8月27日道徳の模擬授業をどうして学んだこと(江口)
私は、8月27日に道徳の模擬授業に参加させていただきました。道徳の授業は、国語とは異なり、生徒の意見に沿って、深めていくと学校の授業で学びました。私は、国語専修のため区別が付けにくく、今回のセミナーでやり方を学ぼうと思っていました。
午前中に、指導者を決めるということで、中田先輩になりました。その後、玉置先生の道徳の授業が始まりました。玉置先生は、本文を配らないで、先生の音読によって、イメージを膨らませるというやり方で、初めて行なうものだったためとても勉強になりました。ただ、読むだけではなく、間を空けたり、読まない文があったり、補足したり、生徒に考えさせるなど、様々な工夫をされていました。これらは、教材研究を多く行わなければ、できないことだと思います。話し合いの際は、ペアや4人グループにするなど、生徒中心の授業でした。 午後からは、中田先輩の授業でした。玉置先生の指導のように行い、また堂々とした口調で素晴らしかったです。落ち着きがなかったり、少しずれたことをする生徒に早く気づき、声を掛けているのがとても印象的でした。そういった生徒を見捨てることなく、全員が授業に参加できる授業づくりをしていきたいです。自信がなく、声が小さくなってしまう生徒には、周りの生徒に聞こえた?と聞くなどして、全員が聞き取ろうとする雰囲気を作り出していました。 今回のセミナーに参加させていただき、道徳の授業展開を学ぶことが出来ました。生徒一人一人に注目していくことが大切だと改めて感じました。中田先輩お疲れ様でした。そして、授業が終わった後のBBQを用意してくださった、EDUCOMの皆様ありがとうございました。とても、楽しく過ごすことが出来ました。また、セミナーがある際には、よろしくお願いします。(江口) 書くことによって学ぶとは…(吉田)
ある日のことです。朝起きてご飯を食べていると玉置先生から1通のメールをいただきました。
「書くことによって学ぶということをしていますか?」 このゼミに入り、半年近くなりますが私はもう一度この言葉の「真意」に向き合おうと思います。 僕なりに仮説を立ててみました。 「書く=学ぶ」なのでしょうか。 書くことで記憶に残りやすい・頭で考えるだけではなく、手を動かせというのはよく耳にしますよね。確かに私自身「頭が整理できた経験」や「記録することの大切さ」を感じてきました。ただ「書く=学ぶ」という表現を先生はされていません。 なぜでしょう? それは「=」と記号の恐ろしさにあると私は考えます。 書けば何とかなる、書いてまとめさえすれば自分のものになった。なぜなら書くことは学ぶことと同じだから。 これは目指しているビジョンとは違うと言い切れます。理由はただ1つ、ゼミのみんなが先生の思いを肌で感じているからです。 そして「=」ではなく、「によって」という言葉がすべてを物語ってます。 「によって」という言葉は文法的に「手段・方法」を表す際に用いられる表現です。つまり誰かによって使われるということです。ここが大きなポイントだと私は考えます。「書く」という行為をその人がどう位置付け、その人が物事に対してどのような姿勢で向かうということ、いわゆる「心」がいるではないでしょうか。 「書く」という行為は一つの手段であり、そこに「心」があるから学ぶことができるではないでしょうか。多くの方の講演会や自分の身の回りにある不思議、体験には多くの情報があり、それをすべて還元するのはなかなか難しい中で「1つでも自分の身にしたい」「前の自分よりも大きくなりたい」と思うからこそ成り立つ、学びなのかもしれません。 1つの手段としての「書く」ととらえた時、一つの疑問が生じました。なぜこんなにも先生はこだわるのでしょうか? それは先生の姿が教えてくださいました。先生の人生をすべて知っているわけではありませんが、先生は書くことによって学ぶことの大先輩であり、物事に対して気づき、その問いを追い求め、情報を整理して、体現化されているのだと見て感じます。「将来、先生は書くことが多い」とも先生は話されますが、それは後付けの理由で、僕らの夢、成長のためになってほしいという思いがあるのではないでしょうか。 この意見は僕の個人的な見解であり、誤解や異なる見方があるかもしれません。是非、僕にその意見を教えてください。その意見が僕を大きくしてくださると思います。 また、素直に記事を書いていこうと思います(吉田) 8月27日愛される学校づくり研究会に参加して(百瀬)
8月27日にEDUCOMにて行われた「愛される学校づくり研究会」に参加させていただきました。私たちの関わりは、ゼミ生の中で授業者と生徒役を決めて、道徳の授業をするというものでした。また、その授業の様子をアドバイスツールを用いて参観していた方から授業者の方へアドバイスする時間も見させていただき視点が広がり、とても貴重な経験をさせていただきました。
はじめに、ゼミ生を対象に玉置先生より道徳の授業をしていただきました。その際、道徳の授業の方法について学びました。まず資料を見て、主人公は誰か、主人公の心情が変わったところはどこかを見極めます。玉置先生は授業の進め方として資料を生徒に渡さずに、教師が話して内容を把握させる方法をとっていました。 このことで、子どもがイメージを膨らませたり、集中して聞き話の世界に入っていきます。しかしこの方法をとる際には、どこを読みどこを読まないのか、強く読む部分はどこか、何を補足するのか、どこで考えを持たせるのかと事前の教材研究がものすごく大切であることがわかりました。 今回の模擬授業では、授業者は1期生の先輩から中田先輩に決まり、私は他のゼミ生と共に生徒役として参加しました。生徒役としても事前にどんな子がクラスにいるのかを考えながら、どんな反応を先生に見せるのかを考えました。 先輩方と話し合う時間の中で、実習を経た先輩方はどんな子がいたとかどんな反応があったかなどすごくたくさんの考えをもっているなと感じました。この時、経験より学ぶ事は大きいなと思い、実習への不安が私も経験して学びたいという思いに変化しました。 模擬授業では、中田先輩はクラスの全体をよく見ていて、集中出来ていない子を引き込んだり、話し合いのとき2人から4人と工夫されていて、考える道徳の授業でした。