2月3日愛知県教育会館セミナーについて(中澤・鏡味・関口)

 こんにちは!四期生の中澤、鏡味、関口です!今回参加させていただいたセミナーについて学び得たことを記します。

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 こんにちは!4期生の関口です!今回は玉置先生の講演「教師としての大切な作法」について書きます。

 今まで玉置先生のもとで学んできたことが90分でぎゅっと詰め込められた内容でしたが、笑いもとり、誰一人ぼーっとさせず聞き手が参加する、さすが玉置先生という講演でした。

 「〜のために」ではなく「〜の立場で」という意識の変え方は子どもに対してだけでなく、実生活でも取り込んでいきたいです。そしたらお節介になることも一人で空回りすることも減るのではないかと思います。

 出力の大切さについても学び、講演後のお茶会では教職の問題を出し合いました。都道府県過去問は1番進んでいるのに、1番答えられなかったので、直しのやり方を改善したいです。こうやって教えてもらえたり自分の足りなさに気付かされたりと、高め合える仲間がいることは本当に幸せなことだと実感しています。「ABCDの原則」の「できる人」になれるよう日々精進します!参加させていただきありがとうございました!(関口)

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 こんにちは!4期生の鏡味です。今日は、「教師としての大切な作法」を玉置先生が講演してくださいました。その講演での学びを書きたいと思います。

 今日の講演で一番印象に残ったのは、教師は説明、指示をまずはしっかり行うということです。授業は発問、助言、説明、指示の4つで構成されています。児童生徒が授業の内容を理解できるか否かの大切な1つのポイントに、教師の説明の仕方だと学びました。子どもの立場に立って、授業時の説明を子ども達に分かりやすくすること、そして指示を明確にすることが大切だと分かりました。

 教育実習でも、担当の先生に指示や説明は分かりやすく、短文でと指導されました。しかし、玉置先生も普段仰っている「点より丸を多くして話す」や「一時に一事」は簡単なようで難しいです。

 教師の説明や指示の仕方で子ども達の理解度は大きく変わってしまいます。教師の発言1つ1つに気をつけなければいけないと改めて思いました。

 今日は、今までゼミやセミナーで学んできたことの総復習をすることができました。
玉置先生講演お疲れ様でした!そしてありがとうございました!(鏡味)

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 こんにちは。四期生の中澤佑太です。今回は2月3日愛知県教育会館で行われた、玉置先生の講演について学び得たことを記したいと思います。講演のタイトルは、「教師として大切な作法」です。

 講演の内容について、新たに学び得たことを三つありました。

 一つ目は、可愛がられる先生についてです。内容は、同じ職員にわからないことを聞くだけでなく、その後に実施したことを報告することが大事です。コミュニケーションを繋ぐことで、教えてもらえなくなるということを回避することができるということを学びました。

 二つ目は、子どもや授業についてである。内容は、「子どものために」でなく、「子どもの立場」で行動できる人でいること、ペアワークで盛り上がった後に「わかった人?」という発言でシーンとなること、「教師が子どもを理解する」こと以上に、「教師が子どもからどう理解されている」のかを大事にするということを学びました。

 三つ目は、エレベータートークの由来についてです。由来は、エレベーターで社長にコンパクトに学んだことを言えるように話をすることから来ました。そのため方法が、教材をふせて頭に入っていることを隣同士話し、全体で何を話したのか共有するということだと学ぶことができました。教師が振り返るより効果的であるという玉置先生の言葉について、仰る通りと思いました。

 内容については以上です。個人的に学んだことが二つあります。

 一つ目は、自分の成長についてです。私は、今回のセミナーを一年前も参加しました。今回のセミナーは私にとって思い出深いセミナーの一つです。昨年と今年で講演の内容や一日の流れが酷似していたことから、一日を過ごすなかで去年の同じ日を思い出しました。私は、去年学んだことが知識として定着していただけで、心で理解していませんでした。その事実を噛み締めることができてよかったと私は考えています。あと一言申し上げさせてください。二期生吉田さん、私、固くなくなるどころか人間としてマシになったと自信をもって言えるようになりました。今の私のまま、去年関わりたかったです。昨年はありがとうございました。元気でいることを祈ります。

 二つ目は、玉置先生の姿から学んだことです。私の推測になります。玉置先生は、

・伝えなければならない要点を並べる。

・要点同士を繋ぐことや、要点を相手に届けるためにどのような活動を仕込むか決める。

・後は、ライブとして相手の様子や発言、雰囲気に合わせつつ、利用しつつ、用意していた流れに誘導する。

 この三つを軸としているのではないかと考えました。そしてこの三つは、当たり前のことであり、授業は勿論、発表するときに大事なことではないかと私は考えました。

 最後に、素敵なセミナーに参加させていただきありがとうございました。あの時の先輩以上のことを今後輩にできていることを私は祈っています。(中澤)

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1月23日 犬山西小学校での玉置先生講演会からの学び(鏡味、安藤、加藤奨基)

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 1月23日の犬山西小学校での玉置先生による算数授業をもとにした講演会からの学びを、鏡味・安藤・加藤奨基の三人より記事にさせていただきます!

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 こんにちは!4期生の鏡味です。先日、犬山西小学校で、玉置先生が先生自身の算数授業のビデオをもとに、解説をしてくださいました。そこでの学びを2つ書きたいと思います。

 1つ目は、教師が児童に求める姿を、普段から教師も意識することです。犬山西小学校は、「つながる姿、みがき合う姿」を目標に先生方は指導をされていました。その、「つながる姿、みがき合う姿」を教師自身も職員室や会議中など普段から意識して行うことが大切だと分かりました。つながる姿とはどんな姿なのか、意見をつないでいくためにはどうしたらいいのか、どんな姿がみがき合っているのか、など本質をきちんと考え、教師自身がまず行動に移すことが大切だと学びました。教師が児童に求める姿をきちんと理解していること、そして教師もその姿になれること、これらが出来ないといくら児童に指導をしても、児童は求める姿にはなれないと思いました。

 2つ目は、授業の中で、たくさん価値付けを行うことです。玉置先生は45分の授業の中でたくさんの価値付けを行っていました。「意見が分かれたから話し合えるね」、答えを間違えてしまっても「仮説を立てることができたね」などと子どもは玉置先生にたくさん価値付けられていました。自分のどんな姿が良いのかを先生に褒めてもらえるのはとても嬉しいです。授業へのやる気も変わってきます。私自身、教育実習の授業ではこの価値付けを行うことがあまりできませんでした。分かっていても、次の展開を考えてしまい、言葉が出てきませんでした。初めましての子ども達を前に、授業の展開も考えながら、児童に対したくさんの「価値付け」を行う姿は、さすが玉置先生だなと思いました。これからも玉置先生の姿から多くのことを学びたいと思いました。玉置先生、本当にありがとうございました!(鏡味)

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 こんにちは。4期生の安藤優里です。先日の、犬山西小学校での学びを書かせて頂きます。

 犬山西小学校の研究テーマである、「仲間とつながり、みがき合う児童の育成」ということで、子ども同士がつながる、対話的な授業のためにはどうしたらよいのかということをたくさん学ばせて頂きました。その中でも今回特に大切だと思ったことは、「対話」について、教師が具体的な子どもの姿のイメージを持つ、ということです。「子どもがこの授業でどんな対話をしたらいいのか」それを教師が見本を示すことができるようにイメージを持つことで、価値付けの指標になるそうです。

 たしかに、簡単に「対話」と言えども、実際に「対話」するのは大人でもとても難しいことです。私も「対話」とは何か、よく分かっていませんでした。「対話」が「会話」になっている、玉置先生の言葉に、なるほどなぁ、と思い一方で、今まで自分が「対話」だとしていたものは「会話」ではなかっただろうか、と実習などを振り返り、根本的な意識の改善になりました。そんな大人でも難しい「対話」を子どもたちが自ずと始めることはありません。そのために教師が、「子どもに発話させ、価値付け、子ども同士をつなぐ」必要があると分かりました。

 玉置先生がされた授業の動画の中で、「どうしてそう考えたの?」と、子どもに自分の考えを言語化させ、「すごいこと言ってるよ!」「習ったことを使うアイデアすごいね!」と子どもの考え方を価値付け、その考えの変容を言わせる玉置先生は、毎度、価値付けのタイミングや子どもにかける言葉がとても絶妙で、子どもが他の人の考えに耳を傾けたくなるよう意図してされていることが伝わってきます。さすがプロ教師の技だなぁ、と思いつつも、今まで漠然としていた、子ども同士のつながりの具体的なイメージを持つことができたのは、対話的な授業をするための第一歩だと思います。

 玉置先生はいつも「授業を考える時には、最後にこの授業で子どもが何と言えばいいのか、子どもの言葉で考えろ」と仰っていますが、対話的な授業についても、具体的な子どもの姿を教師がイメージすることが必要で、その大切さを感じることができました。 犬山西小学校の先生方、玉置先生、貴重な学びの機会をありがとうございました。

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 こんにちは、四期の加藤奨基です。1月23日に犬山西小学校で玉置先生の講演に参加させていただくことができたので、記事にさせていただきます。玉置先生が以前に別の小学校で行われた飛び込み授業の映像を見ながらの講演ということで、映像ではありますが玉置先生の授業を直接見るのは初めてだったのでとても興味深く見せていただくことができました。

 講演に参加させていただいて特に感じたことが、犬山西小の校長先生も仰っていたように、玉置先生は子どもの発言・行動を価値付けることが適切で、かつ素早いということです。映像の中で、玉置先生は子どもの出した答えが間違っていても、「考えるのはいいことだよ」「仮説を立てて考えるのはすごいことだよ」と出した答えを褒めるばかりではなく、考えた経緯までを価値付けていらっしゃいました。このように文字や言葉で表すと「当然だ!」と思われるかもしれませんが、教育実習を経験し、教員人生につま先ほど踏み出した自分からすると、自分の予想しえない子どもの発言を瞬時に価値付けられるというのは非常に難しいことだと感じます。子どもの発言・行動を「その場で」「瞬時に」価値付けられていたところに、玉置先生の凄みを改めて感じました。この「その場で、瞬時に価値付けること」を犬山西小の校長先生は「即時評価」と仰っていて、目指すべき授業技術の一つだと思いました。

 今回のセミナーの反省点としては、玉置先生の「校長先生に、教採面接のことを伺ってみなさい」というフリに対応しきれなかった点です。しっかり面接練習を行って、何か月後にもしまた機会をいただけた時には、ばっちり応えられるようにしようと思います。最後には温かいコーヒーとおいしいワッフルもいただくこともでき、心身ともに充実した講演になりました。公園に参加させていただいた犬山西小の校長先生をはじめとする先生方、改めて深く学ばせていただいた玉置先生、ありがとうございました。(加藤)

1月24日小牧市立篠岡中学校での栗木先生の学び合いの授業から(安藤、中澤)

