まつのやまブログ

キャリア教育について

画像1 画像1
画像2 画像2
画像3 画像3
 マスコミなどで「ニート」という言葉が使われ始めてからかなりの年月が経ちました。もうお分かりでしょうが、「ニート」というのは、学校を卒業しても定職に就かず、就職する準備もしない人や、時には家事の手伝いさえもしない若年無業者を総称する言葉です。何年か前の「若者・子ども白書」では、全国のニートの数は約60万人いると公表されていました。

 古今東西を問わず、ニートのような若者は昔から存在していたようですが、それはごく一部のお金持ちの子弟に限定されていました。古典落語の中にも大店の放蕩息子の話はよく出てきます。また、高名な詩人や作家、芸術家なんかの中にも、若い頃はニートのような暮らしを送っていた人もかなりいますね。彼らのほとんどは裕福な家庭に生まれ、働かなくても困らない環境の中で、のびのびと芸術の才能を伸ばしていったのでしょう。
 しかし、現代のニートは、昔とは違って一部の特権階級の家庭だけに生まれるものではないようです。実際に、病気や貧困などで失業してしまい、気の毒な状況下で苦しんでいる若者を除けば、親に甘え、頼って生活しているケースが多いとの報告があります。その親も特別に裕福であるというわけでもないのに、必死で働きながら子ども(大きな子ども?)を養っているのだそうです。要するに、親の過保護や過干渉がニートを生み出している一つの要因になっているのです。「8050問題」(齢80の親の年金で、50歳のニートを養っている)なんてのもありますね。

 そう考えると、私たちは「子どもを自立させること」を再度心がけて接していく必要があるように思います。それも、高校生になってから急に「自立」だの「自活」だのと言ってみたところで遅すぎます。小学校低学年のうちから発達の段階に応じて「自分でできることは自分でさせる」など、自立させるための基本的な躾を心がけたいものです。
 さらに小中学校段階においては、子どもたちが将来大人になり、自立するために必要な能力や態度を育てるための「キャリア教育」の視点をもつ必要があります。

 まつのやま学園では、ホップ期のうちから「まつのやまタイム」やその他の時間を使って地域のいろいろなところに出かけたり、素晴らしい地域の人材に学ぶ機会を設けています。これらもある意味、「キャリア教育」の一環と言えます。
 各学年で行っている「係活動」「当番活動」あるいは「委員会活動」や「つくし会の活動」、もっと言えば毎日の「清掃」「部活動」だって全部、「キャリア教育」の範疇に入ります。子どもたちが成長していき、そのけじめがステップ期の「チャレンジ合宿」であり、8年生の「職業体験」であり、9年生の「宿泊体験旅行」であり、ということになるのです。なにも「職業指導」「将来の自分のことを考えること」だけが「キャリア教育」ではありません。そう考えると、まさに学校で行う教育活動のほとんどは、「キャリア教育」だと言っていいのです。
 今年の入学式で1年生に「学校で毎日してほしいこと」として、「遊ぶ」「働く」「学ぶ」を紹介しました。「遊ぶ」と「学ぶ」に関してはまあ、異論のないところでしょうが「働く」には、「?」だった親御さんもいらっしゃるでしょう。でも、以上のような思いがあってのことでした。

 いずれにせよ、子どもたちの周りにいる大人たちが「なぜ、学校で学ばなければならないのか」「勉強は何のためにするのか」という学びの意義や、「なぜ働かなければならないのか」という労働の意義について子どもたちに理解させることが重要なカギになります。

心のエネルギー補充を(6/10)

画像1 画像1
画像2 画像2
一般的な自動車はバッテリーの力でエンジンを始動させ,走行中はエンジンの力でバッテリーに電気を補充するという自己充電システムをもっています。最近増えている「ハイブリッドカー」は,半分前後をモーターの力で走っているわけですから,更にバッテリーへの依存率が高まっていると言えます。