事後のアドバイスの時間で、関わりや子どもの反応をきちんと把握していて、その場だけの反応で終わらせているのではなくきちんと考えて授業が組み立てられていることがよく分かり、先輩のように授業ができるよう頑張っていかなければならないと思いました。 授業者の方へのアドバイスからも、様々な視点からの意見が聞けてとても勉強になりました。声が小さい子に対して、「もう1回言って」と言うのではなく、周りの子も巻き込み「もう1回聞いてみようか」と言うことで、発言する子もしやくすなるということを学びました。さらに、隣の子に「聞こえた?なんて言っていた?」と聞き、皆で意見を共有する方法も学びました。これはぜひ活用していきたいです。 夕方からのバーベキューも、先生方とお話する中で教師としてのお話を聞くことができ、とても充実した時間を過ごすことが出来ました。1日を通して学ぶことばかりでした。このような機会をくださったEDUCOMの方、先生方、玉置先生ありがとうございました。(百瀬) 8月27日(土) 道徳の模擬と研究会に参加して(岩田)
8月27日(土)、愛される学校づくり研究会で、道徳の模擬授業と研究協議に参加させていただきました。
研究会の前に、玉置先生から、道徳の教材研究のポイントや教師と子どもたちとのやり取りのコツなどをご指導いただき、学習会を行いました。その後、中田先輩を授業者とし、残りのゼミ生は生徒役として模擬授業に参加するため打ち合わせを行いました。 午後からは模擬授業の本番です。今までゼミ生しかいなかった部屋は、たちまち先生方でいっぱいになりました。わたしは、今回およそ50分間の授業で改めて考えさせられることがありました。 それは、「子どもの立場に立つこと」です。この言葉は、教師を目指すものとして、最も当たり前のことであるけれども最も忘れがちなことであるように思います。学校では多くの場合、一斉指導が当たり前です。個別指導ができるのは机間指導のわずかな時間のみ。さらに教師は当然自分のねらいを持って、授業を展開しなければなりません。教壇から子どもたち一人ひとりの表情をつかみ、今その子がどんなことでつまづき、何を考えているのか全体を見渡すことの大切さを知ることになりました。教師の自己満足の上に成り立つ子どもの立場では、いつまでたっても子どもたちとの本当のつながりを得ることはできないと実感しました。 その後の食事の時に、たくさんの先生方からお話をお聞きしました。いろいろな教育観や今までの経験など生の現場のお話しをしていただいて、そのすべてが新鮮なものであり、自分の知識や考え方の引き出しが増えたような気がします。あとはその引き出しを適切な時に自分の力で開けることができたら、一歩また成長できるのではないかと感じました。それは簡単なことではないと思います。当然挫折をしたり妥協をしたりしたくなる場面が出てくると思います。しかし、そんな時は子どもたちの持つ、小さな疑問の芽を大切にし、少しでもその芽の成長に貢献できるように、共に学び共に悩み、考えていきたいと思いました。この気持ちで教育実習に挑んでいきたいと思います。貴重な経験をありがとうございました。(岩田) 8月27日、道徳の模擬授業からの学び!!(小川)
8月27日に行われた授業アドバイスツールについての研究会に参加させていただきました。
午前中にじゃんけんによって、その日の午後の研究会での模擬授業者をゼミ生の中から決めました。結果は中田くんとなり、そこから全員で玉置先生の道徳の授業を学びました。 玉置先生の道徳の授業と模擬授業後の先生方のコメントから学んだことをまとめます。 1.物語の資料を配らない。 →子どもたちが集中して授業に取り組むことができる。また、頭の中でイメージをすることで自分で読むよりも内容が頭に入りやすく、物語の世界に入りやすいと感じました。 研究会でここでのポイントとして、分断しながら読み、重要なところは補足を入れることや1度間をおくこと、子どもたちにどんな場面か想像をさせることなど意見が出ました。また、子どもたちがついていけるように範読は早口にならないように、重要なときは補足を入れ、間をおくことが大切であると学びました。 2.グループ交流の留意点 →意見を話し合う際にはわからない子から話していくのが良い。そうすることで物語の世界にみんなが入りやすい。また全体交流の際にも同じことがいえるのではないかと思います。 3.机間指導の留意点 →1人の子に時間をかけすぎない。短い時間で指導し、やり方がわかっていれば最後まで見ずに、また一通り周ってからしっかりできたかを確認してやれば良いと学びました。私は教育実習で机間指導をするときに丁寧にやっているつもりでしていたのですが、生徒自身が自分で考えることをやめてしまい、先生がまた来てくれたときに聞けばいいという姿を生み出してしまいました。なのでこの学びに習い、改善していきます。 私が行った実習の道徳の授業ではあまり深く掘り下げられずにいました。なので今後は今回の学びを存分に取り入れ、生徒自身が自分を見つめ、言葉を引き出してやれるような授業にしていきたいと思いました。 先生方、EDUCOMのみなさま、ありがとうございました。(小川) 佐藤暁先生「発達障害のある子の困り感に寄り添う教育支援」を読んで(渡部)
9月3日の教師力アップセミナーの講師の先生である佐藤暁先生の文章を読ませていただきました。本を借りることができなかったため、インターネットに載っていた佐藤先生の論文を読ませていただきました。