 こんにちは。4期生の安藤優里です。先日、国語の授業名人でいらっしゃる、篠岡中学校の栗木教頭先生の「学び合い」の授業を参観させて頂いて学んだことを書かせて頂きます。

 栗木先生の授業は今まで見てきた国語の授業とは違って、教師は言葉をあまり発さず、生徒がぽつぽつと自分の考えを述べる。他の生徒はそれに耳を傾け、考え込み、そしてまたまわりと意見を交わす。そうしてじわじわと学びが深まっていく様子に今までの「学び合い」の概念が覆されました。

 和歌と俳句の2つの授業、どちらにも言えるのは、栗木先生は資料や情報を提示するタイミングが本当に絶妙であることです。生徒が話し合いで「あとここが分かればなあ…!」という知りたくなったタイミングで情報を提示されていて、授業を見ていた私も、もっと知りたい!学びたい!まわりと話し合いたい!という気持ちにさせられました。生徒は話し合いに移るのが早く、切り替えがとても素晴らしいな、と感じたのですが、それは「話し合いをさせられている」のではなく、「話し合いたい」という気持ちが生まれているからであると思いました。

 また、栗木先生は授業中何度も「自分の思う読み方でどうぞ」と、生徒に音読をさせているのが印象的で、「そこから気づいたこと、浮かんだことどうぞ」と先生が求める答えを求めるのではなく、生徒の感性をとても 大事にされていました。自由な発想で、時に既習事項を用いて、自分の考えを持つことができる、そして話し合いによって自分の考えを深めていく生徒の姿に、「学び合い」の意義やあるべき姿を学ぶことができました。

 もちろん、栗木先生の授業はすぐ真似できるものではないと思いますが、いつか栗木先生の授業に近づけるよう、栗木先生が大切にされている、「生徒の話をしっかりときく」ことを心がけ、「生徒と一緒になって学ぶ」教師を目指したいです。

 素晴らしい授業を見させてくださった栗木先生、この貴重な学びの機会を設けてくださった玉置先生、本当にありがとうございました。(安藤)

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 こんにちは。四期生の中澤佑太です。1月24日に小牧市立篠岡中学校で栗木教頭先生の国語の授業を参観させていただきました。その時に学ばせていただいたことを記します。

 一つ目は、話し合いのルールについてです。栗木先生は、四月の段階から行っていることがあります。それは、生徒が四人グループにしたときに、机がくっついていない状態を心の隙間、真ん中にものがある状態を心の壁と生徒に呼び掛けるということです。また、わからない子から発表をさせるように意識するということです。

 二つ目は、コの字型の授業体型についてです。通常、教室は生徒が全員黒板の方を向いています。しかし参観した授業では、生徒が教室の真ん中の方に机を向けて、討論会をするようにコの字型になっていました。このことで、生徒は自分の考えを教師に報告するのでなく、学級のみんなに伝え、互いに考えを深め合う、課題に対する答えの幅を広げようとすることに繋がると私は考えています。

 三つ目は、授業展開についてです。まず先生は、変体仮名の和歌を模造紙で提示し、何て読むかという課題を提示しました。生徒には、模造紙を縮小したプリントが配られています。次に生徒に音読を指示しました。生徒は文字を指差したり、プリントに載っている和歌の横に自分の考えを書き込みながら音読をしていました。ただ音読するのでなく、音読を活動にさせていました。その後、「さっぱりわからない」ことを確認し、グループ活動に繋げました。グループ活動のときは、コの字から四人グループに体型を変えていました。私は、主体的な学びとは、子どもが課題に対してわからないと意欲をもつことであると考えました。

 グループで話し合ったことをもとに全体で共有するときは、「わかったこと」でなく、「もやもやしていることをはき出して」と先生は呼び掛けていました。また、生徒から意見が一通り出たときに先生は、「〜のところまで来たね」という呼び掛けをしていました。その後、追加の資料(作者の紹介など)を配り、探求学習を進めました。

 私は、主体的対話的な深い学び、つまり問いに対する疑問をもち、他者の意見と比較しながら自分の考えをもち、それを繰り返すことで全員で課題に対する答えを見つけていくという学習を展開していると考えました。また、生徒一人一人プリントのメモの仕方、内容がバラバラであり、一人一人自分なりのまとめ方をできるようにしていました。

 私は、今回参観させていただいた授業は、一生忘れないだけでなく、国語の授業を見るたびに思い出すと考えています。そのような授業をしていただいた栗木先生、そして機会を設けていただいた玉置先生に感謝の気持ちを抱いています。ありがとうございました。
(中澤)

※写真は篠岡中学校サイトから引用しました。
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篠岡中学校での栗木先生の学び合いの授業を見て(高橋、山田)

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 こんにちは、4期生の高橋と山田です。1月24日に、篠岡中学校で見せていただいた、栗木智美先生の学び合いの授業から学んだことを書いて行きたいと思います。
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 1月24日に、篠岡中学校で、栗木智美先生の国語の授業を参観させていただきました。今回は、そこからの学びを書いていきたいと思います。学び合いの授業ということで、3年A組とB組の2つの授業を見させていただきました。

 印象的だったのは、栗木先生の、生徒へ意見を求める際の言葉です。A組では「よく分からないことを出し合おうよ」という言葉がけで、生徒から「分からない」を引き出して学びを深めていっていました。グループや個人で読み取りをした後の交流では、「分かったことを発表しましょう」などの言葉をかけることが多いかと思いますが、栗木先生は、生徒の分からないと思う箇所を共有できるように促していたところが私にとって新鮮で、衝撃を受けました。

 また、生徒たちは、頭にある考えを、何とか自分の言葉で表現しようと声に出していました。ぼんやりと浮かんだ疑問や、明確になりきらない意見を、「こんな感じかなあ」と言いながら表現する姿がとても素敵だと思いました。そして、栗木先生は、発言した生徒の意見に付け足して言うように、同じグループの生徒を指名していて、生徒同士を繋ぐ技術も見ることができました。そんな風に、栗木先生は説明していないのに、生徒の学びがどんどん深まっていく様子が分かりました。

 B組の授業は、尾崎放哉の「入れものがない両手で受ける」という俳句でした。この授業で生徒の学びの深さを感じたのは、発言ももちろんなのですが、ワークシートの書き込みを見たときです。この授業の板書は、作者名、俳句、そして「無季自由律俳句」という単語、この3つが書かれていただけです。しかし、生徒たちのワークシートには、自分の考え、仲間の考えがびっしりと書き込まれていました。自ら聞こうとしなければ、仲間の意見をあの様に書くことはできないと思います。一人一人の、仲間の意見を知りたいという思いが表れていたように思います。

 今回、篠岡中学校で学び合いの授業を見せていただき、栗木先生がヒントを与えるタイミング、生徒とのやりとりで垣間見える温かい雰囲気、授業の中のちょっとした価値付けなど、2時間分の授業で本当に多くのことを学ばせていただきました。国語の教師を志す身として、この学び合いの授業を見て学んだことは財産になります。今回、素晴らしい授業を見せてくださった栗木先生、篠岡中学校の皆さん、そしてこのような機会を与えてくださった玉置先生、本当にありがとうごさいました。(高橋)

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 こんにちは、4期生の山田志摩です。まだまだ風は冷たいですが、太陽の日差しが暖かくなってきているので、室内で日向ぼっこをすると最高に幸せを感じておすすめです。

 1月24日に篠岡中学校の国語科の栗木先生の授業を2つ参観させていただきました。授業名人の玉置先生もうなるその実力を生で拝見させていただくのをとても楽しみに当日を迎えたのですが、授業に対してまだまだ無知の私でもこれはすごい授業だなとビビッと感じるような素晴らしい授業でした。

 先生はほとんど話していないのに、生徒の発言が生徒の発言によって勝手にどんどん深められていく様子や、プリントの書き込みがだんだんと多くなっていく様子、生徒の表情の変化から、課題に対するひとりひとりの思考の深まりを近くで感じることができ、感動しました。また、自然と栗木先生の授業に引き込まれて、生徒と一緒に先生の発問に対して考えている自分がいて、授業が終わった後、国語の授業ってやっぱり面白い!と純粋に感じました。

 また、栗木先生の生徒の行動に対しての価値付けの早さ、言葉選びもさすがプロだなあと感心するばかりでした。クラスで国語の得意不得意にかかわらず、栗木先生の意図的指名に対して一生懸命に自分の考えを話そうとする生徒の姿にも、それをちゃんと聞いている周りの生徒の姿にも、認め合えるあたたかい雰囲気にも、先生がいつも、価値付けを大切にしておられる背景を感じました。

 今まで自分の中でうまく形なっていなかった「学び合う」国語の授業について、ひとつの素晴らしいお手本を示していただけたなと感じています。私にとっては100点以上だったのですが、栗木先生はまだ納得がいっていない部分があったと言ってみえて、教頭先生になられても国語の授業に対して謙虚で、向上心をもって取り組み続けられている姿も、目指すべき教師のお手本であるなと思い、改めて素晴らしい方だなと感じました。

 お忙しい中、授業を見せてくださった栗木先生、篠岡中学校の皆様、本当にありがとうございました。今回も素敵な先生との出会いの機会を作ってくださった玉置先生、本当にありがとうございました。(山田)

12月3日 額田中学校での玉置先生の飛び込み授業記録(高橋、中澤、安倍)

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 こんにちは、4期生の高橋です。今回は12月3日に、岡崎市の額田中学校で行われた玉置先生の飛び込み授業の記録を高橋と中澤で、そこからの学びと、形埜小学校で参加させていただいた授業研究会での学びを安倍が担当し、書かせていただきます。
 ※ 写真は岡崎市立額田中学校のホームページ(校長通信)から引用。

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授業開始

玉置先生(以下、T)「こんにちは。先生の名前を1回だけ言いますので覚えてね。玉置崇といいます。」
生徒(以下 S)「玉置崇 (先生)」
T 「“先生”と付けられる人は社会性がある人です。社会性を発揮してもう一回。」
S 「玉置崇 先生」

T 「私を見覚えがある人?なんの記憶がある?」
S 「落語...」

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T「お願いがある。初めて出会うから、分かったらよく分かってますという顔、困ったら困った顔してみて。常に君らの顔を見ています。」

T「今日は、17番目の秘密をやります。プリントを配ります。」
S「ありがとうございます。」
T「ああ、いいね。ありがとうと言えるのがいいなあ。授業はふざけてない限り何言ってもいいからね。17番目の秘密と聞いて何を思う?」
S「ないです。」
T「ないって言えるのがいいね。」
S「秘密だから、法則性があるんじゃないか」
S「隠してあるのかな」
S「求めるのかな」
T「授業は予想していくことが大事。何か浮かばんか?」
S「はい。」
T「君はハッキリしていていいな。君が授業の最後に分かったと言えたら大成功だな。」

