裏・教師力アップセミナー2(寺坂)

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 教師力アップセミナーの度に、1期生との差を感じます。講師の方への質問の時間でサッと手を挙げることができるのが1期生。お互いを窺い合うのが2期生です。「あの場面で、手を挙げることができるようにならなければいけない」と思ってはいるのですが、なかなか難しい。なんて、重い内容からですが、今回もセミナーの後に裏・教師力アップセミナーをやらせて頂きました。今回のお相手は、大西先生です。
 
 セミナーで後半話題に上がったヒドゥン・カリキュラムで私の疑問に答えていただきました。その疑問とは「教師はどこまでそれを意識して行動したらいいのか。」というものです。考えて見ると、学校現場において、教師が行うひとつひとつの行動に、ヒドゥン・カリキュラムは存在しています。教師の無意識の中で、子どもたちは暗黙の了解として何かを感じ取っているのです。裏を返せば、常に行動に明確な意図を持ち続けなくてはいけないと言えると思います。そんなことをしていたら教師がしんどいのではないか。わたしは率直にそう感じました。しかし、大西さんは、「子供がこんな風に育って欲しいという願いでいい。」と。短いですが深みのあるお言葉を頂きました。特に、「願い」という言葉にとても惹かれました。私が悩んでいたのは、あくまで「教師として」の目線でした。大切なのは、子どもにとっての立場をとることなのだと、見失っていた部分を改めて感じさせられました。
 
 そして、私は、ヒドゥン・カリキュラムを意図的に組み込むのであれば、教師→子供ではなく子供→子供で、良い姿を学びあえる学習の場を設けることが大切なのかなと思いました。それが本当の教師の意図したいヒドゥン・カリキュラムであると思います。

 さらに、授業の見方についても教えていただきました。私の研究テーマは「主体的な学び」についてなのですが、子供からの主体性を感じる為には、手を挙げている子ではなくその周りの子を見るそうです。「手を挙げている子が学ぼうとしているのになんで違う方を見るの?」素直にそう思いました。大西さんは「学ぼうとしていない子が鉛筆を握った瞬間、そこが主体性を引き出せた瞬間だ」と説明してくれました。そのとき、教師はどんな働きをしたのか、そこを見ることで自分の力に落とせるということです。これで、これから子どもたちが自ら主体性を発揮する瞬間を見逃すことはないと思います。また、授業を多方面から捉える力を付けることができました。

 セミナー終わりでお疲れのところだったとは思いますが、とても丁寧に教えていただきありがとうございました。これからも一歩一歩謙虚に成長していきます。(寺坂)
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