佐藤先生は保育園・幼稚園や小中学校の「現場」は病院や教育相談室といったクリニックのような場面で支援を行うのとは根本的に異なる点があるとおっしゃっています。その一つが周りの子どもとともに育てるということです。 佐藤先生は教師の支援を求めている子どもたちを「支援が必要な子ども」あるいは「『困り感』のある子ども」と表現しています。困っているのはなにも発達障害のある子どもたちだけではない、他に困っている子どもはたくさんいるのだから、その子たちも含めて教育支援を進めていくことが「現場」での仕事だとおっしゃっています。 特別支援教育と聞くと一番に思い浮かぶ言葉が「個別」という言葉です。佐藤先生の文章を読んで、個別支援は大切だが、集団作りということに目を向けることも大切だと分かりました。 佐藤先生は教育支援の方向性を示す際に「困り感・安心感・イケテル感」という言葉を使っています。その中でも私は学級づくりでもよく聞く言葉である「安心感」に注目しました。 安心感には三要件があります。 「見通しと向かう先」、「できた・わかった体験」、「民主的な人間関係」です。 「見通しと向かう先」ではスケジュールについて触れられています。 スケジュールは子どもにとってあったら便利、子どもに必要、あるいは、それがあるから安心だから作るそうです。「見通し」は今からどんなことが予定されているかという情報で「向かう先」とは楽しいことに向けて頑張るといったそこに向かっていく何かだそうです。「向かう先」について分かりやすい例えが載せられていました。 サッカーが好きなのだったら「仕事が終わったらスタジアムにいく」というように楽しみに向けて一日を乗り切る。また、週の初めに「ああ、一週間が始まったな」と思っていても、木曜日くらいになって休みが近づくと元気になるというのも「向かう先」があるということです。とても共感できますよね。 スケジュールで伝えたいことは「楽しみ」だそうです。スケジュールを見て「今日はこんな楽しいことがあるな」、「あれが楽しみだから学校に行こう」と子どもが思えることが大切です。 私も教員になったら子どもたちが楽しみにするような授業や毎日の朝の会の話などできるようにしたいと思いました。 「できた・わかった体験」で大切なことは「何を身につけさせるか」ということを考えることです。小さなことを一つ一つやっていくめにも教師が子どもに「何をさせるか」と支援のターゲットをしっかりともつことが大切だそうです。 「民主的な人間関係」では行事などにおける社会的な行動を形成するために効果的な当日のシナリオ作り、リハーサルについて書かれていました。例えば高機能自閉症の子どもが山の学校に出かける際には事前に保護者と先生が下見に出かけ、資料を集めてシナリオカードを作ります。それをもとに「これは○○する時間で、みんなはこんなことをするから、あなたはこうしたらいいよ」と行く前にシナリオカードを見ながらリハーサルをするそうです。 私はサークルで参加した発達支援センターの遠足を思い出しました。そのときも出発する前に先生が写真を見せながら「今日は△△へ行きます。今からバスに乗ります。着いたらトイレに行きます。」というように子どもたちに話をしていました。その結果子どもたちもセンターを出るときには「今からバス乗る!」と自分で理解し、行動することができていました。 リハーサルを行うことで自分のすべきことが分かり、みんなと一緒に行動することが可能になるということが分かりました。 特別支援教育と聞くと「特別」、「個別」というイメージを抱いていましたが、そうではなくてどの子にも必要であって個別支援だけでなく、集団という視点も大切にすることが必要だと分かりました。 「特別支援教育」という言葉をよく耳にします。私に出来ることは何かという視点をもってセミナーでは佐藤先生のお話をお聞きしたいと思います。(渡部) 佐藤暁先生の「見て分かる困り感に寄り添う支援の実際」を読んで(牧野紘)
次回の教師力アップセミナーで講演をしていただく、佐藤暁先生の本を読みました。
大学の図書館には、佐藤先生の本がたくさんあり、どれを読もうか迷いましたが、自分の研究内容と共通している「係活動」について述べられているこの本を選びました。 佐藤先生は、『どんな小さなことであっても、学級の一員として活躍する場を与えたい。「役に立つ私」を実感できる子どもに育てたい。』 と、本の中でおっしゃっています。 私は、子どもたちに学級に対して所属感をもってほしいと考えて研究を進めているので、とても近いものを感じました。 印象に残った活動は、いつ、誰が、どんな仕事をしてほしいのかを示した掲示物を作ることです。 この活動は、本人が仕事を忘れないようにするためであったり、誰がどの係か把握するために行うと考えられますが、佐藤先生はさらに、掲示物の中にも「居場所」を作るのだと述べていました。 私は今まで掲示物に対して、そのような考えをもっていなかったので、なるほどと思いました。 そして、このような小さな工夫を積み重ねることによって、子どもたちの所属感を高めることができるのではないかと感じました。 セミナーでは、さらに貴重な話を聞かせていただけると思うので、今から楽しみになりました。 積極的に学びたいと思っています。(牧野紘) 京都福知山市の勉強会に参加して(吉田)
8月8日に京都府福知山市にて私がゼミの研究で参考にさせていただいておられる小笠原豊先生の講演会があり、そちらに参加させていただきました。今回玉置先生を通し、小笠原先生に連絡させていただき、叶ったことで本当にうれしく思います。
私はこの講演会での感じた事、大きく3つについて述べさせていただきます。 1つ目は子供を引き付ける、アクティブラーニングが自然と起こる工夫についてです。 以前私が先生の本、講演会DVDを視聴し、見つけた解釈は「主体的、対話のある、深い学び」を確立するうえで、理科における子供のスタート地点は「子供とその場で起きている現象との対話」であり、その中で「なんでやねん」と突っ込みを入れたくなるような問題意識と達成意欲があるから、学びが始まるのだということを書かせていただきました。確かに私の考えは先生の論点からずれおらず、見方は間違っていなかったと思われます。 今回はその先、何を意識して「対話」を確立させているのかということです。 私は2つの講演中の言葉に注目しました。 「今日のルールを作ること」 活発でいつも手が挙がる学習ができていることが重要ではなく、子供たちが「物事に対して向き合えているか」が重要であるということを先生は取り上げられ、その時にルールを作ることによって向き合う環境を作るということが大切であると話されておられました。学ぶ環境を整える=対話が生まれる環境を作るということはそれに適した空間の条件があり、それをしっかりと提示すること、それを理解してもらうことでより良い環境をでき、その適したルールが子供たちの達成意欲をより高める効果があるのではないかと私は感じました。 