T「どんな数でもいい、1桁の数」
S「8」
T「いくよ、書いた?2番目は先生に決めさせて。2番目は5。まだ書くなよ、8と5を足して答え書いて。13を3と書く。どういうこと?」
S「10を引く」「10をなくす」「13から10を引く」「ないです」「ないです」「ないです」

T「話し合ってみよう」
S「1桁にする」
T「4のところは隣の数たすから、」
S「8」

T「次行くぞ、もうやれそうだな。ずっとこのルールで17までやってみよう。やったら、お隣で確認をする。いいか、間違えないでやってよ。お隣同士確認して。」

T「これ、17番目ってさ、みんな同じになるはず?いろいろあっていい?」
S「同じ」
T「どうして?」
S「? 普通に考えて計算したら同じ。最初の2つの数が決まってる。」

T「今日こんなことやるんだ。いけそうだろ?顔の表情。なんか思った?」


T「8以外で」
S「3」
T「2番目は先生に決めさせて。2番目は5。」
T「ちょっと見たって、どこで間違ってるかチェックしてあげて。」

T「何か思った人いる?」
S「1〜17まである中で2ずつ空いて、2からだとすると次が5になって…」
T「M君が何を言いたいか分かった人?どういうこと?」
S「(何か発言)」
S「それ3つじゃない?」「あ、3つか。3つずつ増えていることがわかる。」「本当だ」
T「M君は、3つずつ同じものがありそうだと。他なにか思った人?」
S「17のところが5になる」「2つ目の数とそろえたら17番目が同じ数になるんじゃないか」
T「いいですね、これも仮説じゃないか。もしここが3だったら?」
S「3」
S「大きい数から小さい数…」「ああ〜」
T「彼はなにを言ってる?」
S「分からん」
T「いつも5になってるの?」
S「上下が同じ以外は…」
T「おお!すごいなあ。分かった?つまり差っていうことだな?よしOK。素晴らしいクラスだな。これは仮説と言うんだ。」
T「間違えないようにするにはどうしたらいい?」
S「検証」
T「どうやって?」
S「2番目の数を変えてみる」
T「賛成の人?N理論でいくと、ここが3になったら…ね!検証だ、よし行こう。」

S「(笑)あれ?いやだ!」「違った!」
T「ミスじゃないの?
1になっちゃった、ということは?N理論は倒れちゃった。世の中みんなそうだ、始めから答えなんかない、」

T「で、どうなった?」
S「今度は3ずつじゃなくて5ずつになってます」
T「え?どうして?ああ、ここが1番目か。5のときは3つずつだったけど3のときは5つ…という理論か。これ見てなんか思うことない?他できる人いない?」
S「えーっと、出来ないです」
S「2の数が決まってたら17の数も決まる」
S「ああ」
T「『ああ』って言ったな。『ああ』を言葉で言って。」
S「2番目の数が決まったら17の数も決まるのはなるほどと思った」
T「お隣同士、『ああ』を言葉にしてごらん。」


T「2番目の数は4つしか試してないからな。仕事を分担するということだろ。君最初2で行こうか。」
(生徒を1〜9まで割り振る。)

T「あれ、これで全部調べられるか?1やる人?2、3……9…あれ?(2人余る)
この2人何やってもらったらいい?」
S「0?」
T「ああ、そうだな0だな。あなた2人、0やってもらわないかん。みんな間違えちゃダメだよ。」

S「やったあ!」
T「N君やったね?何が“やった”?」
S「仮説が少し合った」
T「素晴らしい、2番目の数を決めると17番目の数が決まるんです。今から4人グループになって。もう先生はルールを知ってるんです。そのルールを見つけなよ。」

T「見つけ方がまたコツだぞ。わかったら挙手して。」

T「ルール見つけるには余計な情報を削ぎ落とす。調べる時、なんで0から始めた?なんで5、3、1、2とかでやっていかない?」
S「法則性を…」
T「誰か言ったね、その通りなんだ。」
S「法則性を見つけやすいんじゃないかな…」
T「どうして?」
S「うーん…」
T「きまりを見つけるときは一方を小さい順で並べた方が見つけやすい。これはずーっと活きていく。」

T「よし、もう少し時間あげる、どうぞ。」
T「今ここでね、すごいことやってる。10を全部足していったら、そうやって言い合うことが大事。こうしたら、ああしたらって言ってみよう。そうしたらポンっとひらめくかもしれない。1人で考えても絶対ひらめかない。」

T「T君どんなルールですか?」
S「(発言)」
S「ああ〜なるほど」
T「何がなるほどなの?」
S「例えば、2×17をすると34になる…」
T「17かけなかんか?」
S「7でいい。」
T「実は、7だけかければいい」

T「最後、〇〇君、どう思った?」
(最初に、今日の授業の最後に分かったと言えたら大成功だな、と言っていた生徒へ振る。)

S「ああ〜と思いました。」

授業終了

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 授業の中で、玉置先生は、「クラスは何だ」ということ、1つの数字を豊かに表現させることを大切にしたいと仰っていました。(高橋)


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 こんにちは。四期生の中澤佑太です。今回は、12月3日額田中学校で行われた玉置先生の授業の記録をしました。

11時半
玉置先生「みなさんこんにちは。天気いいねぇ。先生の名前を言いますから、一回で覚えてね。覚えましたか?全員で。」

生徒「玉置崇(先生)」

玉置先生「いいねぇ。今玉置先生って言った人いるよね。社会性があるね。先生って言えるかな。」

生徒「玉置崇先生」

玉置先生「全員意識できたね。四人で話し合いたいから四人にして。四人にしてって言ったらそうして。戻して。そして隣同士近づけて。ところでさ、顔みたことある人挙手して。何で覚えてる。何の落語。」

11時35分

玉置先生「先生授業するけど、いつもの顔の表情して。よくわかったときの顔をして。困った顔をして。みんなの顔をみて授業するから。十七番目の秘密をやります。プリントを配ります。」

11時37分
生徒、プリントを配るときに「ありがとうございます。」と言い合う。

玉置先生「いいねぇ。ありがとうって言葉が出るのか。授業はふざけなければ何言ってもいいからね。十七番目の秘密と聞いて思うこと?一人当てる。」→「ないです。」「ないって言えることがいいね。」→「何か法則があるのでは。隠してありそう。何か求めるのかな。」「授業は予想していくことが大事。」→「ない」→「君が最後よくわかったって言ったら大成功だね。授業はみんなで作るものだからね。」

玉置先生「何か浮かぶ数字ある。」→「8」→「8って書いてじゃあ行くぞ。〜さん書いたね。隣同士確認して。二番目は先生が決めさせて。二番目は5、5って書いて。8と5を隣同士足して。数を書いて。まだ続き書かないで。13を3と書く。13を3と書くってどういうこと。」→「10を引く。10をなくす。13から10を引く。」→「数字にもいろいろな言い方があるね。四番目のところは隣同士足すからせぇーの。」「(全員で)8」

玉置先生「もうやれそうだね。このルールで17までやってごらん。いそいでやれ。」

11時45分
玉置先生「これさぁ。17番目って同じになるか。違っていいのか。どっち。」→「同じ。」→「どうして?…当たり前のことをきくと、答えるの難しいだろう。隣同士確認。」

その後生徒は首をかしげたまま、一通り17番目の数まで埋めていく。

玉置先生「何か思った人いる。」→「1〜17あるから、2ずつあいて、2から5,8となって上下同じ数になる。」→「いいことだね。人の意見を聞いて反応するのはいいことだ。どういうこと?」→「3つずつ同じ数がくる。」→「わかった人。すごい。一つ法則を見つけたね。何かを思って発表するのはいい。仮説って言うんだ。」→「二つ目の数を揃えたら17番目が5になる。」→「なるほどこれも仮説だね。いつも5になるの?」→「上と下が同じ数でないと5になる。」→「すげぇな。素晴らしい。間違えないようにするにはどうしたらいい?」→「(全員で)検証。」→「どうしたらいい?」→「二番目と一番目を変えて行う。」「一番目が7、二番目は3になると17番目は3になるはず。どう。確かめてみて。」→「あれ。1にならない。」→「理論はどうだった。」→「違った。」→「いいねぇ。会社なんてやってみて失敗の繰り返しだからな。」

生徒の考えた理論を全て検証した。

12時01分

玉置先生「これみて(検証後の板書)思うことない?仮説修正できる?」→「2番目が同じのときに17番目も決まっていく。」→「2番目の数は、4つしか試していないからな。試してみよう。仕事を分担していこう。」

玉置先生はクラス全員に1から9まで割り振る。最後二人だけ残す。

玉置先生「あれこれでいいか?あと一つの数字は?」→「0と呟く」→「あと二人は何をしたらいい?」→「(全員で)0」→「みんな間違えちゃダメだよ。学校で仕事しよう。」

その後全員で声を出して確かめる。生徒「やったー」

12時10分
玉置先生「何がやったー?」→「仮説が少しあってた」→「素晴らしい。二番目の数が1だと17番目は5になる。二番目が3だと17番目は1という法則が隠れてたね。四人グループになって。先生はルールを知っているから。仕事の分担の仕方を4人で考えてよ。知恵を出しあって見つかったら挙手して。

12時15分
玉置先生「調べるときに、どうして0から書いたの?なんで5,3,0,1とやらなかったの?」→「法則性を見つけやすいから。」→「どうしてという言葉が大事なんだ。きまりを見つけるときは、片方を小さい方から大きな方へ揃える。」「いいねぇ。分担することで学校の力が強まる。」「案はみんなで共有する。一人であれこれと考えた方がいい。一人で考えたら知恵は出ない。」

12時25分
その後仕掛けを発見したグループが発表し、授業を終える。(中澤)


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 こんにちは。4期生の安部です。先日、岡崎市の額田中学校での玉置先生の飛び込み授業と形埜小学校の授業研究会に参加させていただきました。三河地区である岡崎市のセミナーに初めて参加させていただき、自分の地元に近いため、親近感を抱くとともに、多くのことを学ばさせていただきました。


 午前中の玉置の飛び込み授業では、初対面の中学1年生の生徒に、「いいか、今から先生の名前を一回だけ言うぞ、よく聞けよ」という独特の自己紹介から入り、「分かったら分かったという顔を、困っていたら困ったという顔をしてくれよ!」と場を和ませつつ、生徒一人一人が素直な気持ちで主体的に授業を受けられる工夫をしているのがさすがだなと思いました。


 今日の授業の題は「17番目の秘密」というものでした。数字の並びの規則性を見つけるという、一見、クイズのようなものでしたが、その中に、仮説を立てて、それを検証する方法、決まりを見つけるときには、一方を小さい順に並べていくと規則性を見つけやすいということ、数学は無駄なものを減らしていくものであることなど、教科書の範囲を超えた数学的な見方や考え方を指導されていました。


