池田修先生の「教育と笑いの会」感想

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 12月19日(土)の「第2回教育と笑いの会」では、京都橘大学の池田修先生にもご登壇いただきました。翌日、池田先生がFBに以下のように書き込みをされました。許可を得ましたので、そのまま紹介させていただきます。池田先生、アップ写真とともにありがとうございました。(玉置)

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昨日は素晴らしい1日だった。
「第二回 教育と笑いの会」にお招き頂き「『こんな時どう言い返す』ユーモア返答術」ということで時間を用意していただいた。
日頃から真面目に教育活動に勤しむ私としては、笑いということとはとても縁遠いものがあると思うのだが、今回は野口芳宏先生のご指名もあり、おかしいなあと思いながらも、参加した(^^)。

オープニングは、野口先生と玉置先生の教育漫才から。
まー、台本なしでよくあそこまでと思える内容。
日頃の訓練の賜物なんてありきたりの言葉では言い表せないが、日頃の訓練の賜物なんだろうなと思う内容。爆笑の連続なのに、教育を考えさせられる。すごい。
次は、志水先生。教育漫談。
コスプレもバッチリ。綾小路コス。さらに、ヒロシコス。
笑いがバッチリの中で教育のツボを語られる。すごい。
そして、私。
25分の持ち時間と戦いながら、『こんな時どう言い返す』の中から3本のワークを入れて行った。途中、ノートの取り方と、ジャンケンの活用の仕方の説明をする中で、拍手が起きた。
(な、なんだ?)
と見たら、野口先生が
「その通り!」
と拍手をしてくださっていた。う、嬉しい。
再び私も登壇。
野口、玉置先生といっしょに、「落語の勧め」という演目で場つなぎをする。この日のために、私は落語のルーツの『醒睡笑』が書かれた京都の誓願寺にお参りに行った。(あ、通り過ぎたんですけどf(^^;)その際、以前、東京コミュニティスクール校長の市川力さんと一緒に選定した「教職希望の学生に聞かせたい落語」の資料をもとにあれこれ。
やはり、教職教養として、落語、連句、文学的文章の読解は必須だなあと改めて思うのでありました。
次が愛知県が誇る、「校長もできる落語家」と自分でおっしゃる小林先生。
本当に、抜群の旨さ。人情噺を次回は聞きたい。
すごいなあ。私も一席ぐらいは語れるようになりたいなあ。
中入り前の締めは、プロの落語家桂雀太さん。
演目は「代書屋」
枕からもう、プロの語りを聞かせる。
やはり、「間」だよなあと思う。笑いが広がる。
ネタに入ってからは、
(ああ、枝雀だ)
と思った。私が中学生の頃にはまりまくった落語家だ。
爆笑王であった。
語りが、間が、枝雀の影があった。
後ほど聞いてみたら、枝雀の二番弟子がお師匠さんだそうで、実際に枝雀に稽古を積んでもらったことはなかったとのことだったが、私にはそれがよく見えた。

中入り後は、有田和正先生の最後の授業のビデオを見て、有田先生のユーモアとは何かを豪華メンバーのパネルディスカッションで語られた。
・有田先生の授業は、真剣な授業なので、ちょっとずれると笑える。by 野口
・ものすごい情報を仕入れていて、子供、先生、保護者に向けて話題を変える。緊張と緩和がうまい。一時間目と2時間目の間の休み時間に、子供のはてなのノートを毎日コピー取る。 by 志水
・緊張と緩和で笑わせる。緩和で笑わせることは、共有なのだ。by 玉置
・内容よりも、間の方が大事ではないか。by 玉置
・有田先生の間。文字に書いたらそんなに面白いものではないが、間で行ける。by 雀太
・小話を研究し、身振り手振りも研究し、授業をする有田先生。by 佐藤
・落語家は断然根暗が多い。クラスの人気者は、今お笑い界にはいない。by 雀太
・笑いは、本質的に残虐な面を持つ。その残虐性を認めるところから笑いは起きる。残虐を知っていながら、それはそれとして笑えるのが大事なんだ。 by 野口
私は、有田先生のビデオを見ながら
(あ、小さん師匠だ)
と思った。声が似ているんだなあ。声の質も間も。
ひょっとしたら、有田先生は小さん師匠をお手本にして勉強していたんだじゃないかなあと思うぐらいであった。大発見でありました(^^)。

懇親会では、雀太さんに落語のディープな話を伺ったり、私のブログのファンという方とお話できたり、そして、なんと野口先生とあれこれお話ができたりと、もう大満足の畏れ多い時間でありました。
教育と笑い。
これは実にいいテーマだと思います。第3回も開かれることになります。
また参加したいなあと強く思うのでありました。昨日は素晴らしい1日だった。
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