 これと同じように,人の心の中にも,「いつも80%以上のエネルギーを蓄える充電システムがある」と精神科の医師が言っているのを聞いたことがあります。
 80%以上のエネルギーがあると,心にゆとりをもち,ものごとに適切に対応できます。しかし,エネルギーを使いすぎて80%の水準を下回ると「軽い疲労感」や「休みたい気持ち」が湧いてくるのだそうです。そのたびに一休みをして充電し,再び80%ラインに届くようエネルギーを補充せよ,と自分で自分に命令しているのです。
 ところが「休みたい気持ち」をずっと我慢してがんばり続けていると,エネルギーレベルが下がり,疲労感が強まり,体調不良を起こすなど,(ウルトラマンで言うと)カラータイマーが点滅し始めます。ふつうだと,この辺りで「がんばる」ことを中断して,休憩や睡眠を取ったり,美味しいものを食べたりするなどして,充電回路が自然に働き出すようにエネルギー回復が行われます。しかし,それも無視して更にがんばり続けると,最終的にはエネルギー回復回路が故障してしまい,エネルギーがどんどん減少し,自分をコントロールできないような状況が生まれるのだそうです。この回路故障の原因には様々な要因があるようですが,中でも一番大きいのは「ストレス」です。このような状況に陥った人に対して「がんばれ!」というような励ましのことばは「禁句」です。思い切り逆効果です。

 令和3年度がスタートし,子どもたちの新たな生活が始まって2ヶ月が経ちました。大きな行事の運動会も終わりました。子どもたちの様子はいかがでしょうか?学園全体としては,どの学年も概ねスムーズな立ち上がりだったと感じています。ただ,子どもたち一人一人の内面に目を向けてみると,慣れるまで我慢したり緊張感をもち続けてストレスがたまり,心のエネルギーがやや不足気味になってくる頃ではないかな,と思っています。

 ご家庭や地域で,子どもたちの「心のエネルギー不足」が見え始めましたら,「がんばれ!」と叱咤激励するのではなく,「早く寝るといいよ。」「ごはん,いっぱい食べなね。」「気分転換に○○しようか?」などなど,エネルギー充填できるような声がけをし,フォローをしてやることが大切です。「子どもたちがほっと一息つける場所・時間」を学園にも家庭にも地域にも,確保していきましょう。よろしくお願いいたします。

「まつのやま学園いじめ防止対策基本方針」をアップしました。

画像1 画像1
 今年度の「まつのやま学園いじめ防止対策基本方針」をHP上にアップいたしました。トップページの下の方からお読みになれます。
 いじめは喫緊の教育課題です。毎年全国のあちこちで,いじめによる悲惨な事件が報道されます。最近もありました。これはもう,深刻な社会問題です。ですから社会総掛かりで,この問題に立ち向かっていかなければなりません。現在は平和に見えるまつのやま学園ですが,「いじめはいつでもどこでも,だれにでも起こりうること」と考えて,「総勢26名の職員全員で,80名の子どもたちの様子をよく観る」ことを職員に指示しています。

 さて,特に低学年の子どもなどは,ふざけ合っていてほんの少しトラブルになった程度でも,「いじめられた」と泣いて訴えてくることがあります。
 文部科学省の「いじめの定義」は,「本人がいじめであると感じれば,それはいじめである」となっています。今は法的にもそうなっているのです(平成25年公布『いじめ防止対策推進法』)。当学園の基本方針にも,「いじめの定義」として,そのように記載してあります。私たち大人は,まずこの点をしっかりと把握しておかなくてはなりません。「昔はよくあった」「自分が子どもの頃はこうだった」は,通用しないのです。
そこまで法を含めて整備して、かけがえのない子どもたちの「命」を守ろうとしているのです。
 
 ただ他方,実際に日常の学校生活で起こる一過性の些細なトラブルまですべて「いじめ」としてしまうと,かえって陰湿で重大な「いじめ」との区別がつかなくなる危険性もあります。
 したがって,子どもたちにいじめを重大な事件として受け止めさせるためにも,「単にいやなことをされたのか」「いじめられたのか」を区別できるように教えておく必要があります。特に,どんなことがいじめにあたるのかという定義をきちんと教えておくべきです。
 たとえば例として,

