教師力アップセミナー(横山浩之先生)に参加して<お母さん編>

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 教師力アップセミナー(横山浩之先生)へ参加しているのは、教員や学生ばかりではありません。お母さんも参加されておられます。

 すでに本学の学生二人が、先日の横山浩之先生の講演を聞いての学びを発信していますが、母親の立場からの学びを記録された斎藤早苗さん(前小牧中学校PTA会長)のメモをいただきました。

 同じ講演を聞いても、立場の違いによって、とらえ方がこんなに違うものだと、とりわけゼミ生に知らせたく思い、斎藤さんに掲載許可をいただきました。ぜひじっくり読んでみてください。

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●母性と父性

「母性」も「父性」も、本能ではなくて、親になったら自然に生まれてくる、というものではないのですね。
横山先生がおっしゃったのは、「『母性』は子どもとの相互作用で育まれます。『父性』は母と子の関係性を見て育まれます」ということでした。

これは、お母さんの実感としても、共感できるなと思います。
子どもが生まれた途端、「夫婦」は「両親」になるわけですが、いきなり「お父さん」「お母さん」にはなれないですよ。
やっぱり、毎日毎日24時間、「この子を死なさないように」と必死で、子どもとどっぷり付き合っていくうちに、だんだん「お母さん」になっていったように思います。
で、「お父さん」は、そうやって奮闘する「お母さん」と「子ども」を見ていて、「この人たちを守らなければ」という思いがわいてくるのかなと。(これは私にはわからないけど・・・お父さんじゃないからね・笑)

横山先生のお話からも「子育ては、親育て」だな〜ということを、改めて感じました。
ほんとに必死でやってきたけど、ずいぶんと子どものおかげで育ててもらえたなと感謝しています。


●愛着形成は「赤ちゃん期」が勝負

横山先生がおっしゃっていた愛着形成の定義は「人を無条件に信用する能力」ということでした。
これは、「人に信用される能力と同じこと」だそうで、まとめると「人を信用し、人から信用される能力」ということでしょうか。
「無条件に信用できる」環境というのは、ふつうは家庭や家族ということになりますね。
家庭が安心できる場所であることの大切さを考えさせられるお話でした。

また「愛着形成には0歳児の保育が重要だ」というお話もありました。
言葉がわからない赤ちゃんでも、親の感情を読み取ることはできるのだそうです。
ですから、赤ちゃんに笑顔で話しかけましょう、とよく言われるのですね。
危険なことを「ダメ!」と教えることも大切です。0歳児でも、「禁止」されているということはわかるそうです。

例えば小学生でも、愛着形成ができていなくてトラブルになる子への対応には、赤ちゃん期まで戻って「愛情を受けて、人を信用したり、人から信用されたりできるようになる」ために、一つ一つの指導を積み重ねていくのだそうです。
先生が「お母さん」や「お父さん」の役割をするということですね。
先生ってありがたいな〜という思いと、先生にそこまでさせて申し訳ないという思いで、ちょっと複雑でした。


●「授乳は見つめ合う」がよい、でも・・・

衝撃的だったのは、横山先生が見せてくださった1枚のイラストでした。
授乳中のお母さんと赤ちゃんが描かれているのですが、どちらの視線も、お互いを見ているのではなく、別々の方向を見ていました。
テレビを見ながら、何か他のことをしながらの授乳は、子どもによくない、というお話でした。

ここでお互いの目を合わせることで、赤ちゃんは安心し、人を信用するようになる、ということですね。
こうした経験をしていない子どもは、先生や友達と目を合わせられない、うまく関われない、ということになりやすいそう。
「授乳くらい、たいしたことない」と思われるお母さんもたくさんいるでしょうけど、現実に問題になる事例が多いと聞くと、授乳時のスキンシップの大切さがわかりますよね。

でも・・・
正直に言いますが、私は、いつもいつも赤ちゃんを抱っこして、見つめ合いながら、という授乳はできませんでした。
上の子に手がかかっているときには、下の子はビデオのお世話になっていたし、授乳が後回しになることなんてしょっちゅうでした。
疲れていると、うたた寝しながら授乳してました。
子育ての日常というのは、そんなものです。