 また、玉置先生が繰り返し強調しておっしゃっていたのが、「クラスやグループなど仲間同士で学ぶことの大切さ」です。4人グループの体型にし、それぞれのグループで規則性を見つけさせる場面では、「黙ってずっと考えていてはダメ、こうしたら、ああしたらってつぶやくのがいいよ。」と指導されていました。仲間ととに学ぶことの価値を教え、体感させる授業を日々繰り返しことで、「主体的で対話的な深い学び」の実現につながっていくのだなと思いました。授業最初に「17番目の秘密」という言葉から何も浮かばなかった男子生徒が、授業終わりには「(17番目の決まりがみつかって)あ〜なるほどってなりました。」と、素直な気持ちを言っていたことからも、最初分からなかったことを仲間と共に学ぶことで分かるようになる、深まるという実感をさせることが大切だなと改めて感じました。

 午後に伺った形埜小学校は山の中にある学校で、全校生徒がわずか50人ほどでしたが、人数が少ないからこそとても温かい雰囲気が学校全体に広がり、子供同士の繋がり、先生と子供の関係はとても良いものでした。玉置先生の落語を聞いて、何も考えることなく大きな声で笑う子供たちの様子を見て、とても微笑ましかく感じました。

 同じ地区の小学校でしたが、自分の小学校とは環境は全く異なり、学校全体の雰囲気も全然違ったので、驚きましたが、こんな学校もあるんだな、と実際に足を運び、学び得られたことはすごく良い経験になったと思います。教員になった後も今日の経験を忘れないようにしたいと思います。

 このような機会を与えてくださった玉置先生、そして額田中学校、形埜小学校の皆様、貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。(安部)

平成30年度 玉置ゼミ卒業論文発表会に参加して(酒井)

 暦の上ではもう春ですが、まだまだ寒くて朝なかなか布団から出られない五期生の酒井です!(笑)

 今回は先日参加させていただいた3期生さんの卒業論文発表会、そして懇親会で感じたこと等ついて書きたいと思います。

 まず!3期生のみなさん!素敵な発表をありがとうございました。最近参加し始めた私にとってこれから始まる玉置ゼミでの学びは楽しみであると同時に未知で不安なものでもありました。

 しかし、先日の先輩方の発表を聞き意図を持って取り組むことで、まだ現場に出る前なのに、あんなにも説得力のある論文及び研究発表ができることを目で見て耳で聞いてとても実感することができました。どの方の発表も聞いている側を引き付けるものがあって書かれた論文を全部読みたい!という気持ちにすごく駆られました。

 自分が同じようにできるかは分かりませんが、2年後自信を持って自分が獲得してきた学びの集大成を発信できるように、玉置ゼミに入ってこんな自分に変われた、理想の教師像が明確に見えてきたと思えるように日々精進し、どんどん吸収していきたいと思います。

 発表後に開かれた懇親会では様々な先輩方や先生方とお話をすることができました。例えば、玉置先生と先輩方の会話を聞いている時には、このゼミがどうしてあたたかくて、高め合いのできるゼミなのかを感じさせられる瞬間がたくさんありました。より良いものを求めて意図的に学びに向かおうとする気持ちが、より学びを深めたり広げたりできるエネルギーとなり、やがて私たち自身の糧となるのは言うまでもありません。

 しかし本当にそれだけでしょうか?私はそういった経験を積む機会を与えてくださっている、温かく私たちを見守ってくださる、経験豊富でお話上手な玉置先生だからこんな素敵な雰囲気のゼミになっているのだと考えています。懇親会で聞いた玉置先生の武勇伝(?)は本当に面白くて、また、考えさせられる内容だと思ったのをよく覚えています。
 改めて、新年度から始まるゼミが本当に楽しみになりました。先生方、そして先輩方、素敵な時間を本当にありがとうございました。(酒井)

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1月12日 教師力アップセミナーに参加して(安藤、安部、杉山)

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 こんにちは。4期生の安藤優里です。さっそくですが、先日の教師力アップセミナーの学びを記事に書かせて頂きたいと思います。

 今回、白石範孝先生の講演ということで国語専修の私はこのセミナーをとても楽しみにしておりました。

 そして、今回もたくさんのことを学ばせて頂いた中で、私が特に印象に残ったことは国語では子どもたちに「汎用的な力」を身につけさせることが大切であることです。どうしてそうなのか、どんな仕組みになっているのかという、論理的に考え、ゴールを導くための「汎用的な力」は、教師が教材分析をしっかりと行い、内容だけでなく、どんな特徴や規則性を持つか、という他の教材でも使える基本となる論理や原理を捉えておく必要があることが分かりました。
 
 国語はよく他教科に比べて、学習指導要領上でも何を教えるのか、身につけされるのかが、抽象的、不明確であると言われますし、実際私も話す、書く、読めるようになるためにはどうしたらいいのか、そのためにそれぞれの単元では何を学べばいいのか、掴めずにいました。そのため、今までの私は段落や場面分け、内容や心情の読み取りが国語の授業ですることだという固定概念がありましたが、それではその単元でしか使えない力しか身に付かないということを痛感しました。具体的には、白石先生は漢字の書き順にしても、なぜ一画目が縦なのか、など初めて漢字を習った時に抱いた疑問に対して、今まで「そういうものだから」「そう覚えるしかない」と自分で無理矢理納得していたことにも、「外側に折れるのは、はらいが先にくるんだよ」と論理的に教えてくださいました。

 今聞いても「なるほど、だからこっちが先だったのか!」と納得できる説明で、むしゃくしゃしながら漢字を覚えた時の自分に教えてやりたい気持ちになりました。他にも『お手紙』の「ああ。」についても、「ああ。」って何だ(笑)と思いつつ、感嘆だと解釈していましたが、「、」「。」がついたら「気づき」であるという原理をきいて、そうだったのか、という驚きと、ここまできちんと教材研究しなければ、という戒めになりました。

 他にも季語やクライマックスなど、自分の今までの国語の概念が変わるようなたくさんの学びがあり、今回もこのセミナーに参加させて頂いてよかったという思いでいっぱいになりました。白石先生、玉置先生はじめ、関係者の皆様方、貴重な学びの場をありがとうございました。(安藤)

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 こんにちは。4期生の安部です。1月12日に教師力アップセミナーに参加させていただき、学んだことを書きたいと思います。

 今回講演していただいたのは、国語授業のスペシャリストでいらっしゃる白石範孝先生でした。私は国語が専門ということもあり、すごく楽しみに話を聞かせていただきました。

 白石先生が強調しておっしゃっていたのが「汎用的な力」という言葉です。私は初めにこの言葉を聞いたとき、何となく分かるような、でも国語の授業でこれを実践するのはすごく難しいことではないかと思っていました。しかし、最後まで先生の講演を聞くと、この「汎用的な力」を授業を通して身に付けさせることがいかに大切かということを学ぶことできました。

 辞書で「汎用」を引いてみると、「一つのものを広く色々な方面に用いること」で、対義語は「専用」と出てきます。つまり、「汎用的な力」とは広く物事に通じ、日常の色々な場面で活用できる力ということです。一回の授業で子どもが学ぶことは、その授業だけにとどまらず、色々な場面で生きて働く力にならなければ意味がないということになると思います。私は今まで色々なセミナーに参加してきて、どの教科でもそれぞの教科特有の見方・考え方を働かせ、深い学びにつなげていかなければならないということを学んできました。しかし、国語の授業でその力をつけるのはなかなか難しいのではないかと考えていました。特に登場人物の心情を読み取る読解の授業では、どうしてこの答えにたどり着くのか、説明するのが難しいからです。それで、曖昧で何となくといった指導になりやすいのかなと勝手ながら考えていました。しかし、白石先生のお話から「用語」や「方法」、「原理・原則」を子どもたちにしっかり指導することができれば、他の文章を読んだときにも使える汎用的な力が身に付くということを学びました。国語の授業においても、どこか腑に落ちない感覚は解消されて、深い理解につながり、汎用的な力がしっかり身に付くということを実感させられました。

 先生が例に挙げられた「ごんぎつね」のクライマックスを考える授業、「物語の視点が兵十からごんに変わるので、ここがクライマックスになるのだよ」と説明できれば、子どもの思考は「なるほど、物語の視点が変わるところは大切な場面であることが多いのか!視点が変わるところに注意して読むと深い読みができそうだな」というように、深まっていき、次に使える「汎用的な力」としてその子に残るでしょう。このように、どうしてこの答えにたどり着くのか、根拠を明確に示して、子どもの思考を深めていくことが大切であるなと今日の講演を聞いて改めて感じました。

 今回も多くの学びを得られました。講演をしてくださった白石先生、そしてこのような機会に参加させてくださった玉置先生や他の関係者の方々に感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。(安部)

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 5期生の杉山です。1月12日に行われた教師力アップセミナーに参加して、学び得たことを記します。

 そもそも私は国語が苦手で、苦手な国語を将来教壇に立って教えることができるのだろうかという不安がありました。また、新学習指導要領で主体的・対話的で深い学びが明記されており、どのような国語教育をすればいいのか全く見当もつきませんでした。

 そんな時に、白石先生のセミナーを拝聴し、これまで当たり前に行われてきた国語教育の在り方を疑問視し、どうすれば子供たちが論理的な思考をするかを、明快で、こんな私にも分かりやすく説明されていて、とても爽快で気持ちのいいセミナーでした。

 知識を子供たちに与えるにしても、ただサラっと説明するだけでは、子供たちは右から左へ受け流すだけになってしまうと思いますが、教材との関連を利用して知識を与えることで、子供たちに印象に残りやすいものになり、さらにそこから汎用的な力を生み出すものにもなる事を教えて頂き、とても勉強になりました。

 教科書の教材において、教材研究ももちろん大事だけど、教材分析をしっかりとして初めて、教材研究の価値が出ることも学びました。いくつかの作品の例を出して、論理的思考を促す先生の講義は、あるべき国語教育の姿だと感じました。

 私もこのような国語教育を、未来の子供達に施してあげようと決意しています。今回、このような素晴らしい学びを提供して下さった白石先生を始め、教師力アップセミナー運営委員の方々、玉置先生、酒井先生など、多くの方にお礼申しあげます。ありがとうございました。(杉山)

篠岡中学校、栗木先生の学び合いの授業を参観して(安部・加藤奨基)

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 こんにちは。4期生の安部、加藤奨基です。先日、篠岡中学校にて栗木教頭先生より国語の授業を見させていただきました。「これぞ学び合い!」と感じさせる素晴らしい授業で、すごくいい刺激を受けました。

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 こんにちは。4期生の安部です。栗木先生の授業を見させていただきました。国語の授業で、あれほどの学び合いを実現できるのか、と正直驚きまして、とても多くの学びを得ることができました。私はこれまで、国語の授業における「主体的・対話的で深い学び」とは何なのか、ずっと考えてきました。例えば今回の教材のように、俳句鑑賞の授業において、最後生徒がどうなれば深い学びになったと言えるのか、どんな振り返りができれば深い学び合いが実現できたというのか、ずっと分からないままでした。