「どんな仕掛けをするか」 この言葉は前の考察でも先生はしっかりとした教材を分析し、単元のはじめ、単元の切れ目に強い問題意識を持たせるような事象、声掛けをしておられました。また、子供が持っている概念、思考に目を向けていなければ、「思考のずれ」を生み出せないということも言えると思います。そのように考えると仕掛けとは難しいと感じると共に、ここでどのような対話を生み出すかというのが学びのカギになるのではないでしょうか。今後はその対話が起きる仕掛けについてもより深めていこうと思います。 2つ目は「もの」についてです。 今回は実際に「骨を組み立てる」「光の屈折をみる」実験や体験をさせていただきました。どれも大人でもワクワクしながらやることができ、活動をすることでその面白さも感じられました。私は先生の中に2つの「ものの意味」があると思います。 1つ目は「思考するため」のものという捉え方です。 骨を組み立てる活動を隣のペアの方と一緒にさせていただき、二人の中でいろんな討論と疑問が生まれました。手を動かしながら考える活動が可能にさせるものの重要性を感じました。また考える中で課題設定の大切さを感じました。「簡単では手に届かないけど、ちょっと伸ばした先にある」という感覚がより興味を持たせるポイントであると思います。 2つ目は「表現するため」のものという捉え方です。 これは次の内容にもつながるのですが、話し合いを活発にするという先生の考え方です。最初から口だけで説明するのは難しいことも多くあります。そんな時に「これがこのように曲がって、ここでこうなるから、進む」などあいまいな表現でも具現化することができ、そこから、具体的な表現をしていく学び合いができるのだと学ばせていただきました。そのような活動にするためにも、子供に「どこに気付かせて」「どこを表現するために」といった目的があり、それを再現できることが物の質として大切であるとも教えていただきました。 そしてどちらも脳を動かす、子供たちのモチベーションが高まるという良さがあり、目的があってものを扱うことの大切さとその可能性を見出しました。物を作る時は「大きさ、色、向き、隠す」など工夫をすると子供たちが引き付かれるものになりやすいということも話されていました。 3つ目は「話し合い」についてです。 今回は実際に先生にお話をさせていただく機会があり、先生が授業を作るうえで心掛けていることを聞かせていただきました。その際に先生は「アクティブラーニングとは活動をアクティブにするのではなく、頭を働かせることで、その時に話し合いも重要だ」という言葉をいただきました。私は今まで話し合いという視点で捉えていなかったため、もう少し考えるべき場所をいただきました。 今回は本当に多くのことを学ばせていただきました。まだまだ学びたいことだらけです。講演会に参加させてくださいました、小笠原先生、京都福知山市の教職員の皆さま、ありがとうございました。(吉田) 〜からの努力 (松井)
教員採用試験が終わりました。「あの問題正解できたのにな」「この質問には違う答え方があったな」など、思うことはたくさんありますが、もうあとは祈るしかありません。
ゼミの仲間とはたくさんの問題を解きながら教育問題について考えてきました。12人という人数だからこその学び方。振り返ってみるとゼミでの学びが自分の大きな力になっています。ゼミ以外でも、同じ愛知県志望の数学専修(上の写真)やサークルの仲間と面接の練習をして高め合ってきました。きっと1人ではここまで戦ってこれなかったと思います。採用試験を通して勉強以外にも「高め合う」という大事なことを学べました。 ようやく、ようやく夏休み! と浮かれ気分になりそうなときに、野口先生からいただいた言葉がふと頭をよぎりました。 「までの努力より からの努力」 採用試験までの努力 よりも 採用試験が終わってからの努力 が大事なんだと感じました。 卒業論文もあります、授業づくりについて、学級経営について… 勉強したいことはたくさんあります。少し肩の力を抜きながら「からの努力」を心がけ、残りの大学生活を送っていこうと思います。学びはまた記事として発信していきます! (松井) 「いのちの副教材を活用した模擬授業」セミナーに参加して(牧野友)
7月9日に、がん教育を「いのち」学ぶ場に〜実践「いのちの授業」づくりのポイント〜の講演を拝見させていただきました。公教育で子どもたちに死について教えること、またその授業の実践を体験的活動を通して教えていただきました。
たくさんの発見があったこの講演で私がこの講演で印象に残っていることは、「・・・子ども自身が死に向き合い、人として大切なことに気づくことが大切です。その気づきの場をつくってあげることがポイントです。・・」という鈴木先生の言葉です。 私はこの言葉をきいて子どもたちが建前上教師が望むような意見を言うのではないかと感じました。授業であるため評価が気になるからです。しかし、この疑問はその後のお話や、玉置先生の授業実践で解消されたように思います。授業実践では常に誰かが発言をしている印象でした。それは場合によって全体発言であったり、ペアでの交流であったり、また指名の仕方も挙手制ではなく列であてたり、発言者の隣の子に次々と話題が膨らむように質問を投げかけていたりと様々でした。この教師の工夫が気づくことのきっかけであり、気づきの場であるのかなと私は感じました。一人で考えるのではなく全体で死と向き合っている空気ができていたように感じるからです。この空気の中で評価のことなど一切忘れていました。 また、その質問の内容も教師が子どもたちの意見からでたことをキーワードとして次の質問にあてていらっしゃいましたので、より「みんなで考えていくんだ」という気持ちになりました。死は一人で考えると辛かったり、重かったりしますが仲間と一緒に考えることで向き合うことができるのかもしれないと私は思いました。 今回は玉置先生が授業をされている姿を初めて拝見しました。子ども達役に接している先生の態度はとても温かく、常に笑顔の印象でした。どんな意見も否定せず、肯定的にとらえてくださいましたので、発言をしているこちら側が次も自分の意見が言いたいと思えました。私はこの方法を実習で実践してみたいと思います。 鈴木中人さん、玉置先生、今回は貴重な経験をありがとうございました。ここでの学びを次の活動につなげたいと思います。(牧野友) 「チーム」(佐藤)