育児書なんかを見ると「こうして、こうやって、愛情をいっぱいかけて」ということがたくさん書いてあります。
しかし、そのとおりにやりたい、やろうと思っても、なかなかうまくいかないのが子育ての日常なんです。

だから、乳幼児期の子育てが終わった今、私が思うのは、できる範囲でOK、ということです。
まじめで一生懸命なお母さんほど、あまりにも忠実に、完璧にこなそうとして、余裕がなくなっているように見えます。それで、苦しくなってしまうのだろうと思います。
お母さんが苦しくなってしまっては、子どもにとっても良いことはないでしょう。
理想に近づけるようにがんばりつつ、現実との折り合いをつけながら、あまり思い詰めずに「できる範囲でがんばろう」という、少し肩の力を抜いたくらいでいいんじゃないかなと思っています。


●しつけの三原則

横山先生が提示された「しつけの三原則」は、次のとおりです。
1.へんじ
2.あいさつ
3.靴をそろえてぬぐ

実際に、1歳児でも「靴をそろえてぬぐ」という行動が取れる、という写真を見せていただき、驚きでした。
「どうせ、言ってもわからないから」「どうせ、うまくやれないから」と大人は思ってしまいますが、きちんとしつけをすれば、子どもはできるようになるのだそうです。
「やらせない」からできないんですよ、という横山先生の言葉に、なるほど〜と納得しました。

こうしたしつけは、やはり家庭の仕事だと思います。学校で教えてもらうことではないですよね。
ということは、いかに乳幼児期の子育てが大切なのか、ということですね。(うちはもう手遅れですけど・泣)

この「しつけの三原則」を見た時に思ったことは、「大人が手本を見せれば、子どもも自然とできるようになるだろう」ということです。
子どもに「へんじをしなさい」「あいさつしなさい」「靴そろえなさい」ということも必要ですが、まずは親がそれらをできるようになることも大切だろうなと思うのです。
子どもは「まねっこ」するのが大好きですから、大人が「良いお手本」を見せてあげれば、それをまねするようになりますよね。
ですから、親だけでなく、周りの大人たちが、みんなで「良いお手本」になれるといいな〜と思いました。


●先生が「発達障害かも」と思う子どもが増えている

横山先生の調査では、学級の中で「発達障害の疑い(行動異常)がある」と先生方が考えておられる子どもの数が、この10年ほどの間に3倍くらいに増えているそうです。
しかし、実際に障害があると診断された子どもの数は、ほとんど変わっていないということでした。

社会的な変化もありますが、それだけ先生方が「発達障害」(行動異常)に対して認識をもって、対応に苦慮されているということなのだろうと思います。
横山先生のお話では、「行動異常は、発達障害によるものばかりではなくて、環境要因(不適切な子育てをされている)によるものが増えている」ということで、学校の対応について(担任として取り組むこと、学校全体として取り組むことなど)のアドバイスがありました。

こうしたケースでは、多くの場合、家庭での子育てに問題を抱えているので、親の協力を得るのは難しいです、というお話に、同じ親としていたたまれない気持ちになりました。
現実的にこうしたケースが増えていて、学校が難しい対応をしなければならない、という事実を、多くの保護者が知るべきだなと思います。
知らなければ関心は生まれませんが、知ることで少しでも関心を持てるようになると思うのですね。
今子育て中のお母さんたちを追い詰めるようなことにはなってほしくありませんが、それぞれの立場でみんなが「大事なことはなにか?」と立ち止まって考えられるといいなと思います。
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お母さんにとっては、かなり耳の痛い話も多かったセミナーでしたが、振り返って考えるよい機会になりました。
また、幼児や小学生の現状を知ることができて、時代が急速に変わっていることを実感しました。
関係者の皆さま、ありがとうございました。

第4回教師力アップセミナー(横山浩之先生)に参加して

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先週土曜日、実習中ではありましたが第4回教師力アップセミナーに参加してきました。