 しかし、今日の栗木先生の授業を見させていただいて、国語の授業においては、最終目標として、子どもの一人一人の思考の深まりが1番大切なのではないかと思いました。その深まりは教師による働きかけよりも、子ども同士の対話による学び合いによって生まれることが大切ではないかと感じました。仲間の意見を自分の考えと比較しながら取り入れいくことで、学び合う環境が生まれ、深い思考、理解につながるのではないかと感じました。

 コの字型の机配置、ちょっとでもわかったことを自分の言葉で懸命に伝えようとする生徒、疑問に思ったことを正直に話す生徒、その声に耳を傾けて一生懸命考え、メモをとる生徒たちの様子は、まさに学び合いの実現の姿ではないかと感じました。また、生徒が書き込んでいるノート、メモは一人一人全然違って、最初は白い部分がたくさんあった用紙が文字で埋まっていくノートは生徒自身の思考の深まりがよく分かるただ一つのノートではないかと思いました。

 栗木先生が言われたように、国語の授業形態は様々で、先生のようなやり方は、他方で、「答えのない授業ではないか」と言われることもあるかもしれませんが、国語における思考力の育成は学び合いによって得られるものが大きいのではないかと私は考えます。

 思い返せば私が国語の授業が好きだった理由も、自分の思考の深まりが感じられる瞬間がすごく嬉しかったからでした。

 一方、栗木先生のような学び合いの授業はそう簡単には実現できるものではないことも感じています。先生は全体交流場面で、自分も椅子に座り、メモを取りながら子どもの意見を聞くことで、子どもと同じ目線に立って一緒に学んでいる姿が見られました。一時間の授業の中で先生が説明する、解説する場面は本当に必要なときだけでした。様々な意見が飛び交う中、先生がされていたのは一人一人の生徒の意見について大きく反応を示す、また意見が出なくなってしまったときに、「何でもいいよ、疑問に思ったことでもどうぞ、〇〇さん」と子どもの思考が止まらないように意図的指名などで生徒の背中を押すことにとどめていました。

 学び合いの実現には、やはり先生と生徒との信頼関係、子どもが安心して自分の意見を言える学級の雰囲気がまず必要であることは、栗木先生のお話でもありましたが、それと同時に、重要な意味を果たすのが、子どもの意見をつなげ、思考を深めるためになされる精選された教師の発言ではないかと思いました。

 話すことよりも聴くことが大切、教師が言いたいことだけ言っていては、子どもの可能性を引き出すことが到底できないと思います。学び合いを実現するためにはまず教師が子どもの意見を聞くことから始まるものではないかと思います。

 栗木先生の授業を見させていただいて、国語の授業のイメージが大きく変わりました。本当に多くのことを学ばさせていただきました。このような機会を設けてくださった玉置先生、そしてお忙しい中、公開授業していただいた栗木先生、篠岡中学校の皆様、本当にありがとうございました。(安部)


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 こんにちは、四期の加藤奨基です。最近服に散財しました。今回は「学び合い」授業のお手本として篠岡中学校の授業名人、栗木先生の国語授業を見させていただきました。自分はまだまだ学び合い授業のイメージが掴めておらず、漠然としたものでしかありませんでしたが栗木先生の授業を見てまた一つ学び合いについて考えを深めることができました。

 今回特に意外だと感じたことが、学び合いの様子についてです。篠岡中では2クラス分の国語授業を見させていただき、そのどちらでも学び合いが行われていました。その中でA組とB組では学び合い中の子どものテンションに差があり、自分はテンションが高く活発な様子の方が深い学び合いだと感じていていました。

 しかし、授業後に栗木先生のお話を伺うと、学び合いでは子どものテンションは低いほうが理想的だと仰っており驚きました。栗木先生によると、子どもが本当に学び合いに集中していたらテンションは高くならず、テンションが低いのは落ち着いて互いに深め合っている証拠である、学び合いは思考を深めるための活動であり話し合いではない、とのことでした。

 確かに、そうです。自分も集中している時は周りとの交流は必要最低限になりますし、心の中に少し適当さがある時の方が周りのことが変に気になってしまうと思います。ただ、これは決して子どものテンションが高いことが悪いというわけではなく、あらためて栗木先生の「学び合いではテンションは低い方が良い」ということになるほどと思い、新しい考えを深めることができました。

 今回お忙しい中授業を見させていただいた栗木先生、授業のお願いや駅までの送り迎えまでしてくださった玉置先生、ありがとうございました。(加藤)

1月12日教師力アップセミナー(白石先生)に参加して(井上・酒井・竹内)

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 こんにちは!4期生の井上です。寒さが一段と増し、バイト先ではインフルエンザが流行しています。予防をしっかりして体調管理をしていきたいと思います。

 さて、先日教師力アップセミナーに参加してきました。今回は白石先生が国語の授業について話してくださいました。そこでの学びや感想を述べていきたいと思います。井上、酒井、竹内の順に記していきます。

 まずは白石先生の考える知識・技能で話されていた、用語、方法、原理・原則についてです。僕は国語は答えが漠然としていて、教えるのが難しいという印象を持っていましたが、この話を聞いて、国語も数学のように論理的に答えを導き出すことができることがたくさんあるのではないかと感じるようになりました。

 例えば、講話の中でも出てきましたが、漢字の書き順です。普段何となく書いている漢字の書き順も実は書き順の決まりが存在することを知りました。

 漢字を教える時には、こう書くんだよと教えるのではなく、こういう決まりがあるよと教える。そうすることでその決まりを使い、多くの漢字の書き順が分かるようになる。その漢字だけではなく、他の漢字でも使える力になるのです。これが汎用的な力になると白石先生は仰っていました。

 次に、授業づくりでは「課題」がやはりとても重要になると感じました。白石先生は課題から思考のズレが生まれ、それが子供達の問いになると仰っていました。昨年9〜11月にかけて教育実習へ行ってきましたが、そこでも課題は授業づくりをする上で重要な要素になっていました。課題から子供達の意欲が生まれたり、疑問が生まれたりしており、課題は学ぼうとする力を生み出すのだと実習を通して考えました。また、教材分析をしてどんな課題を出すのが1番いいか考えることで、よい学びを生み出すことができるのだと感じました。

 今年初のセミナーでしたが、とても充実して学びのあるものとなりました。白石先生ありがとうございました。(井上)

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 こんにちは!寒さがだんだん和らいできて嬉しい5期生の酒井です。先日初めて参加させていただいた教師力アップセミナーでの学びについて書かせていただきます。

 今回白石先生の講義は時間があっという間に感じるほど有意義でした。特に印象に残っていることについてまとめます。

 まず、結果ではなく法則を教えて子どもたちに考えさせることで汎用的な力はつく、ということです。先生は漢字の書き順や俳句を例にして説明してくださいました。これを聞いて、答え合わせ式の授業ではその場しのぎで、知識として子どもたちに定着させるのは難しいけれど、どうしてそうなるのかという原理や法則を教えれば、ちがう俳句や漢字でも同じことが言えるか気になって、子どもたちが自ら学びにむかうようになりそうだと思いました。

 また教材分析についても学びました。いままで教材研究という言葉の方が良く耳にしており、違いもいまいち分かっていませんでした。先生のお話を聞いて扱う教材を分析することで、その教材がどんな特徴を持っているか、どんな規則性を持っているかを教師が掴むことができ、それに基づいて授業を作っていくことが大切であることが分かりました。

 内容ばかり伝えようとする授業ではなくその文章がどんな仕組みになっているかなどについて追究していくことは授業の目的のひとつなのではないかと思いました。

 講義の後半では、いくつかの物語を用いて物語文の授業の説明もしてくださいました。物語を読んだらまずさせるのは初読の感想を書くことではなく話を一文で表すことだそうです。その時あえてズレが生じるようにし、そのズレを授業を通して解決していくという流れで進めていくことで子どもたちの学びたい気持ちを尊重した授業になっているように感じました。

 国語の基礎である次からも使えるようなことを授業で教えられる授業の大切さ感じられ、今回のセミナーも大いに私の糧となりました。たくさんの学びをありがとうございました。(酒井)

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 こんにちは、4期生の竹内です。先日行われた教師力アップセミナーについて書きたいと思います。

 今回の教師力アップセミナーは白石先生の講演でした。白石先生は国語の授業を「考える国語」の授業づくりを目指し、用語、方法、原理・原則を活用し、論理的に考える思考活動を重視しなければいけないとおっしゃっていました。僕は今まで漢字の書き順など暗記しなければいけないものと思っていたのですが、それにも原理・原則があることを知りました。

 論理的に考えるということは、教師が一方的に教え込むのではなく、子どもたちが主体的に考え「深い学び」にもつながると思います。新学習指導要領にもある、主体的、対話的、深い学びを目指すためには、こういった子どもたちが論理的に考える授業というのが必要不可欠に感じます。また、白石先生は思考のズレを解決することを大事にしていましたが、僕が今読んでいる北海道教育大の相馬一彦先生の「数学科 問題解決学習の授業」にも同じようなことが書いてありました。子どもたちが主体的に学ぶためには、『なぜ?』と理由を考えたくなる問いを提示し、その問いを解決していくといった問題解決学習をしていくことが大切だと感じます。

 国語や数学に限らず、子どもたちが授業に対して疑問を持ち、その疑問を解決していくというような授業をすることで子どもたちの主体的な授業は実現するのではないかと思いました。

 今回の教師力アップセミナー開催にあたって、白石先生や玉置先生、教師力アップセミナー関係者の方々、貴重なお時間をありがとうございました。(竹内)

石巻市立大川小学校跡地へ(早川)

 こんにちは。3期生の早川です。先日、大学の友人と東北地方へ旅行へ行きました。その際に、勉強も兼ねて石巻市立大川小学校へ行きました。

 皆さんは、この学校名を聞いて何か思い浮かびますか?約8年前の3月11日。この小学校は東日本大震災の津波によってめちゃくちゃにされました。

 当時校庭だった場所も今は、荒れ地。雑草も全面に生えており、とてもここに小学校があって子どもたちが通っていたとは思えませんでした。

 今はもう8年間ほどが経過しているので、見てられないといったような生々しいものはありませんが、自然災害に飲み込まれてもなお残り続けた校舎たちが、津波の恐ろしさを物語っていました。

 学校の周りにたっていたはずの家は1つもなく、すぐ近くを通っている1本の道路には乗用車は殆ど通っていません。跡地を見に来る私達のような人たちの乗用車のみです。では、他に何の車が通っているのか。たくさんの土を運んだダンプカーだけです。土を大量に運んだダンプカーが遠くへ向かったかと思えば、何も積んでいないダンプカーがすれ違って帰ってくる。新しい堤防でも作っているのでしょうか。