夏の暑い日差しが照りつける中、今日で岐阜県教員採用試験(2次試験)の全日程を無事に終えることができました。1次試験ほど緊張はしませんでしたが、やはり当日になると”緊張”という名の魔物が襲いかかってきました。オリンピックにも魔物がいるように、教員採用試験にも魔物がいるんだなと、勝手に感じていました(笑)。それでも、その魔物に打ち勝つことができたのは間違いなく「チーム」として教員採用試験に向かうことができたからだと思います。
4年生前期のゼミでは「全員合格!」を目標に掲げ、ゼミ生全員が一体となって筆記試験に向けて過去問を解いたり、面接に向けてお互いに不足していることを指摘し合いました。 また、自分が所属している数学専修では、定期的に集まってお互いの面接を見合う中で、多くのことを学ぶことができました。 ゼミや同じ数学専修だけではありません。大学内では他の専修の学生とも練習を共にすることで、また違った視点からの助言が非常に参考になりました。さらに2次試験前になると、他大学の学生と合同練習を行う中でとても良い刺激をもらいました。 このように、初めはゼミや同じ数学専修の仲間内という数少ないチームでしたが、教員採用試験に向けてそのチームの輪がどんどん広がり、お互いを高め合えることができました。まだ結果が出てないので何とも言えませんがやるべきことはできたと思うので、魔物に打ち勝った「チーム」のメンバーに感謝しながら、これからまだ魔物と戦う「チーム」のメンバーを応援したいと思います。(佐藤) ※写真は私が1次試験前からずっと愛用してきた面接練習ノートです。 7月25日第2期生ゼミ記録(石川)
7月25日(月)前期最後のゼミを行いました。今回の発表者は、百瀬さん、吉田さんの2名でした。
1人目の百瀬さんは、安心感を与える教師の働きかけをテーマとして、中村健一先生の著書を参考に発表していました。学級つくりの基盤として「安心感」が大切ということを中心に「1.お笑いで安心感」「2.フォローで安心感」「3.厳しく叱るで安心感」の3つのキワードについて発表していました。百瀬さんは、発表の中で中村先生が実践しているネタをいくつか紹介してくれました。 中でも教育実習前の私たちの中で盛り上がったのは「あいうえお作文」です。早く自分の名前を覚えてもらうために、ぜひこの機会に考えてみようと、2期生全員で考えました。「ライオンも倒せる」や「キラキラ笑顔」など、子どもが食いつくようなフレーズを入れることで、自己紹介後のコミュニケーションに繋がることなど、体験的に学ぶことが出来ました。 私自身、学級つくりについて研究をしていますが「安心感」という子どもの「こころ」に働きかけるという、人間関係をつくる上で当たり前のことに目を向けられていなかったように感じました。先ほどの「あいうえお作文」の他にも、たくさんの実践的な関わり方を学ぶことが出来ました。教育実習にてその中の1つでも実践したいです。 2人目の吉田さんは、前回に引き続き、探求学習について、小笠原豊先生の実践から発表していました。前回の「理科教育が目指す子どもの姿を実現するには探求学習が必要」という内容から発展して「なぜ探求学習なのか」という所に注目していました。 探求学習とは、子どもの疑問からスタートする勉強であり、現象と子どもが対話することによって、学ぶ必然性が発生し、自発的に学習を進めていく学習であり、授業が「子ども」「教師」「教材」から成り立つのに対し、探求学習は「子ども」「教師」「教材」『強い問題意識』から成り立つと発表していました。 また、それを踏まえた上で、小笠原先生の探求学習への考えをDVDで見せてくれました。大学生の私たちでもクスッと笑ってしまうような工夫やアイデア、そして何よりも子ども達に感動を渡したい、心に残ることがしたいという想いが伝わって来ました。 吉田さんは、最後に京都で開かれる小笠原先生の講演会に参加することを話していまし た。以前から思っていたのですが、吉田さんの研究への想い、熱意は2期生の中で1番だろうと思う瞬間がいくつもあります。(もちろん私を含みほかの2期生も負けてはいませんが…)「大人数のゼミだからこそできることがある」と玉置先生も話されるように、こんなにも周りに競い合い、高め合える仲間がいることはとても幸せなことだと思います。せっかくの大人数のゼミです。見習えるところはしっかりと見習っていきたいと改めて思いました。(石川) 「いのちの副教材を活用した模擬授業」セミナーに参加して(井上)
先日『「いのちの副教材」模擬授業セミナー』へ参加させていただきました。セミナーは、「いのちの授業」とは何かという話から始まり、「いのちの授業」を実践した模擬授業が行われました。この「いのちの授業」とは、小児がんを知ることを通していのちの大切さを学校で子ども達が考える授業のことです。「いのちの授業」の説明を拝聴し、実際に模擬授業を拝見させていただく中で、いのちの大切さを考えたり、授業を行っていくことについて学んだりすることができました。
まず、「いのちの授業」の話をお聞きして印象的だった二点についてまとめます。一点目は、小児がんを知ることから始まるという点です。小児がんは子どもががんと闘うことであるため、大人はもちろん子どもも自分の人生経験と照らし合わせられます。したがって、誰もが経験したことのない死を少しでも近くに感じながら、いのちについて考えることができるのではないかと思います。 二つ目は、死を認知するということです。私自身、これまでに“命は大切”という発想はあっても“死を認知することは大切”という考えを持ったことはありませんでした。後者の考えも命を大切にするというメッセージにつながる点では前者の発想と同じですが、人に与える印象は大きく異なります。それは後者の場合、死という概念に含まれる不安感や恐怖感が考える者をより真剣にさせるためだと思います。つまり、死を認知することを逆にとらえると、いのちの尊さを感じるということになります。 