今回は横山浩之先生による虐待に関するお話でした。

横山先生曰く、虐待とは子どもの命に関わる暴力的なものに限らず、いやがらせや無視、朝ごはんを食べさせないなど、様々なものが含まれるそうです。そう考えると、虐待の範囲がかなり広がるため、虐待を受けている子どもはたくさんいるのではないかと考えました。また、教師が学校で授業をせず、ビデオを見せておくだけ、これも虐待に入るそうです。虐待とは本当に幅広いものを指すのだということを初めて知りました。

横山先生のお話は初めて知ることの連続で、なるほどと思えるものばかりでした。明日の実習からさっそく実践できることも教えていただき、とても勉強になりました。今日学んだことを生かしつつ、残りの実習も頑張ります!(杉下)

教師力アップセミナー(横山浩之先生)に参加して

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 特別支援教育専修の土屋さん(写真中央)から、横山浩之先生セミナーに参加しての感想が届きましたので紹介します。

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 今回は講演を聞くことができてとても勉強になりました。

 私は虐待という言葉の幅広さと、親が子供に与える影響力の大きさをとても感じました。親から不適切な教育を受けることで、行動異常を起こす児童がうまれます。私が想像していたより、そのような児童が多いことを知り、驚きました。正しい教育を受けていなかったために、アスペルガー症候群を疑われるような行動異常を起こさせるということは、それほど親の与える影響力が多いことを学びました。

 親は暴力的なことが虐待と思っている人が多いと思います。しかし朝ごはんを食べる、早寝早起き、などの当たり前のことをさせないことも虐待にはいり、意識せず虐待をしてしまっている人もいます。このことがもっとたくさんの人に伝わって、不適切な教育を受ける児童が少しでも減るといいなと思いました。

 また、児童に何かを伝えたいとき、言葉でうまくいうことより、話し方が大事だそうです。厳しい言葉でも優しい話し方・表情では伝わらず、厳しい話し方・表情で伝えることが大切です。児童と接していく中で、安全のために注意をしなければならない場面にたくさん出会うとおもいます。そんなときに、今回学んだことを意識して児童のためにきちんと伝えたいです。

 今回まだ聞いたことのない言葉や新しいことをたくさん学ぶことができ、教育について、興味が増しました。今回学んだことを、これからの大学生活にもいかしていきたいです。(土屋)

教師修業 その2

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教師力アップセミナーで福山先生が1日に3冊の本を読まれているということを知り、私もこの夏休みは本を読むようにしてきた。(上の写真がこの夏に読んだ本です。一部まだ読みきれていなかったり、あえて読まずに取っておいたものもあります。)

いきなり1日に3冊も読むことはできないが、どんなに予定があっても10分は本を開く。それを続けることで少しずつではあるが、本を読む習慣が身についてきた。今では読みたい本がたくさんあって困っている。

福山先生はどうしたら3冊も読むことができるのだろうと考えていたが、3冊のうち2冊は一度読んだことがある本を読んでいるそうだ。最初に読んだときとはまた違う学びがあると福山先生の本には書かれていたので、私も読んだことのある本をもう一度読むようにもした。福山先生の仰るように新しい発見がいくつもあったので、本は何度読んでも新しい学びを与えてくれるということを知ることができた。

1日に3冊の本を読む秘訣はそれだけではない。福山先生は朝4時に起きて本を読んでいるそうなのだ。この夏休みにその挑戦はできなかったが、1つのことを続ける難しさとそこから得られるものの大きさにも気づくことができた。この教師修業は今後も継続して取り組んでいきたいと思う。


そして、いよいよ小学校の教育実習。教員になるための第一歩をしっかりと踏み出してきます。(松井)

恩師との思い出 その2

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前回の記事にも書いたように、私が教員を目指したのは小学校6年生のときの担任の先生との出会いがきっかけである。思い出に残っているエピソードを今回も1つ紹介したい。


今回紹介したいのは先生の指導に対するこだわりである。私が通っていた小学校には生活指導のために5つのめあてが守れたかどうかを一週間記録していくというものが月に一度あった。めあては月によって変わるが、あいさつができたか、親の手伝いができたかなどがあった。