 8年という歳月が経っているのにもかかわらず、この小学校がある地域は人も住んでおらず、何一つ復興しているような様子は見られませんでした。

 今の自分の当たり前に送っている毎日の生活がどれだけ恵まれているか、実感させられました。ありきたりのことしか言えませんが、自分の眼で見れば、きっとわかるはずです。

 何枚か写真を取りましたが、とても見ていられないようなひどい様子の校舎の様子に対して、皮肉にも青空は晴れ晴れとしていました。(早川)

◯ 写真の説明
1枚目:崩壊した体育館への連絡通路
2枚目:窓ガラスのサッシごとなくなっている各教室(校舎)
3枚目:体育館(奥に、体育館によくある倉庫の扉が見えると思います)
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1月21日 渋川小学校 研究授業・協議参観に参加して(小谷川)

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 こんにちは、今回特別に参加させていただきました、教育学部3年の小谷川です。尾張旭市立渋川小学校での道徳の研究授業及び、その協議について書かせていただきます。

 まずこの小学校は、私が9月に行った教育実習の実習校で、今回研究授業をした相羽先生の授業も実習中に何回か参観していました。

 相羽先生の授業は常に対話を意識した授業をしていて、日頃からかなりトレーニングをされているのがわかるような生徒の動き、活動が見受けられました。

 例えば、教科書は基本的にペアで1つであったり、机の上には物を全く置かない、ホワイトボードを使うときの役割(書記、質問する人、質問される人)、相づち、聞く姿勢(質問わざリスト)など他にも様々な日頃からの授業の工夫があり、とても勉強になる授業でした。

 このようなトレーニングは多少作業化してしまうところがでてきてしまいますが、授業をみていると、「どんなこと言ってもいいよ。」「なるほどなぁ。」「前の班では〜という意見でしたが、…」など自然とでている言葉があったり、友達の意見を要約してまとめていたり、本物の話し合いが1年を通して身についていることがハッキリとわかりました。また、話すだけでなく、書くスピードもとてもはやく、話し合いの記録もキーワードで抜き取るなど上手く行なっている姿を見ることができました。

 最初の頃は相づちの練習から入ったということで、誰でもできるいう基礎・基本をどれだけ意識させて、完璧にさせるかだけで、ここまでの子どもの成長につなげることができるんだなという驚きと、主体的・対話的な深い学びが言われている中で、どれだけの教師がこれくらいしっかりと基盤を固めて「対話」をさせているのかと考えると、すごくおもしろい授業や、対話のしやすい授業を作るよりもまず、学級規律がどれだけ重要かと学びました。

 また「子どもたちはすごく自由にやっているつもりで、実は相羽先生の手の中にある」ということを聞き、かなり納得しました。生徒の主体性などは必ずしも自由にやらせるだけでなく、教師が与え、誘導し、作り上げていくものであるということを痛感し、学級づくり、授業などで子どもの主体性の芽生えさせ方を履き違えないようにしなければならないと感じました。

 相羽先生の授業は何回見ても、様々な工夫点を見つけることができ、本当に勉強になります。実習のときに見た子どもたちからさらに進化していて、ファシリテーターの活動も入れた授業展開でした。子どもの成長に合わせて授業自体もより高度なものになっていました。改めて、本当に研究熱心な先生なのだと感じました。私も相羽先生のように、子どもの成長を常に感じて、教科として力だけでなく、人間としての根本的なところの成長を促していけるような教師になれるよう学んでいきたいと思いました。ありがとうございました。(小谷川)

1月12日 教師力アップセミナー(白石先生)に参加して(中西・山田)

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 こんにちは。5期生の中西です。先日、初めて参加した教師力アップセミナーでの学びを書かせていただきます。

 白石先生のお話を聞いて印象的だったことは「国語を論理的に考えさせる」ことです。「論理的に考えさせる」授業は思考のズレから子ども自身の問いを生ませる、つまり子どもの主体的学びへ繋げるところから始まります。問いに対して「用語」や「方法」、「原理・原則」をもとに解決へ向かわせ、その過程において学びを広げていくのです。話し合いや発表をして沢山の意見が出たらそれで終わるのではなく、その意見の共通点や違いをまとめて、見つけていくことが対話的な学びとなります。こうした問題解決学習が国語を論理的に考えさせることにつながり、他教科においても同じことが言えるということが分かりました。

 また教材分析について、その教材の特徴や規則性に焦点を当て、「〜の力を児童・生徒に身につけさせたい!」より先に「教材を研究する!」ことを第一に考える必要性を学びました。中心人物・場面の切り替え・表現技法・クライマックスなど物語の教材だけでも分析しなければいけないことは沢山あります。「考える国語」の授業づくりにおいて教師が教材研究をしっかり行うことが、子どもの知識・技能の質を高めていくことにつながっていくと知りました。

 今回のセミナーでは学校入口での駐車案内を担当しました。駐車可能な場所を素早く的確に相手へ伝えることは予想以上に難しく苦戦しましたが、先輩からのアドバイスをいただいてなんとかやりきることができました。

 最後に、国語授業について貴重なお話をしてくださった白石先生、このような機会を与えてくださった玉置先生、酒井先生をはじめ関係者の皆様、たくさんのアドバイスをくださった玉置ゼミの先輩方、ありがとうございました。 (中西)

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 こんにちは!4期生の山田です。今回は大口中学校で行われた教師力アップセミナーから学んだことについて書きたいと思います。

 今回は国語科の白石先生が講師として来てくださると聞いて、どうしても行きたいと思ってとても楽しみにしていました。それなのに、白石先生のご講演は期待していたわたしのさらに上をいくもので、目から鱗の連続でした。

 中でもわたしが1番心に残っているのは国語の物語の授業の構成の仕方です。はじめの授業で、一読したあと、「(中心人物)が、(出来事)によって(変容)をする話・なる話」という穴埋め式で物語を一言で書かせて、読み取った内容のズレ(思考のズレ)から課題へと導くというものです。セミナーの中では、実際に「お手紙」や「スイミー」など馴染みの深い作品で実践的な授業を順を追って話してくださいました。私たちからしてもとても考えさせられる面白い授業であっという間に時間も過ぎたように感じました。

 また、話し言葉の句読点は気づきの意味が込められているということも初めて知りました。このことから、「お手紙」のクライマックスで、がまくんがかえるくんからのお手紙を読んだ後の「ああ、」という言葉には僕にはこんな友達がいるんだという気づきが込められているのだとわかるねと論理的に教えていただきました。さらに漢字の書き順の法則も初めてお聞きしました。白石先生のお話は全て論理的で納得しながらすっと腑に落ちてくるところがとても感動しました。

 白石先生、貴重なご講演をありがとうございました。同じ国語科として、また本や機会があれば講演会で是非学ばせていただきたいと思います。(山田)

1月12日教師力アップセミナー(白石範孝先生)に参加して(嶋藤・早川)

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 こんにちは。3期生の嶋藤と早川です。今回は白石範孝先生の教師力アップセミナーに参加してきました。そこで学んだことについて記事に書いていきたいと思います。

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 こんにちは。3期生の嶋藤です。
 学んだことは3つあります。

 1つ目は、「用語、方法、原理・原則」をしっかりと習得・活用させることの大切さについて学びました。国語は1つ1つの作品について深く見ていくだけで、結局どのように呼んだらいいのかということや、どこがクライマックスなのかということは分かっていなかったように思います。そこで、しっかりと「クライマックスとはこういうものである」ということを教えておくことで、どんな作品でも対応できるようになるそうです。「汎用的な力」が国語には大切であるということが分かりました。

 2つ目は、どの作品でも一文でどんな話だったかを書かせる方法をとれば、作品をしっかり理解しているかどうか分かるということを学びました。一文の構成は、「(中心人物)が、(できごと)によって(変容)する話」です。この一文を書けるということは、中心人物が分かっており、クライマックスがどこなのかが分かっているということになります。この授業のやり方はとても良いと思いました。実際に4月から使っていきたいと思います。

 3つ目は、中心人物が分からない時は、語り手目線で考えればいいということを学びました。語り手から見て、客観的に書かれているのは中心人物ではなく、心を書いているのが中心人物だそうです。その見分け方はなるほどなと思いました。白石先生は例で「こわれた千の楽器」という作品を使っていました。この作品では、中心人物がこわれた千の楽器なのか、月なのかで悩みました。題名がこわれた千の楽器ということもあり、こっちを中心人物だと思っている人の方が多かったかもしれません。ですが、先ほどの語り手目線で考えれば、語り手はこわれた千の楽器に対しては、客観的に書いており、中心人物ではありませんでした。月に対しては、心を書いており、中心人物は月だということが分かりました。このように、中心人物が分からないという時には、この方法で考えればいいということを学ばせていただきました。

 以上のように、多くのことを今回も学ばれていただきました。国語の汎用的な力が私にもなかったようです。子どもたちがそうならないように、しっかりと汎用的な力を身につけさせていきたいと思いました。ありがとうございました。(嶋藤)

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 こんにちは。3期生の早川です。今回の白石先生のお話の中で最も印象に残っていることが1つあります。

 それは、白石先生が講義の冒頭で話された漢字のお話、「こういうものだから」と覚えた知識は何の力にもならないという話です。白石先生は、漢字の書き順を例に挙げて説明されていました。正しい書き順で書くことを意識させることは大事なことですが、なぜそのような書き順になっているのか、その根本の書き順の原則から教えていくことが大事であるとおっしゃっていました。確かに、書き順の原則を知っておけば、既習漢字だけでなく未習のものでも正しい書き順を推測して書くことができます。

 白石先生は今回の講義を「未来に生きる子どもの『資質・能力』を育成する国語授業」と銘打っていらっしゃいました。今まで、玉置先生の講義や普段のお話の中で、”資質・能力の中の「見方・考え方」は一生覚えておいて得なこと”ということをおっしゃっています。

 お二方のお話を合わせて考えてみても、ただ先生の持っている知識を子どもたちに教え込むだけでは通用しないことがひしひしと伝わってきます。自分たちが子どものころに受けてきた授業をイメージして同じように授業をしても駄目だと考えさせられました。

 毎回、セミナーや講義を聞くたびに同じことで悩まされますが、嘆いてばかりでも仕方がないので、4月になるまでのこの自由な時間を大事にしつつ、教員になってからも向上心をもって授業づくりに取り組めたらいいなと思います。白石先生、今回はありがとうございました。(早川)

1月12日教師力アップセミナー(白石先生)に参加させていただき(北神・中澤)

 こんにちは。五期生の北神と四期生の中澤です。今回は1月12日の教師力アップセミナーでの学びを記していきたいと思います。

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 こんにちは!五期生の北神祐里子です。今回初めて教師力アップセミナーに参加させていただきました。そこで学んだことについて書きます。