以上の二点に共通することは、より現実味を感じながらリアルにいのちについて考えられるということだと思いました。まとめると「いのちの授業」では、いのちの話題を敢えて特別なものにせず、現実味を帯びたものとして扱うことでよりいのちについて真剣に考えられるということが分かりました。 では、上述したことを実際に子ども達と考えていくためにはどのようにしたら良いのでしょうか。それは玉置先生が行ってくださった模擬授業の中で学ぶことができました。学んだ中で最も感銘を受けたのは、子ども達の言葉を重ねるということです。これは子ども達の思ったことや考えたことを繋げていく中で、次に考えることの手掛かりを出したり、子ども達なりの考えの答えに近づいていったりするというものです。つい、子どもが言ったことに言葉を付け加えてしまう指導や、自分の思う答えや道理に照らして導こうとしてしまう指導を行いがちですが、そうではなく子ども達の言葉をもとに進めていくことが重要であると分かりました。 以上のように、「いのちの授業」とは子ども達が現実味を感じながらいのちについて真剣に考えられるものであり、そこでは子どもの言葉を重ねていくことが重要であると学びました。このような「いのちの授業」を知れたことは、私自身がいのちについて考えるきっかけとなりました。さらに、ここから子ども達と学校でいのちについて考えることへ広げていきます。この様な貴重な学びの場に参加させていただき本当にありがとうございました。(準ゼミ生・井上) 「いのちの副教材を活用した模擬授業」セミナーに参加して(石川)
7月9日(土)に私は、「いのちの副教材を活用した模擬授業」セミナーに参加させて頂きました。教育実習前に道徳について学ばせて頂き、とても貴重な体験になりました。
まずはじめに、セミナーの主催者の鈴木中人さんから「公教育で死を教える」事についてお話がありました。 このお話では、死を教えることについて、まずは子どもが死についてどれほどの認識を持っているのか。という所から学びが始まりました。鈴木さん曰く、小学校低学年は死を「情感」でとらえており、高学年になるにつれて「概念」や「いのちの心理」について認識をもっていくそうです。つまり、10歳以上から、子どもなりに「感じること」「意味づけ」が出来るようになるということでした。 では、実際にどのようにして子どもに死について「情感」を持たせそこから「意味づけ」をするのか、3つのポイントが挙げられていました。 1つめは、子ども自身の「気づき」を導き、心に届けること。 2つめは、子ども達の「生活の場」で考えさせること。 3つめは、自分の言葉で、自分の思いを伝えること。 正直な所、私はこの3つのポイントを聞いたとき、どれもそう簡単には達成できないような内容だと思いました。どうしても「死を教える」事についてのイメージがつかめませんでした。 鈴木さんのお話の後に、玉置先生による「いのちの授業(模擬授業)」がありました。 模擬授業は「今日はたくさん考えて心に汗をかきましょう」という言葉から始まりました。模擬授業は、私達が思ったことや、感じたことを中心として進んでいきました。また、繋ぎ言葉による価値づけや、意図的指名の方法など、細かく解説をして頂きました。実習前に多くの技術を教えて頂き本当にためになりました。 そして最後に、「言葉を重ねることが大切」「先生はどうしてもいい話をしようとしてしまう」「先生はあくまでも"きっかけ"」と話されました。私はその言葉を聞いたときに、フッとモヤモヤが晴れたような気がしました。どこか自分の思い描いているゴールに近づけようと思っている自分がいました。まだまだ技術不足ではありますが、まずは自分の言葉で思いを伝えていこうと思います。 このセミナーに参加して、私自身が「小児がん」や「いのち」について真剣に向き合うことが出来ました。教育実習の前にこのような機会を与えて下さり、本当に良かったと思います。ありがとうございました。 7月25日第2期生ゼミでの発表(吉田)
7月25日のゼミで三回目の発表をさせていただきました。
今回も小笠原先生の実践されていた探求学習を参考にさせていただきました。 〜探求学習〜 子どもの疑問からスタートする勉強である。 先日のゼミで出てきた「主体的で対話のある深い学び」という視点で見ると、「子供と現象が対話する」ことから始まるのが理科の探求学習であり、対話があるから学びが深まり始めるということを提示。そこから考えることで探求学習の意義を見出せるという説明をしました。 〜先生の考えと工夫〜 まず教科に対する気持ちが必要であること、子供を引き付ける方法(必然性のある話をする、目的があっての教材の扱い方、道具の使い方など)を事細かに話しました。 〜理科らしく実験もしてみました。〜 振子の実験を教師実験として見せ、「ふり幅」、「重さ」が同じ条件にし、二つの振子を振ったときに同じ速さで振子が動かないことを子供の疑問として、「なんでこうなったんだろう」という感覚を聞いているみんなに感じてもらおうとしました。答えを後から離すと声が上がり、こっちまで嬉しくなりました。 今回はしっかりと発表ができました。前回の発表の記事で「本との対話ができていなかった」という表現を書き、学びの低さを感じ、取り組んだ結果が今回だと思います。 しかし、私は本当にまだまだ未熟者であると感じます。 今回しっかりできたということはその力はもともとあるということであり、それを常に出せないというのは自分の弱さです。 人前で緊張してなかなか周りが見ることができていないこと 話のプロになる人として時間を守れなかったこと 情報の取捨選択をし、明確に伝えられなかったこと 課題ばかりですね(笑) 最初からなんでもできる人はいませんし、このような機会があったから気付くことができ、次に進めるのだと思うと「伸びしろのあり、この先の人生も楽しいだろうな」と感じます。 実習が始まることもあり、少し自分の研究はストップしてしまいますが、私を大きくしてくださった「本で出会った多くの方」に感謝を伝えたいと思います。 ありがとうございました。(吉田) 7月25日1期生ゼミ記録(松井)