低学年のうちはきちんと取り組むが、学年が上がるにつれて週の終わりに適当にチェックをし、親にサインをもらってくるといった児童は増えた。毎日めあてを振りかえってチェックをする者は高学年になるとごく少数になっていた。

6年生になったとき、担任の先生はこのチェックはやらないと公言した。適当に取り組んでいるのがお見通しだったこともあるが、先生には「自分の授業を受けていれば生活指導もしっかりとできる」という自信があったのではないかと今になって私は思う。週末は自分の手で上履きを洗ってくるといったこれまでにはない宿題がよく出たが、先生はたくさんの工夫をして私たちに生活指導を行っていた。

「どうしてこの学級はチェックをしないのか」と担任の先生が教務主任に指摘されている場面を見かけたことがある。そのときの担任の先生は自分の指導について熱く語り、しっかりと意見を伝えていた。子どもながらに上下関係は分かったし、学校全体で取り組んでいることでもあったので、チェックをしないことが正しいことなのかどうかは分からなかった。今でもどちらが正しいことなのか自信を持って答えられない。だが、こんなにも自分の指導にこだわりを持ち、私たちに向き合ってくれる先生がとてもかっこよかった。そしてその指導へのこだわりは私たちを大きく伸ばしてくれた。(1年間そのチェックは行われなかった)


絶対にあんな先生になるんだ! 先生の存在は憧れだった。私の思い込みかもしれないが、教務主任と話すあの場面はいつ思い出しても私を奮い立たせてくれるシーンである。(松井)

魂の授業

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今日自宅で以前放送した番組の録画を見ていた私は、その内容に心を打たれたような感動を受けました。
その内容とは、「命」のポーズで有名になったゴルゴ松本さんが、3〜4年前から少年院で始めたあるボランティア活動についてです。少年院に収容されている18歳未満の少年に対して、ゴルゴ松本さんは独学で学んだ漢字の成り立ちを使って「魂の授業」を行っているのです。そこで、特に私の中の印象に残っていることを紹介させていただきます。

少年院に収容されている少年に限らず、全ての人は何らかの苦難・困難・災難を抱えています。辛くて逃げたくなることもあります。しかし、これらの「難」が無いことを人は『無難』と呼びます。無難な人生は面白くありません。そうではなく、難しいことが有ることで、何か学べる・学びなさいという風に漢字に当てはめると『有難う』つまり、『ありがとう』となります。自分に降りかかる良いことだけでなく、悪いことにも必ず意味があると考えて、『ありがとう』と言える、これほどポジティブな言葉はないと改めて感じました。

これらはほんの一部ですが、他の内容も私自身の研究に生かせるものがたくさんあったので、自分でも漢字の成り立ちを調べて、学んでみたいと思いました。(佐藤)

スタートライン!!

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先日、玉置先生から出されていた「教員採用面接 質問10」という課題に取り組み、その添削結果が送られてきました。

これまで、目先の講義やまもなく始まる教育実習のことばかりで、「教員採用試験」についてまだ向き合ったことがありませんでした。しかし、この課題に取り組んで改めて気が付いたことがあります。それは、自分の中ではっきりと答えられる質問と、曖昧にしか答えられない質問とが浮き彫りになったことです。質問に対する回答を作成している段階で、すらすらと完成したものもありましたが、悩んだ末に結局上手く答えられなかったものもありました。玉置先生にもその曖昧な部分についてはご指摘をいただきました。もちろん、初めから上手く答えられるとは思っていませんでしたが、やはりまだまだ勉強不足であったことを痛感しました。

教員採用試験に向けての準備は、もう始まっているんだという自覚をもって、日々過ごしていきたいと思います。(佐藤)

津波避難調査に参加して

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29日、30日と、南伊勢で行われた愛工大と合同の津波避難訓練GPS調査に参加してきました。

本来なら漁船に乗って、海上で津波警報が発令された時を予測した調査を行う予定でしたが、大雨警報が発令されてしまったため、急遽地上から高台への避難という調査を行いました。