・長い期間,複数回にわたり本人がいやがることをしたり言ったりし続けている場合。
・本人が「やめて」等々拒絶してるにもかかわらずその行為を続けた場合。
・複数の人たちが集団で一人や二人にいやなことを続けたとき。
・明らかに力の差があって(腕力や年齢),強い者が弱い者にいやなことを続けたとき。
・本人がどんなにがんばっても改善できない体のことや,家族のことなどに関する悪口を言い続けたとき。
・無視や「口をきかない」などの精神的に傷つく嫌がらせを継続したとき。
・気持ちをすごく傷つけるようなひどい言い方や行動をとったとき。

 などが挙げられると思います。当然,昨今ではSNSによるものもありますね。

 これらのことが「いじめ」であり,人として絶対にしてはいけないことであると,周りの大人が1年生の時から繰り返して話しておくことが大切です。
 そうすれば,何かトラブルがあったときに,いじめた方にも,いじめられた方にも,そしてこれを見ていた周囲の子どもたちにも「四人がかりでAさんのことを無視し続けたでしょ。それはいじめだよ。」となど指導することができます。よく言われることですが,大切なことは,いじめは当事者のことだけではなく,それを見ていた周囲の子どもたちも含めていじめを許さない雰囲気を作り出すことなのです。

 この学園で「いじめ」が起こったとき,先生方や学園全体がどのように対応するのかについて,以下のことを職員に指示してあります。

・いじめは絶対に許しません。いじめがなくなるまでは,先生方全員が協力して働きかけます。
・いじめを先生に伝えた子どもに,「おまえ,チクったなあ」などといじめることも絶対に許しません。
・「いじめかなあ」と思われることがあったら,先生たちが複数でいじめられた人,いじめた人,そしてそれらを見ていた人全員に話を聞いて判断します。本当のことが分かるまで話を聞きます。
・いじめだと分かったら,すぐに生徒指導の先生や教頭先生方,副学園長や学園長に話をしていじめた人や見ていた人に対して厳しく指導をします。
・いじめをやめなかったら,おうちの人に話して協力してもらいます。
・いじめがなくなるまで,続けます。

 いじめは,子どもたちの心の問題です。そうである以上,いつ起きても不思議ではありません。いじめというドロドロしたマイナスエネルギーをプラスエネルギーに変換していくには,学園と各ご家庭,地域の協力が不可欠です。
 
 特に問題のない(ように見える),今こそ「攻め」の指導のチャンスです。何もなくても,気になることがあれば連絡を取り合っていきましょう。普段からのパイプが大切です。よろしくお願いいたします。

運動会で育った力

画像1 画像1
画像2 画像2
画像3 画像3
 従来の形にはなかなか戻せませんでしたが、それでも昨年よりは規模を拡大し、子どもたちが本気になって取り組んだ運動会が終わりました。多くの保護者のみなさまから応援いただき、ありがとうございました。今は熱気収まり、子どもたちも職員も気持ちを新たにして次の活動に向かっているところです。

 さて、考えてみれば、何のために「運動会」なんてするのでしょうか。徒競走やリレー、ダンス、団体種目、応援合戦等々の競技は、なぜするのでしょうか。

 運動会は子どもたちにとって、とても重要な教育的意義があるからです。

 子どもたちは、保護者にがんばっている姿を直接見てもらい。ほめてもらえることが何より嬉しいのです。それは中学校段階であってでも、です。
また、下学年の子どもが上学年の立ち居振る舞いを見ることによって、「私たちもあんなふうになりたい」とめざす姿を実感できる機会になります。ステップやジャンプの子たちは競技や応援のリーダーになったり、運営に携わったりして下学年をまとめるという重要な役割を担います。1年生にとっては、集団行動の基礎を学ぶ絶好の機会ともなります。
 そして何よりも、本番のあの日に向けて何度も練習を積み重ねてきたことをやり終えたという達成感、自分もなかなかできるじゃん!という自己有用感を味わうことができるのです。

 子どもたちの当日の姿をご覧になってみて、いかがだったでしょうか。小さいトラブルはいくつかあったかも知れません。でもそんなことは想定済みです。
 私は、閉会式での子どもたちの嬉しそうな表情、悔しそうな表情を見て、一人一人にとって意義深い思い出となったことを確信しました。学園設立当初から不変の教育目標「生き生きとした子ども」の姿の一端を見ることができて、とても嬉しかったです。

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31