を選んで失敗した!しまった向こうへ行っていたら〜」と思うのは間違いです。「この道を選んで失敗したなら、この道だから失敗ですんだんだ。向こうへ行ってたら大失敗をしてたんだって笑」だから心を取り乱す必要はない。

 私自身この考えは、ずいぶん前からもっていて間違ってはいないと思いますが、何度も理想論と考えてきましたが、最近理想論でなく、人の道理だと納得することができました。皆さんは、どう思いますか。

 私は、育ってきた家庭環境上、人間哲学、人の道理を考えることをたくさんしてきました。しかし、それを正しく言語化したり、相手に伝える力がなかったため、頭にあるだけでした。ようやくその力がついたため、今後も不定期にこのような記事を書いていきたいと思います。気に入ったものがあればぜひ、子どもたちに伝えてみていただけたら幸いです。お読みありがとうございます。(中澤)

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