10月27日犬山中学校公開授業での学び(葛山)

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 こんにちは!準ゼミ生の葛山です。10月27日に犬山市立犬山中学校で行われた公開授業に特別に参加させていただきました。この日の学びを書いていきます。

 犬山中学校では子どもたちの「変容」を看取っていくことを重要視されていました。子どもたちが「変容」していくためにどんな工夫をするのか、またそれを看取るとはどういうことか、公開授業の説明の時から疑問と期待が膨らんでいました。「変容」とはその以前と以後で子どもの考え方や行動が変わっていることを表します。今回は、その「変容」についての学びがありました

 二つ見た授業の中で、最初に見たのは三年生の道徳の授業でした。生命を尊重するとはどういうことかというテーマを、臓器移植の話・実際のドナー提供者の動画等から考えていくという内容でした。

 私の学びは「『変容』のためには周りの人がどんな考えであるかを知る場を作ることが必要である」ということです。これは、ただ交流の場を設けてしまえば終わりということではありません。この授業内では、個人→ペア、ペア、全体という様々な話し合いの形式をとっていました。私が個人的に参考にしたいと思ったのは、全体で発表している合間にペアでの話し合いを入れ込むということです。

 子どもたちが新しく深い考えに「変容」していくためには、周りの人がどんな考えであるかを知ることが基盤になります。人の考えなしでは変容はありえないからです。この授業内では「変容」していない生徒もいましたが、「揺さぶられた」生徒は大勢いたように思います。それは、みんなの意見を自分の意見と照らし合わせた結果なのではないでしょうか。この授業を見て私は、全体に共有した意見についてペアで短く話し合う時間を設けることによって、テンポよく「変容」の順序が踏めるのだと感じました。

 最後に、今回の私の学びである「『変容』のためには周りの人がどんな考えであるかを知る場を作ることが必要である」に関連して、二つ目に見た国語の公開授業の反省の中で、ある先生がこんな言葉をおっしゃいました。

「何がどう変わったのかをどの瞬間で看取るのか」

 私は授業においてこの言葉を意識することがとても大切だと思いました。私なりに解釈すると、「子どもたちの何がどう変わったのかをどんな場面を設定して看取るのか」ということです。子どもたちの考えが「変容」していくためには、自分と同じ考え、自分と違う考え、自分と少し違う考えなど、様々な考えに触れる必要があります。また考えに触れた後、再思考する時間も必要です。私が見た道徳の授業では、考えに触れる機会と、再思考の時間がテンポよく生み出されていました。

 今回見た道徳の授業は「何がどう変わったのかをどの瞬間で看取るのか」ということを事前に考えられた授業だと思い、来年、自分もこの言葉を意識して授業を作っていきたいと思いました。

 このような経験ができたのは、犬山中学校の先生方、生徒の皆様、玉置先生、一緒に参加した玉置ゼミ生など、色んな人々のおかげです。貴重な経験をありがとうございました。(葛山)

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