内容は、GPSを身に付け、高台へ逃げるのにかかった時間、危険地帯、避難場所のわかりやすさなどを調べる調査でした。高台へ行くためには急な登坂を駆け上がらなくてはならず、これが小さな子どもやお年寄りだったらと思うとかなり厳しいのではないかと感じました。また、地元の人は何回か訓練をしたことがあるということで、避難場所をよくご存知でしたが、その土地が初めての私が行くと、迷ったり山道に出ることもあり、その土地を知らない観光客が津波に遭遇したら命を落とす可能性が高いのではと考えました。

私は内陸県である岐阜に住んでいるので津波は無縁だと思っていましたが、旅行等で津波に遭遇する可能性も0ではないため、他人事だと思っていてはいけないと思いました。

今回の調査はGPSを分析して結果を出し、町の人の避難に役立てるということです。雨は残念でしたが、この調査に関わることができ、とてもいい経験ができました。また機会があれば参加したいと思いました、(杉下)

『国語科授業づくり入門』を読んで

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中学校実習特講で自分の教科の本を読むという宿題が出されていました。

私は堀裕嗣先生の『国語科授業づくり入門』という本を読みました。

第1章の最初のページに「良い国語の授業の条件とは」というメモ欄があり、書き出すように書かれていました。良い国語の授業の条件…なかなか思いつきませんでした。しかし、時間をかけてなんとか書き出すことができました。

そして次のページを読んだ時、私はドキッとしました。そこには「前の頁でメモを取ってみることなく、この頁を読み始めたあなた。…自分の頭で考え、「言語活動」に取り組む癖のない人に、良い国語の授業はつくれません。」とありました。

私はまさに、そのメモを取ってみることなく次のページに進もうとしかけた人でした。今回は自分で選んで買った本ということもあり時間をかけて考えることができましたが、自分で考えようとしないという見直さなければならない点を見つけることができました。

また、この本の中には野口芳宏先生の授業の話も取り上げられていました。野口先生の名前を見つけた時、今まで以上に興味を持って文章を読むことができました。

以前、牧野さんが記事でも書いていたようにこのゼミに入っていなければ知ることもなかった先生かもしれません。今日も改めてこのゼミに入って良かったなと思いました。(渡部)

恩師との思い出 その1

私が教員を目指そうと思ったのは小学校6年生の頃。当時の担任の先生との出会いがきっかけだ。その先生と過ごした1年間にはたくさんの思い出が詰まっているが、その中でも特に印象に残っているものを紹介したい。

その先生は自分がそれまで受けてきた授業とは違い、ディベートを中心とした自分の意見を伝え合う活動や自分の考えをひたすら文章にするという授業を多く行っていた。「30点の内容でも発言してみよう」「内容よりもすばやく書く経験をしていこう」とよく先生が仰っていたのが印象に残っている。あの授業で今の自分に必ず生きている力を身につけさせてもらった。


「まちづくり」をテーマに地元の江南駅や駅周辺の開発について考えた授業では、市民の方にアンケートをしたり実際に自分たちの目で見てきたものを反映させ、何度も話し合いをして一つの提案を作った。駅にはエレベーターやエスカレーターを設置しよう、周辺道路が混雑しないように高架にしようといった多くの意見が出ていたのを覚えている。そして、市長さんを学校に招き学級全員でその提案を発表した。この提案を考えた経緯について最初の3分間を使って私が話したことを今でも鮮明に覚えている。(とてもとても緊張していたからだろう)

その提案からどれだけ時間が経ってからかは分からないが、エレベーターも2機設置され、あの頃よりも確実に便利になっている。「自分たちでもまちを変えられる」先生が仰っていたことが本当に現実になったのだ。忘れられない経験をさせていただいた。


下の写真は80枚に及ぶ学級通信だ。何枚か無くなっているのが残念だが、改めて読み返すと当時は分からなかったことが分かるようになり、先生の思いがすごく伝わってくる。「こんな先生になりたい」小学校の頃にそう思った気持ちがより強くなった。
最初の号と最後の号に書いてあった保護者へのメッセージにも感動した。先生と過ごした1年間が今もこうして自分を動かしてくれている。(松井)
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ゼミのメンバーで

