最近のわたし(金子)

 こんにちは、玉置ゼミ6期生の金子です。先日最後の講義とゼミが終わり、大学生活の終わりが近づいてきました。あっという間の4年間でした。最近は、友達とおしゃべりをしても、「来年から働くなんて信じられないね」「大学生活本当にすぐ終わっちゃった」というような話ばかりです。いよいよ社会人のスタートだということを実感しています。

 最近は自分の時間が増えていきました。ゆっくりする時間は今後少なくなると思います。時間を有効に使いたい!と思い、ずっとしてみたかった「ひとり○○」を始めました。1人でカフェに行ったり、ラーメンを食べに行ったり、ゆっくり自宅で映画を見たり、断捨離をしたり、食べることが大好きはほとんどが食関連ですが、とても有意義に過ごしています。

 そんな時間のなかで「花束みたいな恋をした」という本を買いました。映画が昨年公開されて、私は3回その映画を見ました。切ないですが、伏線が多くて何度も見返したくなる映画です。本もずっと欲しくて、時間ができたので本屋さんに買いに行きました。

 その映画のなかに「はじまりは、終わりのはじまり」という言葉があります。何事にも終わりがあるという意味です。これから私の「教員人生」が始まります。もしかしたらすぐ終わってしまうかもしれないし、定年まで続くかもしれません。どうなるかわからない未来や終わりを考えて働くことは良いことではないかもしれません。ですが、振り返った時に後悔のない未来になればいいなと思っています。どうしたら後悔なく終われるかはまだわからないので、働いてから実践と反省を繰り返していきたいなと思っています。

 働くことに対して、不安やわからないことはたくさんあります。ですが、働くことに楽しみ!と思うこともたくさんあります。自分なりに前向きに頑張っていきたいです!(金子)

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言い訳をする勿れ(今井)

 今日、午後から用事があり,それまでの時間を勉強しようと思っていた。しかし、「ミステリと言う勿れ」というドラマを観てしまった。
観て後悔はしていない。主人公久能整(くのうととのう)のセリフに考えさせられる言葉があったから。

 「あの・・、僕は常々思っているんですが。どうして いじめられているほうが逃げなきゃならないんでしょう?

 欧米の一部では、いじめているほうが病んでいると判断するそうです。いじめなきゃいけないほど病んでいる。だから、隔離してカウンセリングを受けさせて癒やすべきだと考える。でも日本は逆です。いじめられている側に逃げ場を作って何とかしようとする。

 DVもそうだけど、どうして被害者側を逃げさせるんだろう?問題があるのは加害者のほうなのに・・。たとえば、歩いてて知らない人にいきなり殴られたら、すぐ周りに言うでしょ。それと同じように、先生や親に『あいついじめられたよ』って、『あいつ病んでるから、カウンセリング受けさせたほうがいいよ』って、みんなが簡単に言えるようになればいいと思う。」(ミステリと言う勿れ:第2話.フジテレビ,2022-01-17)

 確かに、いじめられる側のケアに重きを置きがちだが、実際問題を抱えているのは、いじめる側の子どもたちなのかもしれない。最近ニュースで目にする殺傷事件。その問題にも繋がる気がした。

 人間とは、弱い生き物である。そして、自分に甘い。ドラマを観て良いセリフに出会ったのは事実であるが、勉強時間が1時間削られたこともまた、事実である。私は自分の犯した罪を正当化したかっただけなのかもしれない。言い訳をせず、勉学に励みたいと思います、、、、。

 ドラマは面白いので、ぜひ観てみてください!(今井)

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7期生下野綾巳さんの「ちょっといい話」が掲載される(玉置)

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 ゆっくりでいい。一歩ずつでいい。自分のできる範囲でいいから、周りのことを思いやる世の中を作ろう>

 この理念のもと「プチ紳士・プチ淑女を探せ!運動」をされている志賀内泰弘さんのメルマガに、7期生下野綾巳さんの『秘密の合図』が掲載されました。心があったかくなる話です。ぜひここをクリックしてお読みください。(玉置)

議事録(下野)

 こんにちは、7期生の下野です。玉置ゼミに加入してから、私は初めて議事録を取るようになりました。様々のセミナーで議事録を取らせて頂くことは、正に玉置ゼミの代名詞「書くことによって学ぶ」の具現化です。

 私は、文章を書くことが大好きです。私自身の思考を文章にする時は、頭の中でグルグルしてまとまらない思考をコンパクトに整理してくれます。「思考整理」です。今私ってこんな気持ちなんだな、こういうことが言いたいのかと改めて気付かされます。

 では、議事録はどうでしょうか。私が議事録を取る時に大切にしていることは、「思考整理」です。「一本の木」である「議題」に対し、「枝」という「視点」が生え、「実」という「結論」が生まれます。

 私の取る議事録は、お話されたことをその順番に並べて書くものではありません。「思考整理」を目標としていますから、後で見返した時にどなたがご覧になっても、分かりやすく、こういう過程で話をして、だからこの結論が生まれたのかと分かるようにという点を意識しています。

 この議事録の取り方が正しいかは分かりません。もしかしたら、話の内容を一言一句逃さない議事録の方が良い場合もあるかもしれません。それでも、私らしく議事録を取り続けたいと思うのです。

 人に伝わる文章とはなんだろう。この素晴らしい議論の軌跡を伝えるには、どうしたら良いだろう。そんなことを突き詰め続けていきたいです。

 「書くことが好き」この一点の想いを汲み取ってくださる玉置先生には、感謝の気持ちでいっぱいです。そして、いつも議事録を見てお褒めの言葉をくださる先生方のおかげで私は議事録を取ることに更なる意欲を持つことが出来ております。

 いつかセミナーでお会いする素晴らしい先生方のような教師となり、私も議論を形成する一員となれれば良いなという思いを胸に、これからも文章に向き合いたいと考えています。(下野)
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私の武器(下野)

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 こんにちは、7期生の下野です。先日、8期生と初めてお会いすることが出来ました。皆さん笑顔が素敵で玉置ゼミでのこれからの学びに期待でいっぱいのキラキラした目をしていたことが印象的です。

 後輩を迎えたのですから、私達7期生も玉置ゼミに加入してはや1年。教師の本質とは何か、授業を作るとは何か、子どもの心を見るとは何か、子どもの言葉を聴くとは何か。本当に沢山のことを学びました。今は、この学びを教師として生かす為に、将来を見据えた目を私達はしているように思います。

 今回は、私自身の武器について綴ります。人は皆違います。生きていく上で、必ず何か誰にも負けない武器がある。私は、教育実習で自分でも気がつかなかった武器を子ども達から教わりました。

 中学校教育実習の最終日、子ども達から卒業証書を頂きました。そこには以下のような文が。

『貴方の笑顔は周りの人々を笑顔にする魔法を持っています。これからも、明るさと素敵な笑顔を武器に夢を叶えて下さい。応援しています。』

 意識的に笑顔でいようとしていたわけではありません。子ども達を前にすると笑顔になっていたのだと思います。自分の笑顔には、魔法があって、それが武器なのだと心強い気持ちとなりました。

 嬉しかった。今でも、今私は笑顔でいれているかなと不安になった時はこの卒業証書を読んでいます。そうだ、私には「魔法の笑顔」という武器があったんだと改めて気付かされ、強くなれます。

 子ども達が教えてくれたように、明るさと笑顔で教師という夢を叶えたいと思います。にっこり笑顔であれるように。この言葉を私にくれた子ども達に恥じぬよう精一杯努力し続けたいのです。(下野)
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教育資料

一人で抱え込まないで

卒業論文