 まず、主体的な学びというのはノートに自分の考えを書くことではなく、教師が出す課題に対して考え思考のずれを感じ問いを持つことだということです。『スピードかぞえうた』の授業の仕方は、まさに主体的に自分の考えを持つことができる授業だと思いました。分からなくて一生懸命考えて知ったことや学んだことはすごく頭に残ると思います。

 そんな授業をするためには、教師が、その教材はどんな特徴を持っているのか、どんな規則性があるのか明確にしておき、児童・生徒にどんな活動をさせると良いか考えておく必要があります。児童・生徒に主体的な学びをさせるためには、教師の綿密な教材分析が不可欠だと思いました。

 そして、国語で学ぶことも数学で学ぶ法則と同じように、他の作品にも生かすことができるということです。私は、物語のクライマックスは中心人物の変容点であることを初めて知りました。中心人物は誰であるかを考え、会話文や描写の文または視点が変換された文がどこにあるかを考えると、クライマックスを簡単に見つけることができました。私は今までなんとなくという感覚でクライマックスを探していたためとても驚きました。ある作品の登場人物の心情を読み取ることだけに力を入れるのではなく、このように他の作品にも生かすことができるような指導をすることが大切だと思いました。

 「用語」「方法」「原理・原則」について私自身ももっと学ばなければならないと感じました。参加させていただきありがとうございました。(北神)

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こんにちは。四期生の中澤佑太です。今回は、白石先生のセミナーに参加させていただきました。学ばせていただいたことを記していきます。

 数学では、公式という知識技能を学ぶことで、問題を解くことで思考力判断力表現力を身に付けます。国語も理数の世界と同じように、知識技能を習得し、これを使って思考力判断力表現力を身に付ける学問であることを学ばせていただきました。

 例えば漢字の筆順では、九のように、はねが外側にある字は、はらいが先になり、万のように、はねが内側にある字は、はねが先になります。上記した知識技能を学ぶことで、他の漢字にこの知識技能を使って筆順を考えることで思考力判断力表現力を身に付けることができます。

 俳句の学習においても、五七五の最後の五文字が作品のテーマとなるという知識技能を学ぶことで、様々な俳句の季語が何かを考えやすくなり、作品作りによって思考力判断力表現力を身に付けることができます。五七五七七の短歌では、七七で心を示すという理屈があります。

 国語の授業は内容主義でなく、分析主義となることが大事であることを学びました。教材分析では、その教材の特徴と規則性が何かを考えることが大事になります。

 文学作品の授業では、クライマックスがどこかをきく授業がありますが、この授業ではゴールを導けていないということを学びました。クライマックスを面として捉えると、クライマックスでなく山場を見つけることになります。クライマックスとは、中心人物の変容点を意味します。クライマックスを見つけるときは、一文で見つけること、会話文か描写の文であること、視点の転換点になっていることを意識することが大事になります。

 文学作品のプロローグは、絶対に落とさない。ここに物語で伝えたいこと(中心人物が誰かなど)が隠れている。この事を私は学ばせていただきました。

 今回のセミナーで、多くの後輩と出会いました。一日過ごして私は、後輩も恵まれました。本当にここまでの人生で一番幸せな瞬間を生きていると感じています。しかし同時に、後輩の前で恥ずかしい言動をしてはならないという思いにもなっています。私は、この気持ちを活かして、今までできなかったことをできるようにしていきたいと考えています。

 最後に、国語の授業を根幹となることを教えていただいた白石先生、酒井先生を始め教師力アップセミナーの関係者の方々、玉置ゼミ生、そして玉置先生に感謝の気持ちを申し上げます。教師力アップセミナーに参加させていただけていることに対する感謝の気持ちが薄くならないようにと考えています。次回もよろしくお願いします。(中澤)
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1月12日 教師力アップセミナー(白石範孝先生)に参加して(遠藤・加藤奨基)

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 こんにちは。先日成人式を終えて、久しぶりに恩師と再会し、沢山の刺激をもらった五期生の遠藤です。こんな先生になりたい!という思いが更に強まった、素敵な一日になりました。

 さて今回は、1月12日に大口中学校にて行われた教師力アップセミナーから学んだことについて書きたいと思います。

 授業を考えるにあたり、最も時間をかけるべきなのは教材研究であるというお話を聞き、改めて教材を分析して、教えるべきものを見出すことの大切さを感じました。白石先生による教材分析は、プロローグを深く読み、クライマックスを明確に捉え、教材の持つ特徴と規則性から課題を見出す等、授業化する際子供にどんな点を学んで欲しいかについて意識していらっしゃる素晴らしいものでした。

 こうしたお話を聞く中で、以前読ませて頂いた板書についての本の中で、白石先生が仰っていた次のようなお言葉を思い出しました。

「子供の反応を書いていくときに大切なのは、単にそれを書きつらねるだけでなく、それがどう収束するのかがわかるようにしなくてはいけません。」(これでできる!「板書」の仕方がわかる / 白石範孝編集代表 『使える授業ベーシック』シリーズより)

 子供が考えを出すことは大切ですが、それだけでは勿体無いのだと思います。それらの意見が常に意識的に問題解決へと進むよう、教師が意図的に導くことが大切なのだとわかりました。

 また私は、自分自身が本を読むことが好きなので、読書の楽しさと物語の世界の面白さを子供たちに伝えられるような教師になりたいと思っています。白石先生は今回のセミナーの中で、読書力を育てるには、本を読む機会ばかり与えるのではなく、教師自ら楽しむ読み方を伝えていかなくてはいけない、と仰っていました。

 その言葉を聞いて私は、私がこれまで考えていた読書週間やビブリオバトル等の取り組みは、どれも方法ばかりで心が足りていなかったのだ、と衝撃を受けました。大学生として沢山の本と向き合える今のうちに、楽しむ読み方を自分なりに模索していきたいです。そうして見つけた読み方に基づいて、子供たちが積極的に楽しめるようなイベントを考えたいと思います。

 今回のセミナーでの役割として、私は今回お茶をお出しする担当をさせて頂きました。急須から湯のみにお茶を注ぐ時は、少量ずつ順番に注いで濃さを均一にすることや、お出しする際は目線が先生方よりも下になるよう、膝をついてお出しすることなど、社会人としてのマナーを先輩方から学び、大変勉強になりました。ポイントは、お話の邪魔にならないようタイミングを見計らってお出しすることと、茶托にお茶がとんで汚れていないかきちんと確認することだと思います!参考になりましたら嬉しいです。

 今回の教師力アップセミナーから、国語を専攻する者として国語の授業がどうあるべきか、国語を通して子供たちがどんな力を育むことができるのかを学ぶことが出来ました。素晴らしいセミナーを開催してくださった白石先生、こうした機会を与えてくださった玉置先生をはじめとする先生方、そして、仕事内容から礼儀作法まで様々なことを教えてくださった先輩方、本当にありがとうございました。(遠藤)

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 明けましておめでとうございます、四期の加藤奨基です。以前書籍を読ませていただいた白石先生に新年一発目のセミナーでお会いできるということで、今回はとても楽しみにさせていただいていました。

 お会いした白石先生は、以前から本の写真で拝見させていただいていた白石先生と同じ白石先生で(当たり前!笑)、朝の玄関挨拶にも力が入るというものです!

 今回のセミナーで特に印象的だったことが、白石先生がおっしゃっていた「国語の問題解決学習」です。入念な教材分析・教材研究から課題を提示し、子どもたちそれぞれの思考のズレから問いを持たせ、主体的・対話的な活動を通して解決へ至る中で「用語、方法、原理・原則」など他教材でも通用する汎用的な力を身に着けさせ深い学びとする、という具体的な授業作り方法を聞くことができ、以前書籍で読ませていただいた国語の論理と子どもの主体的対話的で深い学びが絶妙にミックスされた授業作りだと感じました。

 また、白石先生の論理的思考による国語授業は、野口芳宏先生の明確な答えのある国語授業に通じるものがあるとも感じました。野口先生も白石先生も、題名や表現技法など本文に基づいた論理的な観点から、曖昧になりがちな「国語の答え」をしっかりとした理由から導かれていたと思います。自分も国語授業を作るときは、他教材にも応用できる力、身に着けた力から論理的に答えを導き出す力の二点を子どもたちに習得させられるような授業作りをしていきたいなと思います。
 
 今回のセミナーは僕が人生で三冊目に読んだ教育書の先生にお会いすることができ、とても嬉しく学びの深いものになりました。本でしか知らなかった先生が目の前にいる様子は、さながらスターを前にしているようでかなり緊張しましたが、そういった経験ができるのも玉置ゼミの醍醐味だなと再認識できたセミナーでした。新たな学びをご指導くださった白石先生、このような機会をくださった玉置先生をはじめとする先生方やセミナー関係者の皆様、ありがとうございました。(加藤)

1月12日教師力アップセミナーに参加して(関口・秋田・生田)

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 こんにちは!4期生の関口です!今回は1月12日の教師力アップセミナーについて書きます!

 国語専修である私ですが、国語という教科が得意というわけではありません。「なんでこうなるんだろう」なんて考えず、なんとなくこれっぽいな、こう覚えるしかないんだなと過ごしてきました。

 こんな私のままでは、教える立場として情けないなと改めて感じ、より国語科について学びたいという思いがすごく強まりました。

 教育実習では、教材研究していたつもりが全然できなかったことに「ああ。」と気づきました。教科書を出版社別に比べることでねらいも読み方も捉え方も変わることに驚き、面白さを感じました。そういった面白い教材研究ができていると、子どもたちにも国語の面白さが伝わるんだと思います。

 学習指導要領の話から始まり、難しそうだなと感じていましたが、具体的な教材で自分自身がやりながら学ぶことができ、とても勉強になりました。すぐに取り組めそうなこともあり、早く使ってみたいなとワクワクしています。

 昼食時のお話もとても勉強になりました!本日は本当にありがとうございました!(関口)

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 こんにちは!4期生の秋田です!先日、白石範孝先生の教師力アップセミナーに参加させていただきました。

 白石先生のお話から、国語の授業は本来どういう姿であるべきか改めて考えさせられました。登場人物の気持ちを考えさせノートにかかせるだけであったり、隣同士で意見をただ話し合わせるだけであったりなど、従来の定番である授業のかたちに疑問をもったり、もっと深いところまで踏み込まなくてはならないのだと思いました。

 また、授業で扱う教材の読み取りをできるようにするのではなく、文章を読み取る方法や、きまり、原理原則を子どもたちに習得させ、活用させることが大切であることがわかりました。

 私も小学校、中学校の実習の際に国語の授業をさせていただきました。その時の授業づくりの時には感じなかった国語の授業づくりにおいての新たな視点が得られました。白石先生、貴重なお話ありがとうございました。(秋田)