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先日、玉置先生と玉置先生のゼミ生で飲み会をしました‼︎
夏休みが始まってからのみんなの様子をたくさん聞けました( ﹡ˆ ˆ﹡ )
玉置先生からは教育実習の話や七ちゃんののろけ話(笑)など、たくさんお話していただき、有意義な時間を過ごすことができました‼︎
教育実習があと2週間後にせまっている今、不安でいっぱいだけれど、玉置先生がおっしゃっていたように、まずは実習をうけることができる環境に感謝して、一生懸命取り組みたいです。

最後に、玉置先生・中田くんお土産ありがとうございました。
その日のうちにおいしくいただきました(笑)
そして幹事をしてくれたひろくん、本当にありがとう。
玉置先生、ごちそうさまでした。

後期のゼミも楽しみです‼︎(大澤)

集団で動く

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先日、小学校5、6年生を対象にした3泊4日のキャンプに指導者として参加させていただきました。

私はその4日間で、集団を指導する難しさを学ぶことができました。

1人で子ども5人のグループを担当したのですが、山登りなどは全体で行動するため、自分のグループの子ども達の体調やスピードに合わせることはもちろん、他のグループにも合わせて歩いていかなければなりません。担当の子どもだけを見ていると、前のグループとの差が開いてしまいます。

山登りを行なった3日目の反省会でこういう場面ではどうするべきか先生に尋ねたところ、我慢させることが必要だとアドバイスをいただきました。「疲れた」「もう嫌だ」と言う子にはその気持ちを我慢して周りに合わせようとすること、他の子はその子の気持ちを考え自分の早く行きたいと思う気持ちを我慢すること、この思い合いが大切だというのです。

確かに、嫌だ嫌だと言う子も、「頑張れ」と励まし続けることで最後まで山を登りきることができました。これが指導者だけでなく子ども同士で行なえるととてもよい雰囲気になるのではないでしょうか。

学級の担当となったとき、担当する子どもの人数は今回と比にならないくらい多くなると思います。我慢することを強要するのではなく、声かけで子どもが自ら気付けるようにすることが大切なのではないかと思いました。

この4日間でたくさんの自然、たくさんの笑顔に触れることができました。なにより、最初は子ども同士ほとんど話すことのなかったグループの子が、最終日にはみんな仲良くなっていてとても嬉しかったです。

この経験を思い出として残すだけでなく、今後に活かしていきたいです。そして、今、私は筋肉痛と滑ってこけたときにできたたくさんの痣と戦っております。これもまたいい思い出です(笑)。(浦)

授業を受けるプロ

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9月から教育実習。私が教えている塾の生徒にそう伝えると、がんばってねという声よりも今まで接してきた実習生についての感想が多く返ってきた。

「声が小さい実習生の授業は早く終わってほしい」
「板書が見にくいと授業が頭に入らない」
「放課は明るいのに授業になると暗くなる」
「教え方が二転三転していた」

決して彼らは文句を言っているのではない。なぜならば子どもは授業を受けるプロだから。大学での実習特講で玉置先生がそう仰っていたのを思い出し、彼らの発言にしっかりと耳を傾けた。何度も教わり知っているはずのことばかりだが、プロである子どもたちの言葉はより重みがある。私たちはしっかりと見られ、子どもたちに評価されているのだ。

たくさんのプロが授業を受けている!
その事実を再認識することができた。


「先生はいつも通りやれば大丈夫だよ」

生徒が言ってくれた言葉だが、こんなに勇気の出る言葉はない。プロにかけてもらったその言葉を信じ、全力でがんばってこようと思う。(松井)

野口芳宏先生の本を読んで

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中学校実習特講で、自分の教科の本を読む、という宿題が出されたこともあり、私は10冊借りる時に、野口芳宏先生の本を借りようと決めていました。

以前から、玉置先生から話を聞いていましたが、実際に野口先生の本を読んだことがまだなかったからです。

この本には、野口先生がどのような先生方と出会い、どのような経験をされ、どのようなことを学んだのか、書かれています。また、その文章は、分かりやすく、また正直で、自分の考えがしっかりと述べられていて、なんだか野口先生の人柄までも垣間見ることができたようか気がします。