ゼミ生全員が一次試験を終えての集合となった前期最後のゼミ。私は時間ギリギリに到着したのですが、教室では試験の問題や面接の質問内容でみんなが盛り上がっていました。教室に入る前に「沈んだ空気だったらどうしよう…」とも一瞬思ったので明るい雰囲気でゼミが始められてよかったです。
玉置先生と一次試験の内容を振り返り、二次試験に向けての最終確認。どの自治体も個人面接があるので、自分の思いを語れるようにまた1ヶ月精進していきたいと思います。 前期のゼミでは採用試験の問題から様々な教育課題について考え、理解を深めることができました。玉置先生がよく仰るように、人数が多いゼミだからこそ様々な考え方を知ることができたと思います。全員が一次試験を突破していることを願い、全員合格に向けてまた勉強に励んでいきます。(松井) 7月25日第2期生ゼミでの発表(百瀬)
7月25日のゼミで3回目の発表をしました。今回は中村健一さんの『教室に笑顔があふれる中村健一の安心感を与える学級づくり』を読ませて頂きました。本に書いてある内容を中村先生が講演されているDVDも見させて頂きました。
本、DVDの中には今すぐ使えるような、子どもたちの興味を引き笑顔にさせるネタがたくさん書かれていて、とても勉強になりました。自分にもぜひ取り入れていきたいです。その中のいくつかをゼミ生をと一緒にやってみました。3つ紹介します。 (1)初日で心をつかむためのネタ 名前であいうえお作文を作り自己紹介 (2)子ども同士の距離を縮めるネタ 2人1組でハイタッチをする 全部のペアで息を合わせてパチンの音が合わさるようにする(学級の一体感) 目をつぶってハイタッチをする (3)失敗が怖くなくなるネタ 1分間お題に沿って絵を描く(今回のお題はお相撲さん) 1分経ったら近くの人と見せ合う →他の例として、後出しジャンケンも挙げられる 私が実践したネタは今回3つだけでしたが、他にもたくさんのネタがあり、それぞれにはただ楽しむのではなく意図があり、私もこんなちょっとした工夫で子どもを楽しませることが出来る教師になりたいと思いました。 教室を安心できる場にするのが学級づくりのコツであり、中村先生は「お笑い」「フォロー」「厳しく叱る」の三観点を重視されていました。以下、三観点についてまとめます。 「お笑い」で安心感 子どもたち同士距離が遠く、遠慮がちで周りを伺っている、クラスメートが同じ教室にいるだけの人きなっている。そんな教室は「不安」が多い教室といえる。そこで、不安を取り除くためにお笑いがある。 お笑いは「フリ」「オチ」「フォロー」から成り立ち、フリとフォローを教師がすればオチは子どもが担当することになり、自然と笑いになるし、誰もが面白い先生になれる。 上記の実践した例のハイタッチネタで見てみると、 フリ︰ハイタッチをしよう。ー目をつぶってハイタッチをしよう。 オチ︰成功する。ースカッとなる。(失敗する) フォロー︰一体感が生まれたね。ーさっきはできたのにね。 と、オチでは子どもたちに笑顔が浮かぶため、これがお笑いとなる。 私は自分がおもしろい先生になれる自信がなく、ゼミ生のほとんどの人も同じ思いでした。それは、オチがおもしろいからおもしろい先生と思っていたからです。しかし、オチを子どもが担当すると知り、自分は子どもたちが楽しめる工夫をし、その工夫に対して一言添えればおもしろくなれることが分かり、自分もおもしろい先生になりたい!と思えるようになりました。 「フォロー」で安心感 フォローの基本は認めること、褒めることであり、発想を褒めること、過程を褒めること、間違えを褒めること、成長を褒めることが挙げられる。 教師のフォローがあることで間違えを直した子に自信がついたり、自分のとった行動に自信がつくと思いました。教師が何か指示しっぱなしではなく、それに応えた子どもをきちんと認め、褒めていく事は教師の役目としてとても重要だと感じました。 「厳しく叱る」で安心感 お笑い、フォローだけであると、ただのおもしろい先生でヘラヘラして見えて不安。いざという時に叱って自分を守ってくれる安心感も必要。また、叱ることで褒めることもできる。 叱ることについては、前回発表した田中先生にも共通して言えることがあり、叱るにはいつ何について誰をしかるのかが大切だということがよくわかりました。叱り方のポイントで迫力を持ってしかる技術の中に、名前を呼ぶとありました。名前を呼ばれてビクッと意識づけされることで、その子はなぜ呼ばれたか考え、修正していくそうです。何でもしかるのではなく、このような気づかせ方もあることを学びました。教師として指導者である以上、叱ることも大切だと感じました。 今回も様々な実践的な子供との関わり方の技やネタを学びました。前期で3つの本を参考に自分の学びを深めていきました。私の読んだ本はどれも意識すれば子どもとの関わり方接し方が変われるものであり、それらを自分のものにするために、再度確認し直していきたいです。そして、まずは実習で学んだことを実践していきたいです。特に、褒める叱る事は日常でも多くあると思うので、きちんと意識づけていきたいです。(百瀬) 7月18日第2期生ゼミでの発表(石川)
7月18日は私が発表する日でした。
私は、家本芳郎先生の『掃除サボりの教育学 たかが掃除されど掃除』という本を基に「清掃指導を通じた学級つくり」について発表しました。 前回では、「100の原理」について発表をしました。今回はその中で、「一に給食、二に清掃…」という先生がいるほど、この二つは指導の王道。という所に注目してみました。 掃除指導には、大きな二本柱があります。 1.何が問題なのかをじっくり調べる。 2.どう解決したらよいのか工夫を重ねる。 本書ではこの二つを1章、2章に分けて綴られていました。 まずは、1章からです。 1章は掃除サボリの実態について書かれていました。その中で特に驚いたのは、ほぼ100%の児童生徒が掃除をサボったことがあり、サボリの日常化から子ども同士の相互規制がなされていないという所です。家本先生は、ここに今日の子ども達の様々な問題が集中していると書かれていました。その問題について、その中の4つを紹介します。 ○学校への愛の欠如 ◎掃除よりも大切な塾 ○掃除の仕方が分からない ○貧乏な学校掃除 また、「◎掃除よりも大切な塾」については、実際に家本先生が経験したという事例を基に、話し合いを行いました。