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 今回初めての教師力アップセミナーに参加させていただきました。初めての参加で自分が喋るわけでもないのに緊張していました。しかし実際行ってみて先輩方、先生方皆さんがとても優しく、楽しく講義を受けることができました。先生同士も楽しそうで、一期生から自分含め、全ゼミ長が参加していたみたいで、とても玉置ゼミの繋がりの強さと、教育に対しての情熱を感じました。

 さてセミナーの内容に入っていきたいと思います。今回は白石先生の国語の授業に関してのセミナーで、自分は国語を専門しているので大変勉強になりました。(とは言っても自分は国語が一番苦手な教科です)

 やはり国語の授業作りはとても難しい内容になってくると思います。自分が学生時代の時も正直一度も面白い、楽しいとは思ったことがありませんでした。

 しかし、白石先生の授業は今まで有耶無耶にされてきた場所をきちっと論理的に説明してくださったおかげで国語が苦手な私でも頭に入ってきました。

 今まで聞いてきてた先生たちの「これは覚えるんだ」と言う言葉、無責任で子どもに疑問を残してしまうものなんだと思いました。自分も問題に対しての答えが「なんでそうなるのか?」ということを子どもにキチンと説明でき、子どもにさらに勉強に興味を持たせれるような教師になりたいです。でもそのためには自分自身の勉強です。国語の苦手克服を頑張って行こうと思います。(生田)

1月12日教師力アップセミナーに参加して(高橋・矢崎)

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 こんにちは。今回は、1月12日に大口中学校で行われた、白石範考先生の教師力アップセミナーからの学びを、4期生の高橋と、5期生の矢崎で書いていきたいと思います。

 今回、白石先生のお話を聞いて学んだことの中から、2つのことについて書きます。

 1つ目は、「何となく」の国語ではいけないということです。

 「目に青葉 山ほととぎす 初がつお」という句の中の、季語は何かだけではなく、なぜこの季語なのかというところまで説明できるようにならないといけないこと、「万」と「九」で、はらいの書き順が異なるのはなぜか、俳句と短歌の違い、など、今まで私も「何となくそういうもの」でやり過ごしてきた、痛いところを突かれました。白石先生は、その「何となく」を、論理的に説明できるようにならなければいけないと、はっきり仰っていました。そのためには、知識、技能をきちんと教える必要があることも分かりました。

 2つ目は、物語文を読んで、内容を一文で書くという活動についてです。

 この活動についても、漠然と一文で書くように指示するだけではなく、はじめにきちんと、「『中心人物』が、『出来事』によって『変容』する・なる話というように書きなさい」と、明確な指示があり、とても考えやすかったです。

 そして、この一文には、A面(誰でも考えられるもの)と、B面(さらに深い読み)があるのだそうです。他の人との考えのズレから、課題に繋げるという授業展開があるということを学びました。私は教育実習の際に、文学的文章の教材を扱いましたが、主人公の心情の変化の読み取りというパターン化された授業展開しか思いつきませんでした。そのため、今回の白石先生のセミナーを聞き、文学的文章の授業ではこんなやり方もあるのか、と考えの幅を広げることができました。実習前に聞けていたら、また違った授業になったのだろうなと思います。

 今回、実際の教材を使って白石先生のお話を聞くことができ、知っている教材が多かったのですが、やはり国語は面白い!と改めて国語が好きになりました。「何となく」の国語にしてしまわない為にも、まだまだ自分自身知りたいこと、勉強しなければいけないことがたくさんあると分かりました。

 今回もとてもたくさんの学びがある時間を過ごすことができました。ありがとうございました。(高橋)

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 こんにちは。1月12日に行われた教師力アップセミナーで学んだことについて書かせていただきます。

 私が大学で専攻している教科は国語です。今回の教師力アップセミナーは国語について学びを深めることができると思い、参加させていただきました。

 私は、よく家族に「国語の先生って何するの?国語の授業ってよくわからんやん?どうやって指導するの?」とよく聞かれます。そんな時私は今まで「それを学んでるの」としか答えることができませんでした。その回答は確かに間違っていません。しかし、私は正直、国語とは何をどうやって教えていくのかが大学の授業だけではボヤーッとしていました。

 しかし、今回、 先生のお話をうけて国語を教えるとはどういうことなのかということが見えてきました。

 私はお話の中で 白石先生が提示されていたポイントで「国語は知識」という事が一番印象に残りました。なぜなら、私は今まで国語が一番得意で、あまり良くないのですが、フィーリングで解いていたという自覚があります。だから、児童や生徒に国語を教える時にどうしたら良いかわかりませんでした。

 しかし、 白石先生のお話の中に国語の教科書のお話にも説明文にも全て「用語、方法、原理、原則」があり、それを子どもが習得し、その時学んでいるお話、説明文だけでなく、以後の学習にもそれを活かせる事が国語の授業であるとおっしゃいました。これに私はハッとしました。今まで確かに文法や俳句の規則など学んできたのにそれを活かす授業に出会った事がなかったからです。 白石先生が例に示して下さった、俳句やスイミーそのどの教材にも確かに「用語、方法、原理、原則」がありました。これらを見つける為には教材研究が欠かせません。ただ、教科書見ていくだけではいけません。自分がこの教材でどんな事を学びとして子どもたちに得て欲しいかという軸をぶらさずに教材研究をすべきです。でも、まだ私には教材研究の力がまだまだ足りないので、これから玉置ゼミでその力をつけていきたいと感じました(矢崎)

12月26日 真打会に参加して(菱川)

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 3期生の菱川です。12月26日に、真打会で道徳の授業をさせてもらいました。今回はその授業をして学んだことをここに書かせてもらいます。

 まず、率直に授業をして感じたことは「難しい」でした。授業前にゼミ生たちの前で授業をして、たくさんのダメ出しをもらってたくさんの変更点を、踏まえて本番の授業をしましたが、全く納得のいく授業ができませんでした。改めてレベルの低さを感じて、もっと勉強しないといけないなと感じました。

 また、授業を終えて生徒役をやってくださった先輩教員の方々からは以下のようなアドバイスをいただきました。(良い点、改善すべき点でまとめさせていただきました。)

良い点
・範読する時の声がやわらかい
・板書をキーワードでまとめている
・子どもに考えさせる発問(ゆさぶり発問)がある
・板書で物語の流れを作ろうとしている

改善すべき点
・自信を持って授業する。
・1人に聞いて板書ではなく、全体に聞いてキーワードを板書する
・イラストなど視覚でわかるように黒板を扱う
・板書を全て繋げて書かない。(主人公の気持ちを話して書く等)
・もっと色分けをする
・「わからない」子どもへの配慮を忘れないこと
・授業の中で扱いたいキーワードをもっと扱うこと

 たくさんの指摘をいただきました。この中でも私はまず、「自信を持つこと」が僕には一番足りないなと感じました。授業中も不安だらけで机間指導をしようとしても頭の中が真っ白で子ども役の先生方が何を考えているのかどんなことを呟いているのか全く頭の中に入ってきませんでした。そんなことより、次は何を発問して、この次は…と先のことばかり気にしていました。自分の中にゆとりをもって授業に望むことができればきっと不安になったり、焦ったりすることが少なくなると思うので、ゆとりを持つために授業準備をもっと完璧にしたいと思えました。

 またもっと板書計画を考えるべきとも思えました。子どもが黒板を見たときにパッと今やってる内容がわかったり、授業の流れがわかるような板書計画を考えていきたいです。

 そして、改善すべき所ばかりでしたが、良い点もあったと先輩方から言われました。それを自分の中でより良いものにできるようにこれから先もっと勉強していきたいです。(菱川)

1月7日 南城中学校 講義・模擬授業に参加して(小谷川)

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 こんにちは、特別に参加させていただきました、小谷川です。今回は1月7日に行われた南城中学校での玉置先生による新学習指導要領と道徳に関する講義と模擬授業について書かせていただきます。

 玉置先生の講義は、大学では受けたことがなく、蟹江小学校での講義と今回の南城中学校の講義しかありませんが、模擬授業に入るその前の講義の時から、授業で使える様々なテクニックが散りばめられていてとても勉強になりました。 生徒の興味の持たせ方や、発言方法・させ方、ペアでの話し合いのタイミング・時間など授業で実践できることが多く、またその一つ一つに根拠や意味があり、授業をテンポ良く進めることができ、また考えることが明確になる授業をすることができる技ばかりでした。

 また、道徳の手品師を例としてやった授業の仕方には驚きました。手品師の結末に賛否両論ある中で、自分ならどうするだろうかを考えて様々な案を出し合い、自分ならやらないだろうというものに手を挙げて票をとっていくというものだが、読み物のねらいなど全て取っ払い、自分の思っていることに賛成ではない人もいるし、自分がやらないと思うことを実行したいという考えを持っている人もいるのだという考えの多様性の部分に注目させる授業づくりもあることを発見することができました。

 考え方に多様性があるように、授業も書いてあることが全てではなく、様々な形に変化させることにより多くのことを教えていけるものであると感じました。また、その多くの考え方があるという多様性を認め合う授業というもの自体が今の時代的にも必要であるとも思いました。

 玉置先生の授業などで授業テクニックを教えてもらうと教育実習での授業をやり直したいと思うほど、実践してみたいものが多く、身につけたい技ばかりでとても勉強になりました。それらの技を今度は自身が現場に出る際にしっかり実践できるよう自分のものに吸収できるようにしたいと思いました。ありがとうございました。(小谷川)

1月7日 南城中 現職教育に参加して(早川)

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 こんにちは。3期生の早川です。今回は、春日井市立南城中学校の現職教育に参加させていただきました。

 玉置先生の講話はいつものごとく自然に「学習指導要領はおおよそ何年ごとに改正されますか?」の問いから始まりました。圧倒的な自信を持って言えた数ヶ月前の自分とは異なり、「10…だよね?」と思ってしまう自分がいました。教採が終わってからというもの、知識は抜けていくばかりです。

 今回の講話で最も頭に残っている言葉は、「見方・考え方は一生覚えておいて得なこと」です。毎日の授業を行う中で、子どもたちに各教科の内容を教えながら、一生使えるような見方・考え方なんて教えられるものかなあと正直思うところはありますが、ただ教えられたことをそのまま実践できるだけの子どもではこれからの社会を生き抜く子を育てられません。学んだ単元内だけで使えるものではなく、その単元を通して何を身に着けられるか、先生の立場として考える必要があるなと考えさせられました。

 最後になりますが・・・
「春日井市立南城中学校」は、実は私の出身中学校です(笑)

 知っている先生方がいらっしゃるかなと思い、眺めていると、中3の時に社会の公民を担当してくださっていた大橋先生に会うことができました。また、玉置ゼミ1期生の中田さんのお母さんもいらっしゃいました。学校というコミュニティとはいえ、人と人ってどこかで繋がるものだなと、しみじみと感じました。(早川)
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