その中で、特に心に残った点は、教材研究についてです。野口先生は、教材研究についてこのように述べています。

まず、授業研究は3つの研究で成り立っている。
素材研究が50%→読者としての研究(何を読み取るか)
教材研究が30%→教師としての研究(何を教えるか)
指導法研究が20%→授業者としての研究(どう教えるか)

私はこの成り立ちを見て、ハッとしました。もうすぐ小学校実習を控え、授業を実際にするという不安ばかりが大きくなっていたが、その不安を気づかぬふりをして、何にも努力をしていなかったことを、思い知らされました。

同時に、成り立ちの半分も占めている素材研究なら、今の私でも十分に取り組めるのではないかと、気づきました。教師や授業者としての研究はまだまだ不十分な点は多いけれど、読者としての研究ならできると思ったのです。

実習に向けて、やるべきことが一つ見つかりました。野口先生の本を読んで、実習に対して前向きになれたように思います。(牧野)

こんな教師になれたら

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有田先生の本の中で何度か出会った話。

いい話なので皆さんに紹介。知っている方もおられると思いますが。

「お釈迦さまの指」

お釈迦さまが、天から人間の世界を見ていると、一人の男が荷車を引いて歩いているのが見えた。

汗をふきふき荷車を引いているうちに、ぬかるみにはまってしまった。さあ、困った。男は一生懸命、引いたり、押したりするが、荷車はびくともしない。男は仕方なく、道の横に座って、誰か人が通りかかるのを待つことにした。

ところが、運悪く、いくら待っても誰一人通らない。早く行かないと、日が暮れてしまう。男は焦った。他人に助けてもらおうと思ってもだめだ、自分の力で何とかしなくちゃと、男は思った。

お釈迦さまは、男が人に頼らず、自分の力で何とかぬかるみから荷車を引き出そうと決心したのを知ると、見えない指で、荷車をちょっと押してあげた。

すると荷車は、何事もなかったように、カラカラと音を立てて動き出した。男は、お釈迦さまが押してくれたなど全く気がつかない。自分の力で引き出したと思っている。

もし、お釈迦さまが、「わたしが押してあげたのですよ」と言えば、男はお礼を言うだろう。しかし、男は次にこういう困ったことが起きた時、「お釈迦さまが助けてくれるのではないか」と、他人に頼る心がおきるだろう。だからこそ、お釈迦さまは、黙って、見えない指で押してあげたのである。

教師と児童・生徒に当てはめてみてください。(中田昂)

学校と先生の存在

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前期最後のゼミは玉置先生による道徳の授業だった。
「心に汗を」をテーマにした、いのちの授業。
中身の濃い50分があっという間に過ぎた。

道徳の授業の中でも◯つけ法や小刻みなノート作業の原則が組み込まれており、内容とともに前期最後にふさわしい授業を受けさせてもらうことができた。

授業が終わり、今回題材となったケイコちゃんのお父さんからメッセージをいただいた。その中には「学校と先生の存在が生きる力になる」という言葉があった。
この言葉はこれから教員を目指す私たちにとって改めて考えるべき教員の役割であったと思う。これからの生活で意識していくことはもちろんのこと、そんな存在になれるように、また子どもたちに命の尊さを伝えていくことのできる教員でありたいと強く思った。


忘れられない出会いが1つ増えた節目のゼミ。鈴木中人さん、山田貞二先生、玉置先生、そして12名のゼミ生と集まってくれた他のゼミ生に改めて感謝したいです。ありがとうございました。(松井)

3年生前期最後の...