なるべく特別扱いしないように対応する意見が多く、どちらかというと、児童生徒や、その教育ママの主張に負けてしまい、結果的には認めてしまう意見が多く見られました。あまり話し合いに時間を割くことが出来ず、最終的な結論が出る前に次へ進んでしまいましたが、とても良い話し合いが出来たと思っています。 次の2章では、1章からの子どもの実態に対して、どのように指導をしたらいいのかを、実践例を基に書かれていました。ここでは時間の都合上、2つの文学作品(『カーチャ』『便所掃除』)のみを紹介しました。 私が今回発表するにあたって、一番はじめに、本書のあとがきを紹介しました。(以下あとがき抜粋) 「子どもが変わってきたのである。だから、万事、この変化に対応した変化が求められているのである。本書は、掃除サボリという針の穴から、今日の子どもの発達状況、子どもをめぐる教育状況、そのことから導き出される指導課題をのぞいてみた。」 私は、本書を読み終え、あとがきを読んだ際に、前回まで発表をしていた堀先生の言葉と似ているな、と思いました。社会の流れとともに変わっていく子どもの状況やそれに応じて変化を求められている教員。ゼミの最後に玉置先生もおっしゃっていましたが「学級経営や学級つくりを突き詰めていくと根本にあるものはそんなに多くないかもしれない」という一部を見つけられたように感じました。そのため、一番はじめに紹介させて頂きました。 また、私は今回で前期の発表を終えました。ここからは教育実習に集中して、後期からも前期以上に研究を進められるように成長してきたいと思います!(石川) 7月25日第1期生ゼミ記録(渡部)
今回のゼミはゼミ生全員が教員採用試験を終えてのゼミでした。
筆記試験の内容、面接試験の内容、待ち時間について…話が尽きません。お互いにできたところ、できなかったところがいろいろあり不安な気持ちもあったと思いますが今まで一緒に頑張ってきた仲間だからこそ話ができたのだと思います。 また、日本教育新聞を読み面接試験のポイントを知ることもできました。一番最後にこう書かれていました。 「試験までの残り1カ月で人間性を変えることは不可能だが、自分の未完成部分と得意な部分を把握することが大事。面接官に自身の課題を指摘されたら、どう改善するか具体策を語れるようにしておきたい。」 もう一度自己分析をしっかりと行い、自分らしく面接官に想いを伝えられるようにしたいと思いました。 まだ結果が分からずモヤモヤする部分もありますが、二次試験に向けて気を引き締めて頑張りたいと思います。(渡部) 7月18日第2期生ゼミ記録(白井)1人目に、佐久間君は、今までの自分の発表や、ゼミの中のみんなの発表を受けて、研究テーマの変更をしました。今回から教える技術について研究をしていくということで、向後千春さんの『いちばんやさしい教える技術』という本を参考に発表をしていました。 発表の一部の「教え方のルール10カ条」を紹介します。 1.熱意よりも何をどうすればいいのか具体的な指示を 2.「教えた」かどうかは「学ぶ側が学んだかどうか」で考える 3.結果が思わしくないのは、すべて教える側の責任 4.上手に教えたいならコミュニケーション上手になる 5.教えるときは相手をよく観察して、相手の状況をつかむ 6.相手にとってちょうどいい知識を与える 7.相手に教えたことを練習させて結果をフィードバックする 8.相手にできるようになってほしい具体的なゴールを決める 9.相手の「心」は変えられないが、「行動」は変えられる 10.ゴールは必ず「行動」として設定する 私も、この10カ条から、自分の中の「教える」という概念の甘さに気付かされ、一度考えてみるとてもよい機会になりました。特に、「3.結果が思わしくないのは、すべて教える側の責任」は、勉強のやる気を起こさせるところから教師の責任であると聞き、子どもたちにどんな時にでも、興味を持たせる授業の入り方を考えていく必要があると感じました。 2人目は、寺坂君でした。今回は、前回の発表で、ステーション授業とは何かについて、ゼミ内で疑問に上がったので、ステーション授業の模擬授業をしてくれました。私たち他のゼミ生は、生徒として参加しました。 相手を傷つける言葉を言ってはいけないということが主題となった授業でした。実際に言われたら嫌な言葉「チクチク言葉」と、言われたら嬉しい言葉「ふわふわ言葉」を書き出し、言われてどう思ったのかを考えました。そして、どちらの言葉がたくさん飛び交うクラスにしたいかを考えました。 授業から感じたことは、「相手を傷つける言葉を言ってはいけないよ」と言われたから気をつけるのでなく、このように体験することで、なぜ言うべきでないかという理由が理解できると思いました。また、理解したうえで行動ができるので、とても心に残るだろう思いました。こういった道徳とはまた違った授業を受けたのが初めてでしたが、日常に生かすことのできる学びで、自分もこのような授業をしてみたいと思いました。 3人目は、石川君でした。今回は、学級経営の中の掃除に注目するということで、家本芳郎先生の「たかが掃除、されど掃除」を参考に発表をしていました。発表の一部の掃除サボりの実態を紹介します。 掃除サボりの原因 ・学校への愛の欠如 ・掃除よりも大切な塾 ・掃除の仕方が分からない ・貧乏な学校掃除 石川君が、本から抜粋した掃除サボりの原因がいくつか挙げられ、自分の小学生、中学生のころの掃除への姿勢を振り返りました。そして、どう掃除指導をしていくべきか考えました。ゼミ内でも、塾に行く子どもへの掃除指導について話し合いをして、どう対応していくべきかの意見が活発化に飛び交いました。 最後に、今回を含んだこれまでのゼミの中で、他のゼミ生の発表と自分の研究内容が関わっていたり、中には違う考えであったりというのが、たくさんありました。それは、どのゼミ生にもあり、違う研究内容であっても、つながりがあってとても面白い話し合いへと発展していきました。これからも、そのように互いの研究を高め合っていくゼミにしていきたいです。(白井) |
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