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今日は2つの「3年生前期最後」があった。

1つ目は、私が受けている教育課程論(中等)の最終回があった。この講義は玉置先生が担当されていて、今日はこれまでの講義の振り返りをした。そもそも教育課程とは何かというところから始まり、具体的な法令や実際に行われた実践から様々なことを学んだ。そこで、特に印象に残っていることがある。それは、キャリア教育についてである。生涯の中で、自分の役割の価値や自分の役割の関係を見いだすことであり、具体的には係活動が生かされていることがわかった。全ての教育の土台となるので、大切にすべきだと感じた。

2つ目は、中学校実習特講の前期分が終了した。この講義も玉置先生が担当されていて、教育実習に必要な知識や心構えを学んでいる。今回は「伝え方」をテーマに授業の原則10か条から、授業づくりの基本を教わった。その中には、ゼミで教えていただいた小刻みなノート作業や〇つけ法、オープンカンニングも登場した。改めて、伝え方が上手であれば、良い授業になることを実感した。中学校実習だけでなく、約1ヶ月後に迫った小学校実習でも応用したい。

もうすぐ夏休みになるが、今まで学んだことを少しでも多く自分のものにするために、これからは自分で振り返る時間を大切にしようと思う。(佐藤)

今期最後のゼミはいのちの授業

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本日(7/27)のゼミは、玉置先生の特別授業(道徳)でした。

先生の本格的な授業を受けるのは初めてで、とてもワクワクしていました。何と言っても道徳の授業。実習で必ず役に立つ授業を見させていただきました。

この「いのち」の授業。小児がんの2人の話でしたが、どちらもノンフィクションだということで、涙が流れそうになりました。

最後に授業の中で出てきた、けいこちゃんのお父様から、教師を目指す我々にメッセージをいただきました。その中でも印象に残ったのが、「子供たちにとっては、教師や学校が生きる力になるんだよ」という言葉でした。

今まで「生きる力」について調べてきましたが、どれも目に見えないものでした。例えば、確かな学力や豊かな人間性です。生きる力になるものは、そういうものだけじゃなくて、子供たちにとっては教師や学校という存在も、生きる力になるんだなんて今まで考えつきませんでした。

子供たちにとって、「生きる力」を与えられるような教師、クラス、学校をつくっていきたいです。(中田昂)

「実感を伴った理解」を実感

数学専修の私は幾何学という授業を現在履修している。最近の授業ではメビウスの帯というものを学んだ。簡単に言うと、細長い帯を1度ひねって輪にしたものだ。(表裏の区別がなくなるなどの特徴がある)

様々な曲面について考察しているのだが、頭の中で考えるのは難しい。そのため、担当の先生は一つずつ模造紙と絵の具を使って説明してくださる。とても丁寧な講義だが、前回の講義ではそれでもうまくイメージができなかった。

そこで私が手に取ったのはいらなくなったプリント。隣に座っていた人にハサミを借りて、自分も先生が作っている曲面を作った。すると同じ物を作っているだけなのに、先生が説明されていたことがとてもよく分かる!
そしてこれが一つの「実感を伴った理解」ではないのか、そんな考えが頭に浮かんだ。

算数・数学的活動を通して実感をもって数式や図形の意味をとらえる。指導要領にある一文を自分が体験した。自分が感じた「こういうことだったんだ!」という「!(びっくり・驚き・嬉しさ)」を子どもたちにも感じてほしい。今後の授業づくりに活かすことのできる貴重な体験ができた。(松井)

(ちなみにこの幾何学のテストは、いらない紙とハサミやのりを持ち込んでよいらしい。試行錯誤しながらの楽しいテストになりそうな予感がする 笑)
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話す・聞く・想う

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昨日の夜テレビを観ていたら「僕らのミーティング『話す・聞く・想う』心の授業」というドキュメント番組がやっていました。福井県勝山市のかつやま子どもの村小・中学校という私立の学校が取り上げられていました。

この学校の特徴は子どもたちが自分たちで話し合って授業や規則を決めていくということです。学校行事の計画から子どもたちのもめ事まで小中学生が集まってミーティングで決めていきます。教員は子どもの判断にほとんど◯×をつけません。子どもたちが自分で考えて、自分の言葉で話し伝える姿、その言葉を一生懸命聞く姿はとても印象的でした。

もちろん私立の学校だからこそできることもあると思いますが、公立の学校でもできること、ヒントとなることはあると思います。子どもたちが自分の言葉で自分の思いを伝えられるような学級をつくりたいと思いました。(渡部)
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